1-5:過去
キュアリーとアリアが行政府の受付へと入ると、その場にいた人から一斉に視線が向けられた。
そして、どの視線もキュアリーと、その担いでいる女性の間で行き来し、中には驚きで口を開けたままの人もいる。
「なんか視線が痛いですね」
キュアリーそう言いながらも差して気にした様子もなく、淡々とアリアの後に続いていった。
「あ、あの、その女性はどこかに降ろした方が・・・」
アリアは、そう言って周りを見回し、受付横のカウンターに椅子があるのに気が付き急いでその椅子の場所へとキュアリーを案内した。
その間にもカウンターの奥からアリアの姿を見たエルフ族の男が慌てたように駆けつけてくる。
「これはアリア様、何か御用がありましたでしょうか?」
「ええ、この方たちの滞在許可証を大至急発行して欲しいの」
そう言ってアリアが指し示す方を見た男は、キュアリーを見て感嘆の表情を浮かべ、次に人族の女性を見て眉を顰めた。
「滞在期限はいかがいたしましょう?そちらのエルフの女性は長期でも問題ありませんが、人族となりますと短期で3日から7日、余程の技能がなければ長期としても一か月が良い所となりますが」
その男の言葉にアリアは顔を顰める。そして、キュアリーを窺うように見るが、そのキュアリーも判断が付かない為明確な反応を示す事が出来なかった。
「あの、それでいかがいたしましょう?」
アリアが恐る恐るキュアリーへと問いかけた。そして、元老院のメンバーが目の前の少女にお伺いを立てるという状況に男は驚きの表情を浮かべた。
キュアリーは女性がなぜこの街へと来ていたのかをまだ把握していない。ただ単にクマッタ騎士団の所属である証明書を所持していた為肩入れしたに過ぎない。クマッタ騎士団は、かつての転移者仲間であったベイチェンという人物が組織していた騎士団であり、そこは本来イグリア王国の所属であった所までは記憶していた。しかし、いつの間にかイグリアは崩壊しているという。更にはエルフの長老であったアルルすら死亡しているようだ。
エルフは基本的に300年は普通に生きる。長生きする者は500年近く生きる者もいる。ましてや転移者であったアルルがすでに死亡しているのは想定外であった。
「う~ん、とりあえず女性達は一週間くらいでいいかな?ただ、又後で変更してもらうかもしれないけどその時はお願いね。あたしはできればいつでも出入り出来るようにして貰えると嬉しいな、いちいち申請するのは面倒だから」
「あの、女性達ですか?」
キュアリーの言葉に、アリアが違和感を感じて質問をした。そして、キュアリーの説明を聞き頭が痛くなってきた。
説明を聞くと、それは明らかに難民でしかない。そして、今エルフの森では難民に対する規制はとても厳しい。そして、それは差別だけが問題ではなく、際限なく受け入れていては切りがないという現状があった。そして、それはエルフの中で掟としての基準を定めたばかりであり、それは元老院でも容易く破る事は出来ない。
「キュアリー様、真に申し訳ありませんが難民の受け入れはとても厳しい定めがあります。そして、その定めを破る事は元老院のメンバーでも不可能です。ですので、難民の場合最大3日の滞在しか許可が出来ません」
「ほむ、ならそれでいいよ」
アリアがキュアリーが怒り出さないかビクビクしながら答えると、あっさりとキュアリーは了承した。この為、手続き自体は短時間で終了した。発行まで少し時間がかかるとの事で、キュアリーとアリアはカウンター横にある椅子に並んで腰かけた。
「あの、先ほどのアルトやファリスの事申し訳ありません」
その言葉に、キュアリーは特に言葉を返すことは無い。その状態を不味いと判断したアリアがポツポツと今のエルフを取り巻く状況の説明を始めた。
簡単に言うとエルフは人族の裏切りで以前住んでいたエルフの森を失った。そして、以前のエルフの森は広大な農地に今はなっている。人族はその物量、魔族はその高魔力によってエルフと獣人族を追い詰めていった。そして、その中でアルトは必死にエルフと獣人族を支え、ここまで導いてきた。しかし、残念な事は今や昔をしるエルフはある者は戦争で死に、ある者は病気で、またある者は寿命で、と今やエルフ全体で200歳以上は全体の5%にも満たない。そして、その中で発言力を持つエルフは残念ながらアリア一人だという事だった。
「ちなみに、わたしは今年で320歳になります。普通のエルフであればそろそろお迎えが来てもおかしくない年齢ですね」
「そっか、転移者では誰が残ってるの?」
キュアリーの言葉に、アリアは顔を顰めた。
「わたしが知っている限りではキュアリー様以外はいないかと思います。人族でなぜか老いずに生きていたベイチェンという者も5年程前に亡くなりました」
その言葉に、キュアリーは顔を顰めた呟いた。
「くぅぅ、ベイチェンさんも根を下ろしたのかぁ、そっか、そういう事ならベイチェンさんの子孫がどっかにいるのかな?」
そう呟くと中空を見つめた。キュアリーの呟きが聞き取れなかったアリアは、キュアリーが何か言うのを待った。そして、その為にしばらく沈黙が続いた。
すると、ようやく椅子に座らされていた女性に動きが見られた。その為、キュアリーとアリアは女性へと視線を向けた。そして、キュアリーは声を掛けようとして未だに名前を聞いていなかったことを思い出した。
「あ、気が付いた?どうかな、気分悪いところでもある?」
そう尋ねるキュアリーに対しようやく意識がはっきりしてきた女性が叫ぶように尋ねました。
「あ、あの!あなたはコルトの森のキュアリー様で間違いはありませんか?!」
キュアリーはなぜこの女性がその名前を知っているのか不思議に思った。しかし、クマッタ騎士団のカードを所持していた、又、先ほどアルト自身が自分の事を告げていた為そう不思議ではないかと思い直した。
「あえて嘘を言うこともないし、そうですね、あたしがキュアリーです。ところであなたは?」
そう問いかけたキュアリーに対し、女性は目に涙を溢れさせた。そして、それを見たキュアリーは面倒な予感にこのままどっかへ行こうかなどと考えるが、残念なことに切っ掛けを掴む間もなく女性が涙交じりに説明を始めた。
「わたしは、クマッタ騎士団所属のセリーヌと言います。そして、クマッタ騎士団団長だったベイチェンはわたしの祖父にあたります」
女性のその告白に、キュアリーは唖然とした。なぜなら、あんなにゴツイ、真面目に言ってクマとしか言いようのないベイチェンの孫がなぜこんなに華奢なのか想像がつかなかったからだ。
「かつてイグリアだった地は、今ではユーステリアに占拠されています。祖国を復興させようなんて気持ちはありません。ただ、子供が飢えて死なない、ただその為に頑張ってきました。でも、ユーステリアの圧力は日に日に増大し、そこで働かされているイグリア人はこのままでは死を待つばかりです。ユーステリアと戦うだけの人も、力ももうありません。もはやかつての王都は死の都市となってしまいました。お願いです力をかしてください」
そう涙交じりに訴えるセリーヌは、周りにいるエルフ達とて心動かされそうな真摯さが感じられた。
「ん?でもさ、イグリアもユーステリアも同じ人族の国よね?なのになんでイグリアは迫害されてるんだろ・・・そういえばなんでイグリアは滅びたの?それに、イグリアのあった場所は今は農地になってるんでしょ?それなのになんで飢えるの?」
キュアリーのその問いかけにアリアがまたも顔を顰めます。そして、セリーヌは逆にエルフであるアリアをジッと見返した。そして、ボソリと呟いた。
「エルフに裏切られたんです」
その言葉に、アリアが慌てて否定をした。しかし、その言葉はセリーヌに比べはるかに力が無かった。
「ユーステリアと魔族に挟撃を受けたイグリアはエルフに支援を求めました。そして、一番厄介になる魔族軍を先に倒すためエルフと共に逆に挟撃を掛けるはずでした。しかし、予定されていた時刻になってもエルフ軍は現れなかった。そして、エルフ軍を待っている間にイグリア軍は前後を敵に挟まれ壊滅しました。主力が壊滅した後のイグリアは滅亡へと転げ落ちるように進みました。そして、祖父も病床を押して王都での戦闘に参加し、帰らぬ人となってしまいました。最後まで、王都が陥落する最後までエルフ軍の姿は無かったのです」
最後まで言い切ったセリーヌがジッとアリアを見つめる。しかし、セリーヌがエルフを非難するにも明らかに場所が悪かった。周りでセリーヌの話を聞いていたエルフ達から明らかに殺気が漂い始めていた。
そして、その気配を感じたキュアリーはなぜこの話でエルフが負い目ではなく敵意を向けてくるのか理解が出来なかった。
「その話はあくまであなた達イグリアサイドで見たものです。わたし達エルフ軍は確かにイグリアと連携を取るために出撃をしました。その数エルフ軍2000、しかし、私たちが戦場となる場所へと到着しイグリア軍と共にいざ魔族軍へと攻撃を行おうとした時、不意に左右にいたイグリア軍に攻撃を受けました。そして、混乱する中で魔族からの攻撃を受けエルフの森へと何とか無事に辿りついた者は100に満たなかった」
アリアは唐突に話を始めた。そして、その言葉は感情を一切排除し、ただ淡々と語られていく。
「初めはユーステリアの策謀に嵌ったのではっとの疑いがあった。しかし、それは考えられなかったのです。なぜなら、私たちエルフ軍を攻撃してきた中にイグリアの将軍の一人であるブランシュがいたのですから。そして、その後エルフの森へと現れた人族の軍の中にも確かにブランシュがいました。この時、私たちはイグリアが私たちを裏切ったと思ったのです」
アリアの言葉に、今度はセリーヌが動揺を表した。それはセリーヌにとって初めて聞く話であった。ただ、その中にあってもキュアリーはただ静かに話を聞いていた。
そして、アリアの話を聞き終わると、ただ端的にすべての事柄を表した。
「ふ~~ん、イグリアもエルフも下手打ったのね。まんまとユーステリアや魔族の策略に嵌って自滅したんだね」
セリーヌとアリアにはそのキュアリーの言葉で周りの殺気が数倍に跳ね上がった気がした。
しかし、そんな状況にも関わらずキュアリーは平気な顔で話を続ける。
「で、そのブランシュって人はその後どうなったの?」
「たしかその後の戦闘で亡くなったと聞いています」
「わたしもそう聞いています。ただ、その子孫はユーステリア軍にいるという噂も聞きますが」
2人の言葉に対して感銘を受けた感じもなく、ただキュアリーは中空を見詰めていた。そして、再度セリーヌに視線を合わせた。
「困ったね、あたしにどうして欲しい?ハッキリ言って特に何かに介入する気はないんだけど」
そう言うキュアリーに対し、セリーヌが胸元から布の袋を取り出した。そして、その袋の中から小さな木のプレートを取り出した。それを見たキュアリーが声を上げた。
「うわ~~なんでそれがここにあるの!」
そのプレートをキュアリーへと差し出しながらセリーヌが言った。
「お願いします。イグリアの民を助けてください」
そのセリーヌにキュアリーは頭を抱える。セリーヌが取り出した木のプレート、そこには”クマッタ騎士団に借り1個”と書かれていた。そして、その横にはキュアリーの署名が消えることなく残されている。
これは、かつてキュアリーがベイチェンに助けられた時に、いつか自分が必要な時に必ず手伝うという誓いの証拠であった。
「あちゃ~~さすがベイチェンさん、物持ちがいいわ。つまり、貴方はエルフの街を目指したのではなくコルトの森を目指してたのね」
キュアリーの顔に苦笑が浮かべ問いかけると、セリーヌは更に袋の中から少し大きな指輪を取り出した。それは、アリアの持つ指輪と同様の結界を通り抜ける為の物だった。
アリアが、話の展開に付いていけない中、ようやく会話が終わった。そして、まるでそのタイミングに合わせたかの様にキュアリーの元に精霊が現れた。そして、精霊は今まさにセリーヌのつれていた者達に危機が近づいている事を教えた。
「あ~~~、ルルを置いてきたから問題はないとは思うけど、アリアさん?なんかセリーヌさんと一緒に街に入った人族に危険が迫ってるみたいだけど心当たりはある?」
キュアリーのその言葉に、またもやアリアの顔が厳しくなった。
「はい、心当たりはありすぎるくらいです」
前提につぐ前提で話が動かないですね。
このまま動くまで書こうかと思ったのですけど、ちょっと長くなりすぎるので一回切る事にしました。
今は次に動かすための前振りですよ。
あと、なぜ転移者が長生きしているかは設定があるのですが、なかなか出す機会が・・・
あわせてキュアリーがなぜハイエルフ化しているのかも同様の設定で。
ただ、その設定は期待されるとちょっと困りますw
わたしが考え付くような設定なのでw