1-37:戦闘とは呼べない戦闘
夕日がまもなく落ちようかという頃、ユーステリア軍は篝火を焚き動き始めた。
その動きは明らかに戦闘を行う物では無かった。
左右から挟み込むように篝火が列をなし、アリア達移民というよりは動物達を囲い込むように動いていた。
「これは、動物を砦に引き込むつもりでしょうか?」
アリアがユーステリア軍の動きを見ながら推察する。そして、その予想を裏付けるように速度の速い騎馬隊と思われる篝火が背後へと回るコースを取る。
「このまま背後に回られると厄介では?」
コラルの言葉にアリアは顔を顰める。
「このまま突破します。今正面はがら空きです。もちろん砦に入れば動物達を押しとどめる為に反対側の門は閉じられているでしょう。しかし、その門を突破してしまえば良いのです」
「そうですね、狭い砦内に入ってしまえば動物達が盾になってくれます」
サラサもアリアの意見に同意する。
しかし、セリーヌ達はその意見に一抹の不安を感じた。
「このまま暗くなれば皆がバラバラになりかねません。それに、驚いた動物達に巻き込まれる者達も」
今の状況になってしまってはアリアの意見以外には無い事をセリーヌも理解はしていた。
しかし、アリア達と違い子供や一部年老いた者も混じる移民達の事を考えるとついといった感じで言葉にしてしまったのだろう。
「今から方針を変えるのは難しいです。砦を突破しないとすると、左翼か右翼どちらかを撃破して砦横を抜けるしか方法は無くなります。それこそ動物達の流れに逆らう事になりますよ?」
アリアはセリーヌの意見を真っ向から否定する事はしなかった。なぜなら、アリアとて砦の狭い入口へとまとめられる事に一抹の不安を感じていたのだった。小型の動物ならば良いが大型の動物達が暴走し、入り口へと殺到した場合、自分達に被害が無いとはとても言い切る自信は無かった。もしかすると自分ですら下敷きになる可能性があるのだ。
「相手はわざわざ分散してくれている。ましてや動物にしか意識は向かってないだろう。これなら各個撃破した方が良いか?」
それぞれが頭を悩ませているうちに、結論が出ないまま事態は唐突に動き始めてしまった。
まず最初に動いたのは狼達の群れである。彼らが何を思ったのか、それはある意味その行動に表れていた。
近づいてくる炎の先に自分達の獲物がいる、その事を彼らは理解していたのだ。
キュアリーのマナに引き寄せられた肉食の動物達は、本来自分達の獲物である草食動物を殆ど襲わなかった。まるで見極めるように弱った個体、年老いた個体を襲い自分達の飢えを凌いでいた。
これは、ある意味この場に集まった動物達共通の意識であったのだろう。
全体の集団を一個の群れとして認識していたのだ。
そして、狼達はハッキリ言って飢えていた。その目の前に自分達の群れとは別の生き物が現れたのだ。
彼らは夕闇に紛れるようににて近づき、ユーステリア軍の兵士達に牙を剥いたのだった。
「ガルゥ!」
「!!!」
飛び掛られた兵士は、一気に喉笛を噛みきられ叫び声を上げる事すら出来なかった。
そして、相手を仕留めるまで狼は唸り声一つあげなかったのだ。その光景は至る所で発生した。
狼だけでなく、肉食系の動物達がこぞってユーステリア軍に襲いかかる。
アリア達はその様子を呆然と眺めたのだった。
「なぁ、まさかとは思うが動物達もユーステリアの連中を見て実は肉、肉って叫んでたりしないよな?」
「さ、さあ?ただ私達は動いても良いのでしょうか?今の所襲われてはいませんが、変に動いてこちらも襲われるなんていう事はないでしょうか?」
アリアは思わず自分達も襲われる光景を思い描いた。その為、身動きが取れなくなってしまった。
そして事態は次の展開を向かえる。
4頭しかいない犀が、何を思ったのか炎を持った兵士達へと突撃を開始したのだった。
そして、それに雪崩打ったように牛などの大型動物達が続き始める。
「え?え?何が起きているの?」
「解りません!ただ、このままでは危険です!」
アリアの戸惑いに対しサラサが慌てた様子で叫び返した。
その時、今まで閉じていた馬車の扉が開きキュアリーが姿を現した。
「ん?何か変な事になってるね。動物達の気がすっごいたってる」
「え?キュアリー様、もしかして状況がお解りになるのですか?」
「ん~~解っても対処できるかは別よ?見たところ砦右側の兵士達が一番混乱してるみたいだからそっちを突破しましょうか」
キュアリーの指摘を受けアリア達がユーステリア軍を見ると、確かに右側の松明の明かりが半分近く消えているのが解る。
そして、そんな様子を見ながらキュアリーは馬車の中にあった精霊入りのヌイグルミを一斉にばら撒いた。
すると、ヌイグルミはそれぞれ光を放ちキュアリーの周りを飛び交い始める。
「とりあえずこの光を目印にみんな移動しましょうか。暗闇になればなる程目立つでしょ?とにかく馬車を出して」
セリーヌ達はキュアリーの指示を急ぎ全体へと伝える。そして、大型動物達の流れに巻き込まれない様に慎重に移動を開始する。
「コラル、サラサ、こちらに気が付いた兵士達を優先に倒してください。それ以外の者は状況に合わせて各自の判断でお願いします」
コラルとサラサはアリアの指示に頷き、集団の先頭へと位置取りを換えるのだった。
◆◆◆
ユーステリア軍はまさに混乱の坩堝であった。
本国より送られてくるはずの兵士や食料は未だに届かず、それどころかイグリアに赴任していた教会幹部の子弟が行方不明となりその捜索まで行わなければならない。
先に受けたエルフによる襲撃の責任を取らされ前任の司令官が更迭された事が混乱に拍車をかける。
新たに赴任したのは、これまた教会の幹部であり軍隊の指揮に関しては素人もよい所であった。
そして教会での点数稼ぎを優先し多数の兵士達を子弟捜索へと使い、又補給物資に関しては同様に催促する事に抵抗を示したのだ。
その為、この砦に駐屯する者達は減り続ける食料との戦いを強いられていた。
その中での動物達の大量移動発見であった。
彼らはその理由を確認する以前に、この動物達をいかに仕留め食料にするかしか意識が向かわなかった。
更には自分達が動物達に狩られるなど思いもよらなかったのである。
「なんだよこれ!なんで俺たちが襲われているんだよ!」
当初の肉への渇望などとっくに何処かへと飛んで行っている。
今どの兵士達も自分達が生き残る為に槍を、剣を振っていた。
「弓隊、獣どもに向け各自斉射を始めろ!奴らに隊列などの意識はない、とにかく殺せ!前衛は守りを固めろ、お前らは無理して狩る必要はない、とにかく後衛に獣どもを通すな!」
部隊長と思われる者の声が響き渡る。
その声に少しずつユーステリア軍は冷静さを取り戻した。
更には後方へと回り込もうとしていた騎馬隊が慌てて仲間を守る為動物の群れへと突撃をかける。
そして、少しでも動物達の流れを誘導しようとするのだった。
そして、その部隊長は暗闇の中で光るものがある事に気が付いた。
「なんだあれは?」
そう呟くとその光の下を凝視する。すると、薄らとだが動物ではない馬車の様なシルエットが見て取れた。
「まさか!これは動物を使った襲撃なのか!」
注意して見る事さえできれば、その馬車は明らかに動物の流れとは違う動きをしている事が解る。
そして、その馬車は自分達のいる場所とは逆の壊滅状態になっている左翼へと向かっていた。
「伝令!騎馬隊に左翼方面にいる馬車を狙わせろ!どうやったかは解らないがあれが今回の原因だ!」
「ば、馬車ですか?」
「良く見て見ろ、左翼へ向かう光があるだろう、あれが馬車だ!ホイスラーは何をやっている!」
左翼の余りに不甲斐ない状況に思わず怒鳴り声をあげた。すると、まるでタイミングを合わせたように報告が入る。
「ホイスラー部隊長戦死!左翼立て直しは厳しいものと思われます!」
「戦死だと!何があった?!」
確かにこの状況は予想外ではあった。しかし、部隊長がこの程度の動物達に殺されるとはとても考えられなかった。
「解りません!」
「くそ、仕方がない騎馬隊に期待するしかないか。よし多少勢いは落ちてきてるな、槍隊前に出ろ!牛どもの横っ腹に槍を叩き込みながらそのまま押し込め!」
盾に阻まれ牛などの大型動物が盾に沿う様に流れ出した事を確認し、そのまま一気に押し込む指示を出した。その影響が顕著に表れ、押し込まれ倒れた牛などが障害となり右翼に突撃を掛けてくる動物はいなくなった。
「弓隊、手を休めるな!そのまま射続けろ!」
的確に指示を出し、右翼における戦況はこれで決したと兵士達が判断をした時、今まで叫び続けていた部隊長に異変が起きた。
「ゴ、ゴフッ」
信じられないという様に驚きの表情を浮かべ、部隊長は己の胸から突き出た鋭い爪がついた毛深い腕を眺める。それは、当たり前だが自分の腕では無く、またどう見ても人の腕とは思えない。
「悪いね、あんたちょっと邪魔なんだよね、そろそろ俺達も点数を稼いでおかないとあの姫さんに見捨てられかねないからね」
周りの兵士達は唖然としながら大地へと倒れ伏す部隊長を眺めていた。そして、そのうちの一人が部隊長の側に立つ男を見て呟いた。
「亜人・・・」
その呟きへと視線を返し、その男、いや人のように二本足で立ち片手を血で真っ赤に染め上げた狼は獰猛な笑顔を浮かべる。
「悪いね、あんた達みんな死んでくれや、ちょっとこの砦を仲間たちが通過したいんでね」
その言葉が起因するかのように兵士達の周りで突然戦闘が始まる。
その相手は皆二本足で立つ狼や豹といった亜人達であった。
「あ、亜人どもの襲撃だ!」
突然の襲撃に動揺しながらも兵士達は果敢に反撃を始める。しかし、ある兵士は剣で、ある兵士は槍で、次々に倒されていく。
「何度も言うけどさ、悪いね~俺たちって基礎的なスペックがあんたらと違うんよ、まぁ死んでくれや」
そう告げると、狼男も同様に剣を引き抜き兵士達を次々に切り捨てていった。
「おい、ウォルフ、お前なんでさっき剣を使わなかった」
「え?その方が視覚的効果高そうじゃね?あと恰好良さそうだし」
ヴォルフは傍に来ていた別の狼男の質問にそう答える。尋ねた狼男は溜息を吐きながらも自分も目の前に躍り出てきた兵士を無造作に切り殺す。
「これでこっちは何とかなるかな、まぁ向こうはお姫さん達がなんとかするっしょ」
視線の先の左翼では、すでに松明がすべて消えていた。そして、闇の中を淡い光がゆっくりと砦の側を抜けていく様子が見えた。
「あっちの獣人もそこそこやる様だね。まぁそうでなきゃ後々困っちゃうかもだけどね」
「馬鹿言ってないでこのまま砦を落すぞ。本隊が来る前に落とさないと面倒だ」
「了解、じゃ、このまま行こうか、中にはもう碌に戦えない奴らばっかりだろうけどね」
ヴォルフが先頭に立ち開かれている門へと走りこんでいく。それを勘違いしたのか大型動物達が釣られて走りこんで行く。門の両脇にある物見台にいる兵士達が何かを叫んでいるがそれを誰も気にしてはいなかった。
その頃、砦の脇を無事通過中のキュアリー達一行はユーステリア軍右翼、キュアリー達から見て左側にいた部隊が崩壊していく事に気がついていた。
当初右側の混乱に乗じて突破を図ったキュアリーであったが、混乱の原因であった物たちと無事合流を果たしていた。
「あなた達良く戻ってきたのがわかったね」
馬車をまるで守るかのように囲むルーンウルフの群れを見て、そしてその群れの中心にいる一際大きいルーンウルフに声を掛ける。
「キュ、キュアリー様、このルーンウルフはお知り合いですか?」
「え?うん、ルルのお婿さん候補だよ。普段はあまり森から出て来ないのに心配して来てたのかな?」
若干尻込みしながら尋ねるアリアに向かってキュアリーは返事をする。
紹介されたルーンウルフはキュアリーそっちのけでルルへと近づこうとするが、ルルは鼻を鳴らして相手にしていないように見えた。
「ま、何にせよこのまま突破しちゃいましょう。反対側のユーステリアの連中はどこぞの誰かが倒してくれるみたいだから」
その言葉に漸くサラサやコラルはこの混乱が意図して増長されている事に気がついた。
しかし、その原因を見定めることなく一行は砦を通過しコルトの森へと進路をとる。
「ところで、宜しかったのですか?その、援護してくれたという者たちのことですが」
「いいんじゃない?援護というよりこっちを利用したって言うのが正解だろうから。そうでなきゃあんなに動物達が興奮するわけないじゃん。まぁユーステリアの人達は運がなかったね、私達だけだったら生き延びられた人も結構いただろうけど、どれだけの人が生き残れたやら」
その言葉にアリア達は驚きを深めるのだった。
大変遅くなりました。
動物もいて、人との戦いもあって、なんか別のお話になりそうで大変でした><
何かもう少し勢いだけで砦突破の予定だったのですが、予想外に戦いが・・・
ユーステリアの方々が不憫です・・・




