1-43:激戦
アリアを含めた避難民達は、躊躇いながらもエルフの森へと避難を開始していた。
今ここに自分達がいたとしても騎兵に簡単に蹂躙されて終わるだけだと判断したからである。又、鼻の利く魔物達を中心に、これもまた森の中へと逃げ込みを図った。これは主にキュアリーのせいだと言えた。
後には必要とするマナが大きく、身動きの取れないドラゴンなどの大型種のみが精霊花を囲う様に集うのみであり、しかも今発生したユーステリア軍との戦闘に対し一切の興味を示していなかった。
「これって結構・・・絶体絶命・・・って言うのかな?」
途切れ途切れにそんな事を言いながら、魔法で身体強化を施しながらメイスで騎兵を殴り倒していく。
幸いにして騎兵自体の強さは、普通一般の兵士とそれ程大きく違う事は無かった。ただ只管に問題は数であった。倒せども、倒せども、一向に数が減ったようには感じられない。今キュアリーが無事でいるのは相手が騎兵であるが故に囲む事に限界があるが故であった。
「セイ!・・・サンダーレイン!」
「ぐわぁ!」「がぁ!」
攻撃を躱しきる事が厳しくなり、咄嗟に魔法を放つ。
幸いなことに無事魔法は発動し、キュアリーの周囲にサンダーレインが降り注いだ。
その一瞬を付き包囲を突破しようと動くが、十重二十重と囲まれており、脱出する事が出来ない。
自分の周囲にいたはずのサラサ達が今どうなっているのかも判断がつかない。
「邪魔!」
目の前に躍り出た騎兵に対し、手にしたメイスを叩きこむ。先程から作業と化した一連の動作であったが故に、その騎兵から繰り出される鋭い槍によってメイスを弾かれ、キュアリーは態勢を崩してしまった。
「嘗めるな、この亜人め!」
槍を引き、空かさず放たれた第二檄を辛うじて転がりながら避けたキュアリーであったが、それ故に別の方向から来た馬の蹄を避ける事が出来なかった。
ドゴッ!
「かはっ」
一瞬にして肺に溜まった酸素が吐き出され、肋骨が数本まとめて折られたのが解った。
久しく感じた事のない激痛が体を走り、一気に挙動が鈍くなる。今まで軽々と避ける事が出来ていた周囲から放たれる槍の攻撃を躱す事が出来ない。
「さ、サンダー!」
執拗に攻撃してくる先程の騎兵に対し、魔法で攻撃を行う。その際にも頭を過るのは魔法の不発であり、その為にサンダーレインの使用を躊躇する事となった。
サンダーによってなぎ倒された騎兵に安堵する余裕も無く、周囲からの攻撃を必死に躱す。動きに精彩を欠き、それ故にキュアリーはポーションでダメージの回復をする事も出来ない。
「止まるな!動きながら波状攻撃を掛けろ!」
敵の後方でそんな声が聞こえた。先程まで団子となって攻め寄せていた敵が、その声を受けキュアリーを挟み込んで二つの大きな輪を描きながら槍を突き出してくる。その陣形の変更においても淀みは一切なく騎兵達の錬度の高さを物語っていた。その騎兵達の間断ない素早い攻撃をキュアリーは必死にメイスで弾き、体を捻り、躱し続けながらも次第に傷が増え、ましてや肋骨が肺に刺さりでもしたのか、次第に呼吸すら苦しくなって来ていた。
「ハ、ハイヒール」
MPポーションをアイテムボックスから呼び出し、そのまま地面へと落し割る事によってどうにかハイヒールを唱え、自身の回復を行う。ただ、この代償にキュアリーは手にしたメイスを叩き落とされてしまった。
「亜人め!死ね!」
それを隙と見た騎兵が、槍を大きく振りかぶりキュアリーへと突き出した。しかし、先程までと違う大振りの一撃であった為に、いままでの騎兵達が行っていたリズムが崩れた。その一瞬の時間の差がキュアリーを救う事となった。
「ガルルルル~~~!」
時間経過と、騎兵達によって周囲の空気が拡散された。この為、退避していたルーンウルフ達が戻って来たのだ。そして、ルルパパが遠目から一気にその騎兵へと飛び掛った。又、騎兵の意識はキュアリーのみへと注がれておりその攻撃を真面に受けてしまう。
「「「「ガルルルル」」」」
数十頭のルーンウルフの参戦。たかが数十頭であり、この戦いの結果に影響は無いと思われた。
しかし、ここに予想外の攻撃が騎兵達の後方から放たれた。
「おらおらおら!狂信者どもはくたばれや!」
「ユーステリアの連中を生かして返すな!突き崩せ!」
戦場の後方からそんな叫び声と剣戟の音がキュアリーの下へと聞こえてきた。
それは、今まさにキュアリーへと攻撃を加えていた者達にも明らかに動揺を誘った。
「エンジェルリング!」
キュアリーはその一瞬の隙に、またMPポーションを地面へと叩き割り、魔法を発動する。
「くぅ、これって継続的にマナ使うから使いたくなかったのに・・・」
もうそんな事を言っていられないくらい厳しい状況に諦めて魔法を放つ。そして、状況を甘く見すぎていた自分に対し怒りが沸いてきた。
「みんな気をつけるんだよ、死なないでね!」
「「「「ヴォン!」」」」
周りにいるルーンウルフ達から短い返事が帰って来た。そして、エンジェルリングによって多少は余裕が生まれたキュアリーは、先程落したメイスへと視線を向ける。
「ちょっとあれを取るのは厳しいか」
アイテムボックスからメイスより大分性能の落ちる棍を取り出し、ブンブンと振り回し久しぶりの感じを確かめた。
「誰が加勢してくれたかって、まぁ多分途中まで着いて来てた連中だろうけど、大気中のマナ残量が見えないのがなぁ、急がないと厳しいかも」
加勢=マナ消費速度上昇であるために決して単純にこちらが有利になったとは判断が出来ない。
「どきなさい!」
身体強化による力の差で、強引に棍で敵を薙ぎ払う、そして、敵の槍はエンジェルリングで弾かれる為、キュアリーまで届く事は無い。
すでにどれだけの時間が過ぎているのか、キュアリーも幾度となくHPポーションを飲み戦い続けている。
「バケモノが・・・」
「ユーステリアにとってのバケモノなら光栄よ」
今も再びキュアリーが手にしたメイスによって一人の敵が頭を叩きつぶされた。その兵士の死に際の言葉に、キュアリーはそう返した。
そして次の敵へと向おうとした時、周囲にドラゴン達の叫び声が響き渡った。
「「「「グォォォォ~~~」」」」
今まで一切動きを見せなかったドラゴン達が、その短い足を器用に使い此方へとドタドタと向かって来る。
ただ、その巨体故に見た目以上にその速度は早い。
「ひ、引け!引け引け~~~!」
何処からかそんな声が上がり、次々に敵の中で響き渡る。そして、バラバラと退却を始める敵の数はいまこうして見ると当初の3000は既に無く、もはや2000も居ないのではないだろうか?
そして、その騎兵達を追撃する者達の姿が見える。こちらは多く見積もっても1000には届かないだろう。ただ、その追撃も相手が騎馬であればこれ以上のダメージを相手に与えるのは厳しいと思われた。
もっとも、それ以上に此方側もダメージを受けてはいる。倒れている者達の中にはルーンウルフは勿論の事、明らかに騎兵とは異なる服装や装備をした者もいる。しかし、どうにか敵を撃退する事に成功したのだ。
「ドラゴンが陸を走るすがたは滑稽ね、でもさすがに迫力はあるわね」
こちらへ向かって来るドラゴン、その姿からは敵意などは感じられない。おそらく精霊花にくべていた?魔石が空になった為にマナの補給の為こっちへと向かって歩いて来ていると思われる。周囲をを見ながら一先ず危険は去ったと判断したキュアリーは地面へと座り込んだ。流石に体力以上に精神力が削られていた。これはMPとは違うのだろう、不便な物だなとキュアリーは思っていた。そして漸く落ち着いて周囲を見る事が出来た。其処まで来てルルの事へと気を回す余裕が生まれた。
「ルル、ルル~!」
周囲へとそう呼びかけると視線の先でルル達ルーンウルフ数頭が固まって何かをしているのが見えた。
「ヴォン!」
「ルル?」
そのルーンウルフの集団から、聞きなれたルルの声が聞こえた。その声色から怪我負っている様に感じられない為、そこには一安心するも、なぜかルルが此方へとこない。その為、キュアリーは体を起こしルル達が集まっている場所へと歩いていく。
「どうしたの?怪我をしてるの?」
集団の中ほどにルルがいるのが解った。そして、そのルルの鼻先には倒れている獣人の男がいた。
「コラルかな?」
身に着けている装備は血に染まり、更には何か所化が壊れ穴が空いている。恐らくだが槍に貫かれたのだろう。その傷は一か所だけでなく複数にのぼり、見た限りコラルは息をしている気配が無い。
そして、そのコラルの下に金色の髪が広がっているのが見えた。もっとも、こちらもコラルから流れた血か、自身の血か、はたまた別の誰かの血かは判断がつかないが、金色の髪がまだらのように見えていたが。
「サラサ?」
キュアリーがルーンウルフを掻き分けて前に進み、上に載っているコラルを退ける。その際、既に息をしていない事を確認し、更に血の流れ方から脈動も無い事が解り溜息を吐いた。そして、その下になっていたサラサを見ると、こちらは予想に反してまだ息をしている事が解った。
「この状態でよく・・・」
息はしているが、こちらも満身創痍といっても過言でない状態である。今この瞬間に息を引き取っても不思議ではない。キュアリーはまだ所持していたHPポーションをサラサに急いで振りかけたのだった。
「クゥン?」
「飲むよりは効果が薄いのだけど、まず少しでも回復させないとね」
ルルがキュアリーを見上げまるで様子を確認するかのように首を傾げた為、それを見てキュアリーが思わず今の処置の説明をしてしまい、苦笑を浮かべるのだった。
「う、ううう・・・」
HPポーションの効果が出て来たのか、サラサが呻き声を上げた。そして、ゆっくりと目を開き顔の前にいるキュアリーへと焦点を合わせた。
「気が付いたのならまずこれを飲みなさい」
再度HPポーションを取り出し、サラサの背中へと左手を廻して上半身を起こすと手渡しする。まだ言葉が上手く出てこないのか、サラサは口から乾いた音を響かせ、どうにかポーションを手に取るとゆっくりと飲み始めた。
それでとりあえずは大丈夫と判断したキュアリーは、サラサが体を起こした態勢を維持できることを確認し、当面の厄介毎の一つで、今此方を覗きこもうとしているドラゴン達へと視線を向ける。
「あんた達ちょっと暢気すぎない?ただボ~~っとしてて私死んでたらどうするの?」
ドラゴンを見ながらそんな事を言うキュアリーであったが、ドラゴンが参戦したらしたで大変だったろうなと思っていたし、ユーステリア軍の退却の判断にドラゴンが加味されていたのは間違いない。ただ、何となくこちらを覗き込むドラゴンの顔を見ていたらムカムカしてきたのは仕方のない事だと思っていた。
「はぁ、とりあえずそこそこマナは回復したみたいね。あ、そういえば、ちょっとあなたこれ食べてみて」
取り出した魔石を目の前にいるドラゴンの口へと放り投げた。すると、ドラゴンは嬉々としてその魔石を噛み砕いて食べてしまう。それを見ていたキュアリーは、魔石を食べる事によってドラゴンのMPが更に回復したのを鑑定で見ていた為に解った。
「うわぁ~これでも回復するんだ。でも、良く考えたら普通はそうだよね。だから魔物を襲う魔物がいるんだし、魔物は真っ先に魔石食べるもんね」
もっとも、一々魔石をすべても魔物に投げ与えていたらそれはそれは大変だったろう。そう思って自分を慰めるのだが、魔石が貰えたのを見ていた他のドラゴン達がこぞってキュアリーへと頭を出して口を開ける。
中には長い舌を出してキュアリーの顔を舐め、催促しようとする者もいた。
「これって催促なんだよね?味見じゃないよね?」
延ばされる舌を避けながら、仕方がないかとドラゴンの口にとりあえず魔石を一個ずつ放り込む。すると、カリカリ噛み砕いてドラゴン達は嬉しそうに囀るのだった。
「まさかドラゴンの歌がこんな所で聞けるとは・・・このドラゴンはあなたの眷属ですか?」
先程から少し離れた場所でこちらを様子見していた集団がいた。エルフも、獣人も、それこそ人族も混じった集団であり、ユーステリアとの戦いにおいて奇襲をしかけた者達であった。そんな集団の中から、一人のエルフと二人の獣人が前に進み出た。そして、その内の一人である熊の獣人が囀るドラゴンを見ながら感嘆の声を上げるのだった。




