1-57:悪役令嬢が現れた?
次々とこちらへと雪崩込んで来る魔獣を掻き分け、キュアリーは漸く門の外へと出る事が出来た。
しかし、まるでスタンビートもかくやといった勢いの魔獣達を抜けてきた為に、ある意味全身ボロボロの状態であった。
「ヒール!」
何度目かの治癒魔法を掛け乱れた衣服を直しながら、傍らを押し合いながら雪崩込んでいく魔獣へと視線を向け、思わず溜息が漏れる。
「本能というか、これってパニックになってるよね。で、原因はあれかぁ」
ギャオギャオと叫び声を上げながら、次第に此方へ近づいてくるドラゴンの姿に思わず殺意が沸くのは仕方が無い事であろう。何度も魔獣達に小突かれ、踏まれ、蹴飛ばされながら戻ってきた、その原因がマナの減少というよりあのドラゴンにある事は間違いが無い。
「うふふふふ、もういいよね、ちょ~~っとおいたが過ぎたよね」
そもそも、ドラゴンが此方へ向かっているのはマナを生成するアクセサリーを持つキュアリーを追いかけてきたからであった。それ故、ある意味自業自得という面も多分にあるのだが、キュアリーはその事には意識が向かない。もし、キュアリーが早々にアクセサリーを外しアイテムボックスへと収納していればこのような状況には陥っていなかったかもしれない。
「ブツブツ言っとらんと何とかしてほしい物だがのう。ほれ、急がんと手遅れになるぞ」
門を維持する扉のガーディアンがキュアリーを急かすが、自分の考えに埋没するキュアリーに聞こえている様子は無い。
「どうしようかな、あれだと拙いかな」
ぶつぶつと呟くキュアリーへとガーディアンが不安な視線を向けるが、それは仕方が無い。それほど、キュアリーの様子は正気には見えなかった。
そんなキュアリーではあるが、意外と打てる手は限られていた。森の前で使用したハッピーフラワーはすでに無い。手持ちのアイテムを次々と確認するが、手持ちにあるのはどちらかと言えばネタアイテムばかりである。
「ガルルル~~~」「ギュオ~~~ン」
次第に近づいてくるドラゴンの姿。それは時間的猶予があまり無い事を示していた。
「何かなかったかなぁ」
キュアリーは今の状況を打開する為の道具をアイテムボックスを見ながら吟味する。
コインは運任せだから駄目だ、下手すると収拾がつかなくなる。これは、あ、バレンタインイベントの時のチョコとチョコケーキだ、まだあったんだ。でもまったく役に立たないし。あ、かき氷だ、これを食べさせれば一瞬凍るよね、でもどうなんだ?
キュアリーはアイテムボックスの中で遊ばせていたアイテムを確認していくが、効果的なアイテムは見当たらない。
「そろそろ時間が無くなりそうなんじゃが、儂が最後に見たのが貧相な娘っ子とはのう、どうせならこうボンキュッボンの・・・・・・」
何やら後ろでぶつぶつ言っているガーディアンはあとで絞める事としながら、キュアリーは迫りくるドラゴンを意識し次第に焦り始めていた。
そんな中にあって、何個目かのフォルダーにあるアイテムを確認していたキュアリーは、一つのアイテムを取りだしたのだった。
「これってドラゴンドロップだ」
それはMMORPG異界の扉における変身アイテム、ドラゴンキャンディーであった。
ペンギン、キツネ、虎などの生き物に変身する為のキャンディーが異界の扉にはあった。その中でもドラゴン種族実装時に限定的にクエストで配られたドラゴンキャンディー。それはまさにドラゴンになってドラゴンと遊ぼう!と銘打った意味の解らないアイテムであった。ちなみにゲーム内ではドラゴンに変身したとしても近づけば普通に戦闘となっり、更には変身中は武器装備が出来ず、魔法すら使えないと言う正にネタアイテムであった。
「こっちの世界だったらドラゴンになれば会話が成り立つ・・・・・・かも?」
姿形がドラゴンになるが、ATKやVITなどの数値は変わらない為に肉弾戦で戦うなど愚の骨頂。
ネタ中のネタ、狭い所で使えば効果が消えるまでの30分間身動きすら取れなくなる、そんなドラゴンキャンディー、会話をしようとしてもドラゴンの鳴き声しか出せない、知らない人が見かければそのまま討伐される可能性大という鉄板アイテム。
しかし、しかしである。今この時においては、このドラゴンの鳴き声こそが一筋の光明。キュアリーは思い切ってこのドラゴンキャンディーを口に放り込んだ。
「ギャオ~~~~ン!」
無駄にカラフルな光の帯が周囲に乱舞する。まさに気分は魔法少女!
暴走をしていた魔獣達は直進を止め、光を避けるように周囲を右往左往する。本能的に恐怖を感じたのか、身を翻し戻ろうとする魔獣と直進を続ける魔獣で周囲は更に大混乱。
しかし、光が収まったその場に現れたピンク色の巨大なドラゴンと、その叫び声に更なる恐慌を起こした魔獣達は四方八方へとその逃走先を拡散させた。
「「「ガルルルル~~」」」
キュアリーを目指すかの様に直進を続けていたドラゴン達も、目の前に突然現れた一頭のピンク色のドラゴンを視認した途端、今までの暴走がまるで嘘のように足を止める。
そして、眼前に現れたドラゴンへと熱い視線を注ぐのだった。
「ギャルルルル」(おお。止まったよ!)
ドラゴン達へと視線を向けていたキュアリーは、予想していた以上の効果に思わず声を洩らす。
ただ、その声がドラゴン達にどう聞こえているのかは解らないのだが。
ドラゴンキャンディーは使用者の姿形でそれぞれ変化すると言われていた。太った人が使えば真ん丸なドラゴンに、ガリガリな人が使えばガリガリなドラゴンに姿が変わる。勿論性別は使用者に準拠する・・・・・・はず?この為、キュアリーはこう考えていたのだ。
ふふふ、これは私のあまりに可憐な姿に魅了された?それなら私の魅力でドラゴンを上手く誘導しないと。
そんな勘違いを起しても問題ない程にドラゴン達から送られる視線は熱い。
キュアリーはゆっくりと立ち位置を門のある方向から横へ、横へと移動しながらドラゴンに向けてウインクをした。
バチン!
ズザザザザ・・・・・・。
キュアリーが自分で思うセクシーそうな表情を作り、思いっきりウインクをした瞬間、静止していたドラゴン達が後ずさった。そして、キュアリーへと向けていた視線をキョロキョロと彷徨わせる。
ぬふふふ、私の魅力に照れてるのね、ドラゴンと言えども所詮は初心な雄でしかないわ。
ドラゴンの挙動に自信を深めたキュアリー。
視線をドラゴンから逸らす事無く、じ~~~と熱い視線を送り続ける。
その熱い視線を浴びるドラゴン達の挙動はどんどんと怪しくなる。モジモジと身体を揺すり、チラチラとキュアリードラゴンへと視線を向けるが決して視線を合せようとはしない。
ある意味作戦は成功したとも言えるが、その先の展開は予想通りとはいかなかった。
「ギャルルルギャルルン」(ちょっと、なんでこっちに来ないのよ)
キュアリーがドラゴンの進行方向を誘導する為、横へと横へと場所を移動し、門から離れる様に場所を移していく。予定ではこのキュアリーを追いかけるようにドラゴン達が追従してくるはずであった。
しかし、ドラゴンは場所を移動する事無く、一か所に留まり続けてモジモジと体を揺するだけ。一向に動き始める気配を感じられない。
クイックイ、バチン!クイックイ
ドラゴン達を招くかのように、小さな手をキュアリーのイメージでは悪女が椅子にしなだれながらカモンカモンと招くかのように動かし、要所要所でウインクをする。結構発想が貧困である。
キュアリーがその様な動作を行うたびに、ドラゴン達の挙動は怪しくなる為効果は出ているような気はする。しかし、キュアリーがドラゴン達から少しずつ離れて行っても、一向に、まったく、これっぽちも追いかけてくる気配が無い。
何こいつら、シャイなのも限度が無い?好い加減にして欲しいのだけど。
だんだんとキュアリーの中にイライラが溜まって行く。
モジモジ、ジレジレ、巨体のドラゴンがそんな挙動をしても誰も萌えない・・・・・・だろう。もしかすると一部の特殊な趣味の方は別かもしれないが。
ただ残念な事にキュアリーはそのような特殊な趣味は持っていなかった。
「グゥオ~~ン!ガルガルギャルルル!」
イライラが爆発し掛けた時、ドラゴン達の後方で一際大きな叫び声が聞こえた。この後の状況はまったくの予想外であった。
なんと、ドラゴン達は一部を除いて三三五五に走り出したのだ。
「キャルル?」(何事?)
ドラゴンの予想外の行動に唖然とするキュアリー。
ただ、この場に残ったドラゴン達の様子も明らかにおかしい。
「ガルルルル、ガルン」「「「ガルルルン、ガルン」」」
残念な事にキュアリーはドラゴンの言葉を話す時は自動変換されているようであったが、聞き取る事は出来ない様であった。
他のドラゴンよりちょっと大きめの一頭が他の3頭を引き連れる様にしながらキュアリーの前にドシドシと歩いてくる。それは、まるで悪役令嬢と取り巻きの様に見えた。恐らくこのドラゴンが先程の叫び声の主であろう。
これって貴方生意気よ!ってお嬢様が言って、そうよそうよって追従している感じ?
目の前のドラゴンの様子を見ながらキュアリーはそんな感想を抱く。
そして、その感想は決して間違いでは無かった。
この世界のドラゴンは一頭の雌が群れの中心となり群れを率いている。物語やゲームと違って一頭でどこかの山に住んだり、ましてやダンジョンで生息したりはしない。だいたい雌2~4頭に対し雄がその倍の4~8頭、全体で10頭前後の群れでいる事が多い。そして群れの女王が数年に一回の出産で卵を3~5個産む。その子供を群れ全体で守るのである。
ここで重要なのが、番を選ぶ権利を持つのは雌である。その基準は見た目であったり、強さであったりと様々ではある。そして、先程の雄たちの挙動は雌に対する精一杯のアピールであった。
また、幸か不幸かキュアリーの鳴き声は、発情した時に雄を誘う雌の鳴き声に似ていたのである。そして、その後激怒したキュアリーに対し、雄は慌てて逃げ散ったのも基本的に雄は雌を攻撃する事は無いのに対し、雌は平気で雄を傷つけ、運が悪いと雄はその怪我で死亡することだって有るのだ。
それ故に機嫌の悪い雌に近づく雄はいない。逆に女王の座を雌が争う時、それは非常に凄惨な事になる時も度々ある。ドラゴンは決して生きやすい生き物では無いのである。
そして今、女王の目の前で雄を誘惑した雌が現れた。ましてやその雌は自分の群れ出身では無い。
これは明らかに女王への挑戦であった。この時、キュアリーに近づいてきた雌は人の言葉に変換すると、あんた誰に断ってうちの雄に粉かけてんの?ふざけるんじゃないわよ?って感じなのである。
うわぁ、ちょっと予想外の展開で、このままでは不味いんだけど。
ドラゴンキャンディーは先に説明したように、姿形はドラゴンになるがその能力に変化はない。それどころか魔法などの攻撃手段が制限され、今まともにドラゴンと争えば瞬殺されてもおかしくは無い。
焦りを浮かべるキュアリーとは別に、近づいてくるドラゴンは正に女帝!悪役令嬢!といった貫禄満点である。
「グルルルルル」
重低音の唸り声が目の前のドラゴンから響き渡る。
しかし、相変わらず何を言っているのか解らない為予想するしかないのだが、ご機嫌麗しい訳ではないのは確かであろう。周囲に散った雄達は、遠くから此方の様子を伺っているが、勇気を出してこの可憐なドラゴンちゃんを助けてくれそうな気配は微塵も感じられない。
「キャ、キャルルン?」(べ、別に争うつもりはないのよ?)
この状況を打開する為、キュアリーはドラゴンキャンディーの効果を解除しようとステータス画面を確認する。以前のゲームではここで効果解除が選択できた。しかし、この事は視線を目の前のドラゴンから外す事を意味した。
「グルルア~~~」
ほへ?っと慌てて視線を上げようとした時、首の後ろをガシっと何かに咥えられたのを感じた。
あ、やばいと思った瞬間、その首を起点に持ち上げられ、左右にぶらんぶらんと振り回される。
「キャルルルルル~~~」(ふぎゃ~~ちょっと待って~~~)
明らかに格下扱いである。それこそ子供扱いなのかもしれない。実際に体格も目の前のドラゴンと比べれば二回りは小さい。魔法などを考えず、ただただ素のステータスだけを見ればそれこそドラゴンの子供にも劣る。それは不幸中の幸いではあったのだろうが、首を咥えられたままキュアリーは大人しくドラゴンの口からぶら下がっていたのだった。
今変身解いたら死ぬよね?そのままパックンだよね?
今度は変身が解けるまでのタイムリミットに恐怖するキュアリーであった。
お待たせいたしました。
執筆再開します。
今後も金曜更新で行く予定ですのでお願いします。




