1-49:エルフ村の乱
目の前に立つアリアの姿にファリスは驚きの表情を浮かべる。
捕えられたアリアが、磔にされるところをファリスは目の前で見ていた。それ故にアリアを含めて敵対していた元老は未だに磔になっているか、又はドラゴン達に踏み潰され死亡したと考えていたのだ。
「なぜ、貴様が、自由になっている」
咳き込みそうになるが、今この場で自分の弱みを見せたくない。その思いで途切れ途切れではあるが声を出す。
「この村には私達の味方だっていますよ?隙を見て助け出そうとする者達がいて不思議ではないでしょう」
そして、その言葉を裏付けるように磔にされていた5人の元老と、彼らを守るかのように取り囲む20人近いエルフ達が姿を現した。
「馬鹿な、貴様達の支援者は拘束したはず・・・貴様はダリウス!ゴホッ、ゴホッ」
姿を現したエルフの中に、本来自分達に味方していたはずの者がいる事に気が付き、またもファリスは驚きの声を上げた。
「貴方の悪い所はすべて自分に都合の良く思い込む所と、他人は自分より愚かであると侮るところです。あからさまな貴方の動きを警戒して、それに合わせて行動していた者達は結構多いものですよ」
「この、裏切り者どもが」
アリアが言葉を続ける。しかしファリスはダリウスを、そしてその周りにいる者達を睨み付けながら言葉を吐き捨てた。
そのファリスに対し、軽く肩を竦める感じで受け流したダリウスは、その視線を至る所で死傷し倒れているエルフ達へと向けた。
「しかし、ここまで被害が出るとは」
「ダリウス、貴方もこのファリスと同じ馬鹿ですか?そもそも、今回脅威となったのはドラゴンです。ドラゴンの脅威を楽観視するなどありえません。そしてそのドラゴンを使役できるハイエルフに対しこの程度の戦力で挑むなど愚の骨頂ですよ。もっとも、私もキュアリー様がドラゴンを使役できるなど思いもしませんでしたが」
そう告げるアリアの表情も額に皺を寄せ、この後の事を考えると頭が痛くなる思いであった。
そんな最中に村の中から医療を司る十字マークの腕章を着けた者達が飛び出してきて倒れている者達の救助を開始していた。瓦礫の撤去も有志と思われるエルフの者達によって進められている。
その集団とは別に一部の倒れている者達を集め、明らかに拘束していた者達の中から二名の者がアリアの下へと近づいてきた。
「アリア様、主要な者達の拘束は終わりました。後はそこのファリス殿を残すのみとなります」
「そう、コラル、サラサ、お疲れ様」
ドラゴンの襲撃時において穏健派の元老達の解放に動いたのはダリウス達であった。しかし、同様にサラサとコラルもまた同時刻に救助に参加し、協力し5人の元老を救助したのだった。
実際にもしサラサとコラルのみであれば穏健派の元老の中に死傷者が出てもまったく可笑しくない状況であり、彼らが磔にされていた場所には、木片が飛び散っているのみであった。
「ファリスを拘束して、回復はその後でするように」
治癒士達のうち数名がファリスに近づいてよいのか判断に困り対応を訪ねて来た為、アリアはそう答えながら拘束具の到着を急がせる。普通の縄などエルフであれば容易に切断が可能である。
「貴様ら、これで勝ったと思うなよ、必ず、必ず後悔させてやる」
「そもそも勝ち負けでは無いわ、貴方は明らかにエルフ全体を危機に落とした、下手すれば私達は滅びた可能性だってある。後悔させるっていうけど、そんな機会は与えらるはずがないのに何を言っているの?」
変わらず状況が理解できていないかの発言に、アリアはファリスが何を言いたいのか理解が出来ない。
そんなアリアを馬鹿にするかのように笑いながらファリスは言葉を続ける。
「お前こそ何を言ってるんだ。元老を処罰するには元老12名中7名以上の同意がいる。お前達がどれだけ騒ごうと5名の票しかないだろうが」
「はぁ?犯罪を犯した貴方達に票の権利がある訳ないでしょう」
「であれば速やかに俺達の代わりの元老を立てねばならない。そうだよな?」
相変わらずニヤニヤと笑いを浮かべながら、ファリスはアリアを見返す。そこにある自信は、アリア達が自分達以外の票を確保出来ないという自信がある為か、それとも新たな元老が選出されるまでの時間で、何かを行う準備がある為か、ただこれは決して油断して良い状況では無い。
「そういえば、貴方達はアルトをどうしたの?なぜこれだけの騒動に彼が出てこないのかしら?監禁でもしているの?」
「お前は何を言ってるんだ。さっき俺は言ったよな、元老をどうにかするには元老7名の同意がいる。そして、おれはこの法を破った事は無い」
「はぁ?何を言って・・・・・・まさか私達の処刑にアルトが同意したというの?そんな馬鹿な事はありえない」
アリアの声が震える。
「それにさっきからお前は勘違いしているようだが、今お前達はこの村の法を破った犯罪者だっていう事だ。お前達の処刑は元老院で可決された事だ、そしてお前達は元老院の決定に逆らった犯罪者だよ!」
ファリスは、まるで周りにいるエルフ達に聞こえるかのように声を大きく叫ぶ。そこには先程までの様に体の痛みを感じているような様子わない。そして、ファリスは一気に起き上がると、目の前にいるアリア達へと攻撃魔法を叩きつけようとした。
「ウインドぶべらぁ」ポンッ、ドシャ
ファリスが起き上がり呪文を唱え始めた瞬間、彼の死角である真横からメイスが顔面目がけて叩き込まれた。そして、不完全であった魔法は状況にそぐわない軽い音を立て不発に終わり、ファリスは顔面強打から数メートル後方に叩きつけられる。そして、ファリスが本来いた場所の横には、先程まで門の外にいたキュアリーがメイスを振り切った態勢で立っている。
「う~~ん、こうなるとエルフと言えど醜くなるね」
顔面を強打されたことによりファリスの鼻は潰れ、歯は砕け、顔面全体から血を流している。
確かに、その顔をみてすぐにエルフと思う者はいないかもしれない。それ以上に、頭蓋骨が無事であるかも怪しい。吹き飛ばされたファリスは、ひゅ~ひゅ~と息をしているが、意識が有る様には見えない。
そして、おそらくファリスを離れた位置より回復させたと思われるエルフが、慌てた様子でファリスへと駆け寄り回復魔法を掛けようとする。
「ファ、ファリス様!ヒ、ヒ~~ぶふぇら~~」
「だから、勝手に回復させるな」
キュアリーの行動を、これまた唖然とした表情で見ていたアリア達は、慌てた様子でキュアリーへと駆け寄る。
「キュ、キュアリー様何を!」
「不用意な攻撃は罪に問われます!お待ちください」
「ファリスは元老院の決定があってと、その確認をしないと」
次々と駆けつけるアリア達は、キュアリーがファリスへと近づいていくのを止めようとする。
しかし、ルルとルルパパがキュアリーの足元をすかさず確保した為、行動を止める事が出来ない。
「よく解ってないんだけど、元老院がどうこうって私には関係ないよね?」
キュアリーのその言葉に、アリア達は顔を引き攣らせる。確かにキュアリーはエルフの村に所属している訳では無いし、元々が元老院によい感情も持っていない。
「それはよく解っております。でも、今少しお待ち願えませんでしょうか」
アリアが決死の表情でキュアリーへと頼み込んでいた。そんなアリア達に突然声がかけられた。
「今ファリスの命を奪えばエルフの村に住む全ての者達が敵に回る可能性がありますよ!」
黙り込み、行動を起こせないキュアリーに対し、村の中心から数名の者が此方へと歩いてくる。そして、その者達を先導する形で、先頭にはアルトとミドリがいた。
「ミドリから定期的に連絡は受けていました。今この森と、それ以外の場所で起こっているマナの欠乏、それ故にマナを必要とする者達、魔物達にとってこの森は必要不可欠の場所になっている」
「やはりミドリが・・・」
「勘違いしないで戴きましょう。ミドリは自分の仕事を正しく行っただけです」
サラサの声にもすかさずアルトは否定をする。
そしてアルトは周りにいるエルフ達に聞かせるように、一言一言をゆっくりと、それでいてしっかり周りに語るかのように話しながらアルトはこちらへと歩いてくる。
「エルフの村最大の危機と言っても過言では無いのです。この森が生み出すマナがどれ程の量なのか、今それを量る方法が無いのか研究を急がせてはいますが、この大陸すべてのマナを賄えるはずがない。それ故に、それ故に我々は仲間達を守る為にもより果断に処理して行かなければならない」
「だから私達穏健派は邪魔だというのですか?」
「そうだ、今はまずこの森を守る為に団結し、外敵を排除するべきである。そしてこれはエルフの未来を憂える元老7名、更に行政官5名の賛同を得ている。アリア、お前達は元老院のみならず行政すなわちエルフの村が行った決断に逆らうのか?」
「アルト様、そして他の方々もそれは我々エルフを滅ぼす決断だと理解されてのご発言でしょうか?この森の所有者は過去も現在においてもキュアリー様であり、マナを生み出していると思われる聖域はキュアリー様なくして立ち入る事が出来ません。可能かどうかはお聞きしないと解りませんが、キュアリー様がマナの供給を停止なさると、我々は滅亡いたします。それを御理解されていますか?」
アルトのその姿に苛立ちを隠そうともせず、アリアは声に怒りと苛立ちを隠す事無くアルトを糾弾する。
しかし、明らかに演説力、聴衆を引きつける内容など、事前にこの展開を予測して準備を行ってきたと思われるアルトに対し、アリアの演説は大きく劣っていた。
その為、両者の演説を聞いている者達は次第にアルトの意見に対し同意する言葉を呟くようになっていた。
「解るかアリア、この村は、いや我々は今まず生き抜かなければならないのだ。そして、その為には多少強引であってもやらなければならない事も有る。今目の前にある食べ物を一時の慈善で、同情で、見ず知らずの者達に分け与える事によって自分達も共に亡びるなど、私は指導者として選ぶことなど出来ないのだ!」
アルトの演説に、周囲から拍手が響き渡る。そして、その事に勝利を確認し、拍手をする者達を見渡したアルトは、演説などに一切気を取られる事無くファリスの傍らで黒く輝く杖を振り上げるキュアリーを見て表情を強張らせた。
「き、貴様!何を・・・」
「今度こそ、今度こそ」
何かブツブツと呟きながら、アルトの声をものともせず、キュアリーはファリスへ向けて杖を振り下ろしたのだった。




