1-35:コルトの森へ向かって
村全体の移民の準備は予想以上に順調に推移した。
始めからそれぞれ個人が必要最小限の所持品しか用意せず、又移動に関しては徒歩、馬車や捕獲した馬には荷物を載せて牽引して行く。子供は荷物と同様に馬車などへ乗車させるといった明確なイメージの下での準備であったのが大きい。
そして、このイメージはすでに過去何度も拠点をユーステリア軍に追われ、移動し移り住んできた者達の経験からくるものでもあった。
「あの捕虜達はこちらで引き取ろう。連れて行ってもその方達が困るだろう」
この村に最後まで留まる事を決めた10人ほどの老人達が、グラスランナーになった者達を引き取り二日ほどした後に解き放つ旨で話が付いていた。目の覚めたグラスランナーとなった者達は、種族の性質に引きずられたのか今自分が閉じ込められている事に騒ぐだけで、なぜ閉じ込められているのか、以前自分は何をしていたのかすら気にする事無く暴れている。この為、引き続き仮牢へと閉じ込めておくこととなった。
そして、サキュバスとなった者達と、1名だけ身体的特徴からエルフへとなった捕虜達は、この地に留まる事の意味を理解し全員がコルトの森へと移動する事で同意した。
ちなみに、結局自害するほどの信仰心を示した者は誰一人いなかった。もっとも、移り気なグラスランナーに信仰を求めること自体無理がある気はしたのだったが。
「私は最後までここに残りたかったのだが・・・」
ユスティーナは当初この村に残る事を表明していた。しかし、移民する者達を纏めるためにも、又村人達の心の支えといった意味でも周りから懇願されユスティーナもコルトの森へと向かう事となった。
「姫巫女様、皆の事は宜しくお願いいたしますぞ、我らは我らでこの地にユーステリアの連中が来ましたら足止めしますからな」
「無理をするでないぞ」
「ほほ、この歳ではどのみち無理をしても高がしれてますわい」
老人達との別れを村人達が惜しむ中、出発の声が響き渡る。村人のほぼ全員の移動、そして大型の馬車も牽引しての旅の為、森の中を通る間道を抜けることが出来ず大回りの旅となる。そして、ユーステリア軍の動向を気にして大きく南へと回り込むコースとなる為に10日以上の旅となる事を想定していた。
「サラサ、ミドリ、貴方達で先行してください。この大所帯では恐らく発見されると思って行動した方が良いでしょう」
「後方は俺が見よう、中はアリア様にお願いしてもいいでしょうか?」
「わかったわ、ただ、こちらも人数が限られていますからセリーヌ達にも頑張って貰わないとですね」
「はい、わかりました」
それぞれが役割を分担の打ち合わせをしている、しかしその中にはキュアリーの姿は無かった。
そして、各自が自分の担当場所へと散った後、アリアが一際大きな馬車へと乗り込む。
その馬車の中ではキュアリーがだらりともたれ掛かっている。どことなくその表情は苦しそうであった。
「キュアリー様、えっと、お加減はいかがでしょうか?」
「う~~、苦しくないはずなのに苦しい」
一般の者にはキュアリーの姿はただダラケテいるように見える。しかし、精霊の姿が見える者達にはキュアリーへとしがみ付く無数の精霊の姿が見える事だろう。
「一応、呼吸の妨げにはならない筈なのに苦しい・・・気がする・・・」
「こればかりは我々が変わる訳にはまいりませんし」
「うん、ただ、この状況が10日は気持ちが折れそう。精霊達の事を失念してたね」
厳密には精霊だけでなく村で飼育していた家畜や、結界に守られていた鳥やその他の生き物もキュアリーの馬車の移動と共にゾロゾロとついて来ているのだがアリアはあえて口にはしなかった。
そして、一行が移動する先々でまだ生き残っていた動物達が、次々に集団へと合流してくるのだがこの時誰もその事を想像できる者はいなかった。
そして、一行が移動を開始して2日目になると、これはどこの生物大移動?っといった様相を呈してきた。
2日目の予定されていた行程も進み日が暮れる前に野営準備に入る中、集まってきている動物達を眺めながらサラサ達が立ち話をしている。
「ねぇ、来るときはここまで酷くなかったけど何が起きてるの?」
「俺が解るわけないだろ、ただ先行してると体がすごい疲れる。おそらくマナが関係してるんだろう」
コラルとサラサがそんな会話をしている間にも、さらに2羽の鷹と思われる生き物が合流してくる。そして、他の生き物と争う気配もなく、静かに羽を休めている。
「ねぇ、この生き物の世話も私達がしないといけないの?」
「いや、そんな義理は無いと思うが、そもそもこの動物達って狩ったら拙いよな?食糧的にすっごく助かると思うんだが」
「ば、馬鹿なの?キュアリー様を頼って集まった動物達よ?その動物を殺すなんて出来る訳ないじゃない「クウェ!」の・・・?」
サラサが叫ぶ目の前で、一頭の羊が喉元を噛みきられ息絶えている。そして、その横には口を真っ赤に染めたルルが、横倒しになった羊のお腹に牙を立てる。
「ル、ルル!あんた何を!」
「サンダーレイン」
騒ぐサラサのすぐ後ろで呪文が聞こえた。そして、馬車から少し離れた場所にいる一際大きな動物のカウが雷に打ち据えられ絶命した。ちなみにカウは現代の牛の様な生き物である。
「「!!!」」
「うん、これで今日は焼き肉かな?」
倒れた動物へと歩いていくキュアリーへサラサやコラルだけでなく、村人達も同様に唖然とした表情で視線を投げかけている。
「キュ、キュアリー様!この動物達を殺してしまって良いのですか?!」
「ん?駄目なの?」
「え?駄目なのって、この動物達はキュアリー様を慕って集まってるのですよね?」
「う~~ん、厳密にはマナを求めて集まってるかな?でも、それは相手の都合で、わたしには関係ないよ?普通に狩猟するのとの違いは集まってて楽だなって違いだけ?勿論意味なく殺しはしないし、食べる分だけに止めるのは常識だけど」
「「「う~~~ん・・・」」」
キュアリーの言葉にどこか納得がいかない面々、それでもこれだけ大きなカウの肉であれば皆が食事をする事も可能だろう。
それぞれが首を傾げる中、キュアリーは淡々とカウを捌き肉の塊へと切り分けていく。
「ほら、ぼ~っとしてないで手伝ってよ」
「は、はい!」
そして、周りの者達も慌ててそれを手伝うのだった。
その後、夕食の準備が終わり各々が談笑しながらの穏やかな夕食が始まる。
「しかし、動物達はあんな事があったのに良く逃げ出しませんね」
「それこそマナの不足が原因でしょうね。マナが無いといずれ死んでしまうという事を理解はしているのでしょう」
「ええ、でも管理が大変ですね」
「ですね、家畜という訳でもないですし、ましてや何時こちらを襲ってくるかもわからないですから」
「それでも、ここまで順調なのはありがたいですね」
周辺を警戒している者達と交代する為にコラルが席を外す。同様にそれぞれ担当が決められている者達が集団の外周へと散っていく。
そんな中、このキャンプから離れた場所に捨てられた内臓や、まだ肉が残っている骨に他の動物達が群がっているのが見えた。これは、焼却してしまうよりも他の生き物達への施しの気持ちではある。
キュアリーはその様子を眺めると次に同行者達へと視線を移す。キュアリー達と少し離れた場所に宿営している村人達も、十分な食事を食べたおかげか比較的明るい表情を見せている。
「まぁこうやってゆっくり食事をするのが何時まで出来るか解らないしね」
キュアリーはその様子を眺めながらそう呟いた。
そして、その呟きを聞いたアリアが真剣な表情で答えた。
「そうですね、これから森に近づけば近づくほど危険になります」
「ユーステリア軍が動いている可能性もあるし、来るとき通過した砦だってあのままって事は無いだろうしね」
「この集団を我々だけで守れるでしょうか?」
「そうだね、まぁ軍隊が相手では厳しいんじゃないかな。犠牲は出るっと思っていた方が良いよ。ユスティーナ達だってその覚悟はしてるでしょう。だからあれだけ斥候を放っているんでしょう」
「不意打ちだけは避けたいと?」
「うん、それだけで生存率は変わるからね。なんといっても戦力が無さすぎるから」
そう告げるキュアリーを見ながら、アリアは思わずといった感じで問いかけていた。
「キュアリー様でも難しいですか?」
キュアリーは静かにアリアを見つめ返して告げる。
「うん、一か所を守るとかならまだしも周囲全体を守るのは、ましてや奇襲では何ともならないよ。相手の数によるけど私だって万能じゃないから」
「・・・・はい」
「そもそもみんな勘違いしてる気がするんだけど、わたしは治癒士だよ?怪我なんかを治すのがお仕事なのであって、戦闘は専門外!」
胸を張ってそう告げるキュアリーへと他の面々が白い眼差しを向ける。
そうしている間にも辺りは静まり、そして二人の会話をこの場にいる者達全員が真剣に聞いていた。
「アリア様、キュアリー様、ありがとうございます。ですが、我々とて無力ではありません。それに、覚悟は皆出来ております」
ユスティーナの言葉に、すべての者達が頷くのだった。
村を離れるのに対しあれ程抵抗を示していた者達ですら、今は率先して周辺の警戒や戦闘の準備に怠りが無い。ユスティーナの言葉を身をもって証明していた。
そんな中、今の今までキュアリーの足元で大人しくしていたルルが頭を起こした。そして明らかに警戒していますといった様子を見せる。
「ん?ルルどうかした?」
「クゥオン」
「ん~~~、何かいる?」
キュアリーとルルの変化に慌てた様子で他の者達が警戒を強め、また複数の者が視線の先へと身を潜ませて向かい始める。しかし、そのすぐ後でルルが警戒を解く。
「相手側の斥候かな?まぁその相手が誰かって言う事も問題なんだけどね」
「っといいますと?」
「ルルは別格として、わたしの警戒スキルに察知出来ない距離でこちらを偵察できる者は早々いない。だからユーステリアの精鋭か、はたまた人族以外か、まぁそれは会ってみてのお楽しみって事」
「人族以外・・・この近辺に人族以外が住んでいるとは聞いたことはありませんが・・・」
「まぁいずれ現れるでしょう。そうしたら考えようか」
そう言うと何もなかったようにルルの頭を撫で始めた。
◆◆◆
その後、ルルの視線の遥か先では3人の男達が集まっていた。
どの者達も黒一色の衣装を纏い、光が差さない闇の中で小さな声で何かを打ち合わせている。
「では、ゾットとバロルはこの後もあの集団を追尾してくれ。そして問題があれば連絡を頼む」
「解った、しかしあれは軍隊ではないぞ、移民か避難民かは知らんがそこまで警戒する必要はあるのか?」
「先程の事を忘れたのか?あの距離で我々に気が付いた者達を侮る事など俺には出来ん。ともかく急ぎ長老へと報告をしてくる。日の出までには戻る」
「わかった、あの集団もあれだけ人数を抱えているのだ夜には動くまい」
「人族の集団だとは思うが、種族も、構成もはっきり出来なかったのは痛いな」
「うむ、とにかく指示を仰がねばな。我らだけの問題ではない、勝手に動くことは禁じるぞ」
「「解った」」
その後、一つの人影がその場から走り去った。この光差さない暗闇の中、男達は明かりを灯す気配はまったく無い。そして、それ以後も明かりを灯す気配は無い。何かの道具を使っている気配はなく、男達の瞳だけが煌々と金色の光を放っていた。
誤字訂正いたしました。
ご指摘ありがとうございます。




