1-4:元老院とその委員達
換金を後回しにして、当面のお金を借り無事にキュアリーと人族の一団は宿を借りることが出来た。
宿の主人は人の良い獣人族であり、人族への敵意も感じなかった為その点では安心できたキュアリーだった。
その後、子供達はもう1名の女性にまかせキュアリーはリーダー的な立場にあった女性を伴ってアルトの案内の元この街の行政施設へと移動する事にした。
「とにかく、この街で身分証明書又は住民証を作らない事には始まりませんから」
そう告げるアルトに対し、キュアリーは先ほどサイアスへ見せた身分証では駄目なのかと聞いたが、あれではまともに取り合ってくれる所は少ないだろうとの回答であった。
「なんか面倒になったね、前はどの街ももっとオープンだったのに」
「そんなオープンな町があったら危険極まりないですよ、今の世界は飢餓、疫病など様々な負の遺産が満ち溢れています。もし街の入り口で遮断しなければ被害はどうなるかわかりません」
アルトの言葉に首を傾げながらもキュアリーは特に否定はしなかった。そして、精霊達に引き続き残る女性と子供達の守りを依頼し、更にはルルにお留守番を頼む。そして、アルトに連れられて行政府へと街中を歩くうちに通りの隅や家と家の影、食べ物屋らしい建物の傍などに見るからに貧しそうな痩せ細った女性や子供が種族に偏りなく座り込んでいるのが見えた。
「あれも難民?」
キュアリーの視線を辿り、アルトは頷いた。そして、すぐに視線を逸らしさっさと歩いていく。
「同情などでお金などをあげない様にしてください。そんな事をすれば周り中の難民が自分も自分もと毟り取りに来ます」
キュアリーはアルトの言葉に何度か小さく頷いた。そして、キュアリーの後ろでは女性がチラチラと難民達の姿を見ていた。逸らしては見て、また逸らすそんな事を繰り返している。恐らく自分達の未来をその姿に当てはめているのだろう。
行政府へと着いた一行は、そのまま受付へと行く事はなく別室へと案内された。そして、その別室は定員50名は入れそうな大きさで、更にはすでに20名近い人物達が待ち構えていた。そして、その中にはホルンの姿もあった。
「お待たせしました」
部屋に入ると、ホルンがその場に居る者達へと声を掛ける。コの字型に作られたテーブルにそれぞれすでに着席していた者達は思い思いにアルトへと挨拶を行った。アルトはその挨拶に軽く答えながら自分はさっさと部屋の奥の椅子へと向かいその席へと腰を下ろした。
キュアリーはアルトの横の席へとエルフの事務官っぽい人に案内され、人族の女性は入り口そばの空いた席へと案内をされる。
「みなさんお待たせしました。急ぎご連絡させて頂いたように我が叔母であるキュアリー・アギオ・アルマニアが自らの聖域を離れ600年ぶりに外界へと来られました」
そのアルトの言葉に部屋に居る一同に驚きと感嘆の声があがった。そして、興味津々の視線がキュアリーへと遠慮なく注がれる事と成った。
「叔母上、ここにいる者達が元老院を構成する12名のエルフと街の行政の責任者である8名です」
「ふ~~ん」
そんな言葉と共にキュアリーはこの部屋に居る者達を一人一人眺めていった。
そして、そんなキュアリーの視線に視線を逸らすもの、反発を返してくるもの、面白そうに見返してくるもの、様々な反応を楽しんだ後アルトへと視線を戻した。
「それで?」
アルトへと視線を戻したキュアリーの表情は、先程までの愉しそうな表情ではなく、まったくの無表情へと変わっていた。そして、アルトを見る視線は一切の感情を読み量る事ができなくなっていた。
「父亡き後、私と協力し厳しい戦争の中エルフを守り導いた者達です」
キュアリーを見るアルトの視線も、先ほどまでキュアリーを見ていた視線とは違い厳しいものと成っていた。
「だから、それで?何が言いたいの?」
そのキュアリーの言葉に、アルトの顔が真っ赤になった。そして叩きつけるように叫んだ。
「貴方がのうのうと聖域にいた間に頑張った者達だというんだ!貴方が、貴方さえ動いてくれれば助かった者も多く居た、戦争もここまで酷くはならなかったはずだ!」
その叫び声を聞いて、キュアリーの表情が変わった。しかし、その変化はアルトの望んでいた怒りでも、後悔でもなかった。変化した表情、それは明らかに侮蔑の色を含んでいた。
「お話にならないわね、で、他の人も同様の意見なのかな?」
再度見回すキュアリーの視線に誰もが言葉を発する事が出来なかった。しかし、キュアリーのその態度はアルトの怒りに更なる油を注ぎ込んだ。
「お話にならないだと!エルフが、多くのエルフが死んでいったんだぞ!貴様が怠けていたせいで、貴様のせいで多くのエルフが死んでいったんだ!」
「その通りです。長老の言うとおり貴方の怠惰のせいで多くのエルフが死んでいきました。この責任はどう取られるのでしょう?」
「そ、そうだ!責任をとって貰わねば!」
「う、うちの息子を殺したのだ、その賠償もしろ!」
アルトの言葉に同意してファリスも言葉を紡ぎます。そして、次第にぽつりぽつりと同意の意見が出始めました。その中にはホルンすら混じっていた。
そして、その喧騒の中小さな笑い声が響いた。そして、怒鳴る事に熱中していた者達は次第に声を落とし笑い声をあげている一人のエルフへと視線を集めた。そのエルフの女性は他のエルフと違い容貌に明らかに老いの影を落としていた。
「何がおかしいのですか!アリア殿と言えど唯では済みませんよ!」
ファリスがそのエルフを睨みつけるが、そのエルフは可笑しくて仕方が無いといった様子で中々笑いを止める事が出来ない。ついにアルトが机に拳を叩き付けた。
「アリア、何が可笑しい!」
漸く笑いを収める事が出来たアリアがキュアリーへと笑顔を見せ、そして次には嘲笑を浮かべてアルトとファリスへと視線を向けた。
「いえ、アルル様がもしご存命ならきっと爆笑されていただろうかと思いまして」
その言葉はアルトの逆鱗に触れたようであった。思わず、腰に吊るした剣へと腕を伸ばした程である。
「アリア、貴様自分が何を言ってるのか判っているのか?」
殺気混じりの凄みを利かせアルトが問いかける。しかし、そんな物はまったく気にしないという様子でコロコロと笑いながらアリアは言葉を続けた。
「聖域へ入る事すら許可されなかった方が何を仰るやら。その様な短慮なる者であるからこそアルル様は貴方に聖域への立入り許可を与えなかった、なぜそれに気が付かないのでしょう?」
そう言うと自らの右手を掲げ、その中指に嵌る指輪を見せた。
「あら、その指輪は貴方の為にアルルさんが頼んできたんだ、てっきり子供の為かと思ってた」
キュアリーはその指輪を見てそう言った。その指輪は結界を通り抜ける認証の役目を果たしていた。そして、一度所有者を決めると変更が不可能になるように設定されていた。その指輪はキュアリー自身が製作した物である。
「はい、もし私共では何とも成らない、それこそすべての種族が共闘しないと、いえ、しても敵わないような敵に出会ったら使えと、そうアルル様から渡されました。それこそ転移者のような敵に出会ったときに」
その言葉にキュアリーは満面の笑みを浮かべた。そして、アリアも同様に笑みを返した。
「私は聴いてないぞ!それならば貴様はなぜ我々が苦境に立たされ、多くのものが死に行く時にその指輪を使わなかった!」
しかし、その二人の思いを込めた眼差しをアルトの身を切るような叫び声が断ち切った。
そして、それに合わせてファリスが指示を飛ばす。
「衛兵を呼びそこの売国奴どもを捕らえよ!」
その叫びに出入り口の一番近くにいた文官が慌てて外の衛兵を呼び込もうとした時、部屋に響き渡った声によって体が動かなくなった。
「そう、エルフはあたしの敵に回るのね?」
その声は今まで響いていた声ではなかった。それどころか、とても人の出す声とは思われなかった。
そして、その発言した方向へギリギリと音がしそうな様子で視線を向けた時文官はそのまま意識を失った。
いまや部屋の中にいる者の中で半数が意識を失っていた。そして、意識のある者達はある一点、キュアリーから視線を逸らせなくなっていた。そこには、今まで会話をしてきた者ではない、それこそエルフなどではない、正に自分達を超越した何かがいた。
「あ、あ、あ」
先ほど指示を出したファリスは、ガタガタと震えながら言葉にならない言葉を紡いでいる。先ほど友好な関係を築いたかに見えたアリアですら真っ青な顔で言葉を紡ごうとしているのか口をパクパクさせるだけで言葉を発することはできていない。
そして、アルトも同様に青すら通り越し元々白い肌を更に白くして、キュアリーの視線を受け止めていた。
「どうなの?貴方達はエルフの代表なのでしょ?エルフはあたしの敵に回るのでしょ?」
軽く首を傾げて問いかけるキュアリーに対し、アルトは必死に首を横へ振った。
その様子にキュアリーは心底不思議そうな表情をした。
「あら?違うの?あたしは今ここで宣戦布告されているんだと思ったんだけど、それにあたしを捕らえよって指示もあったし、おかしいわね?」
そう言ってファリスへと視線を向ける。すると、ファリスはそのまま後ろへと卒倒した。
「情けないわね、これがほんとにあの勇敢だったエルフかしら、ましてやアルルさんが愛した者達の末路がこの感じだと悲しくて涙が出そうだわ」
キュアリーが呆れたように周りを見回した。すると、先ほどのアリアが意を決したように声を出した。
「キュアリーさま、どうか、どうかお怒りを沈め、今放出されてる覇気を、収めていただけますよう」
その言葉に反応し、キュアリーの視線を受けたアリアは必死に意識を繋ぎとめる事に全力を注いだ。
そして、次第に意識が遠のいて行くのを感じたとき、ふっと一瞬で今まで感じていた圧力が無くなった。
アリアは体中の力が抜け、がっくりと頭を机に落としながらも必死で息を整えた。そして、キュアリーへと感謝の言葉を述べた。
「ね、願いを聞き届けていただき、ありがとうございます」
「ん、どういたしまして」
そう苦笑を浮かべながら、キュアリーは再度アルトへと視線を向けた。そこにはアリアと同様にがっくりと机に伏すアルトの姿があった。
「アルト、アルルさんに免じて貴方にもう一度チャンスをあげるわ、アルルさんから教えられた事をもう一度思い出して考えなさい。アルルさんの事だから教えていないなんてことは絶対にない」
そう告げると今度はアリアへと視線を向けた。
「アリアさん、疲れてる所お手数だけど、あたしとそこの女性とそのお仲間の入国許可申請をお願いしたいんだけど」
その言葉にアリアは慌てて席を立った。
「判りました、急ぎ窓口で行いますので着いて来ていただけますか?」
その言葉に頷くと、キュアリーは入り口傍の席で気絶している女性をそのまま担いでアリアの後へと続いた。
「あ、あの・・・お力強いんですね」
「うん、一人暮らしがながいから」
その訳のわからない返しに突っ込むことも出来ず、アリアはいそいそとキュアリーを窓口へと案内した。
そして、そのキュアリーのある意味一方的な退出に対しても、文句をいう声は聞こえてこなかった。
感想ですでにアルトの展開が言い当てられてました^^;
ある面からすると当たり前の怒りなんですよね、アルト君
でも、相手が悪かったです・・・
でも、金貨換金はどこいった!
きっと被害は苦労性っぽいアリアさんに行くんでしょうねw