1-30:マナ流出
「あれ?結界がなくなった?」
集会場で集まる人達を眺めていたキュアリーが、村の結界の消失に気が付いた。
アリア達他の面々も同様に結界の消失、すなわちマナの流出に気が付いたのだった。
「笛の音が聞こえますね、明らかに普通ではない、不安を掻き立てる感じです」
アリアの言葉に頷く面々ではあったが、そのキュアリー達以上に集会場に集まっていた者達に動揺が走った。
「襲撃だ!結界が壊れたぞ!」
「くそ!武器は家だぞ!」
「ゾイド、お前は急いで自警団を纏めろ!俺は装備を持ったら村の入り口まで行く!」
「わかった、こっちも準備が出来次第駆けつける!」
「おとうさん!」
「お前たちはお母さんと此処にいなさい、ある意味ここが一番安全だろう」
男はチラリとキュアリー達を眺め、駆け出していく。
男達がそれぞれ集会場の入り口から外へと駆け出して行った。そして、その様子を女性や子供達が不安そうに眺めている。
そしてキュアリーは男達とは逆に、入り口や窓など至る所から雪崩込んで来る精霊達の姿を眺めていた。
精霊達はキュアリーの周囲に集い、ホフッっと一息つくと、今度はせっせとキュアリーに何かを伝えようとする。
必死に手足を動かす精霊達を眺めながら、キュアリーは途方に暮れていた。
「う~ん、ごめんね~何が言いたいのかぜんぜん解んないわ」
キュアリーの言葉に一斉に肩を落とす精霊達、その精霊達全員が扉に向かって指を差した。
「ん?何か来るの?」
キュアリーの発する言葉と同時に、扉から数人の男達が剣を抜き入ってきたのだった。
「へ、予定通りだな」
集会場へと入ってきたコッカーは、中に集まっている者達をみてニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「こ、コッカー?今何が起きてるの?どうしたの?」
「邪魔だ」
入ってきたコッカー達を見て、一人の女性が不安そうに声を掛ける。そして、その女性に対しコッカーは無造作に蹴り飛ばした。
「キャーーー」
「うるせぇ!騒ぐとぶっ殺すぞ!」
悲鳴が集会場に響き、子供達の鳴き声が響き渡る。それ以上にコッカーの怒鳴り声が集会場に鳴り響いたのだった。
「壁際に寄れ!亜人どもは、動くなよ、動けばこいつらも道連れになるんだからな!」
村人達を剣で威嚇して部屋の隅へと追いやる。そして嫌らしい笑みを浮かべながらコッカー達はゆっくりとキュアリー達の方へと歩みを進める。
「あ、あんた達何をしてるのか解ってるのかい!」
「うるせえ!背信者どもは黙ってろ!殺すぞ!」
子供を抱えた女性が叫ぶが、コッカー達はそんな物には目もくれず、ただキュアリー達を睨み付ける。
「こんな汚らわしい亜人どもに唆されやがってよ~この亜人どもぶっ殺した後教会で裁きを受けるがいいさ。すでに教会へは使いを送ってるしな」
「あ、あんた達この場所を教会に売ったのかい!」
コッカーの言葉に集まっている村人達が一斉に顔色を蒼くする。そして、そのコッカーの言葉にアリアが結界がなぜ途切れたのかに思い当たった。
「貴方がたがこの村の結界を解除したのですね。そして、ユーステリアへ使いでも送りましたか?」
その言葉にコッカーは何も答えない。しかし、その目が全てを語っていた。
「結界を解くことで急速にマナが減少しています。その為、子供や体の弱い者の身が危険にさらされている、それでも貴方達は気にもしないのでしょうね」
「けっ!薄汚い亜人になろうって考える奴らは死ねばいいんだよ。それに、俺たちは貴様らを殺して新たな力を手に入れるんだ」
それぞれこれ見よがしに剣を見せつける男達、しかしキュアリー達は特に緊張した様子もなくコッカー達を眺めている。
ハッキリ言ってコッカー達ごときではコラル一人にも勝てないだろう。そして、その事にキュアリー達はみな気が付いていた。ましてや、コッカー達がほかの村人を人質に獲ったとしてもその命を守る義理はない。
「あ~貴方達もしかして勝てるつもり?ってあれ?」
一応杖を構え、そしてこの後どうするかを考えながらキュアリーは尋ねる。しかし、その返事を聞く前に何かに気が付いたキュアリーがコッカーへと声を掛けたのだった。
「あのさぁ、そこにいると危ないよ?」
「はっ!何を・・・俺たちがそんな子供だましの手に・・・ん?・・・うぎゃ~~~~!!」
ドドドドドド
何かが大地を走る音が次第に近づいてくる。
コッカーが馬鹿にしたように返事をしようとした時、扉をまさに突き破って何かが飛び込んできた。
「ウモ~~~!」「メェ~~」「コ~ッコココケ~~」
牛を先頭に、この村で飼われている家畜たちが精霊達と同様にマナを求めて雪崩込んで来たのだった。
「きゃ~~~~!!!」
悲鳴を上げる村人達。しかし、女性や子供たちはある意味コッカーのおかげで集会場の隅に集まっており難を逃れた。その代り扉から中央へと掛けて突っ立っていたコッカー達はひとたまりもなくなぎ倒される。一番扉側にいた男などは先頭の牛に吹っ飛ばされ前にいた他の男にぶつかり、揃って倒れ込んでしまう。そして、その男達を牛が、羊が、鶏が踏み潰していく。
「うぐっ」「ぐえぇ」「がふっ」
家畜達が集会場の中央で右往左往する。そして、集団に男達の姿は埋没していた。
「や、やめ」「た、たすけ」「そ、そこダメ!」「あふぅん」
広い集会場の中に多数の家畜達が所せましと動き回る。その塊の中から男達の呻き声が聞こえてくる、若干何か違う悲鳴が聞こえる気もするが、家畜達は次々に集会場へと入ってきて、キュアリーの傍に行っては離れ、行っては離れを繰り返している。そして、その様子を眺めるキュアリーの目には各家畜達の背中や頭の上に精霊達が楽しそうに跨っているのが見えた。
「精霊って家畜操れたっけ?」
一通りすべての家畜たちが集会場へと入りそしてキュアリーのいる檀上の下で止まった時、その進路にいた男達はみな手足が曲がってはいけない方へと曲がった状態で床に倒れていた。
ピクッ・・・ピクピクッ・・・
痙攣をしている所を見るとまだ死んではいないようだった。
「これってなんってコメディー?」
「そうですねぇ、なんと言っていいか・・・」
何のために現れたのか解らない男達を呆れたように眺めながら、キュアリーは精霊達や家畜たちを見た。
きっとマナの流出が発生した為少しでもマナの多い方向へと本能で走り出したのだろう。
そんな事を推察しながら、そしてキュアリーはちょっと嫌な事に思い当たったのだった。
「あ、アリア?あのさぁこの子たち以外の生き物もマナを求めてここに来るのかなぁ?」
「え?まぁマナに依存してる生き物でしたらおそらく?どんどんマナが薄くなっているみたいですから」
「そ、そうだね、まずマナ流出抑えないとね、結界を張らないとだね!」
キュアリーは慌てて杖を取り出し構え呪文を唱えようとした。ただ、その行為は遅かった、ある子供の声で一瞬体が硬直し集中を途切れさせてしまったのだった。
「ママ、みて!ケロケロやヘビさんがいっぱい!」
「え?何を言ってるの?」
母親が子供を見て、そして子供の見ている窓の外へと視線を向けた。
「キャ~~~~!」
窓の外には家畜に続けとばかりに蛇やカエルといった生き物たちが極彩色の絨毯のように集会場へと向かってきていた。そして、その事に気が付いた人族も、更にはキュアリーも顔面を真っ青にして叫び声をあげる。
ましてやキュアリーには爬虫類の後に続きそうな者達の姿が想像できてしまったのだった。
「け、結界を張らないと!えっと、範囲はこの集会場?狭いかな?マナ流出だから村全体?えっと出入りはどうしよう?」
焦りと恐怖の為、思考が定まらなず中々結界を張る事が出来ない。その間にも絨毯はだんだんとこちらへと広がってくる。
「あぅ、あぅあぅ」
完全にテンパってしまったキュアリー、なぜなら、絨毯の向こうに薄らと靄が見えてしまった。そして、人間とはある意味エルフであろうとも嫌いな物、苦手な物ほどその存在に敏感に気が付いてしまう、反応してしまう、それこそ天敵と思われる生き物においてはその存在に気が付かないはずがなかった。
「ぎゃぁ~~~で、でたよ~~~」
キュアリーは結界を張る事なく、とっさにその靄に向かって無詠唱でファイヤーボールを連射し始める。
そして、キュアリーがいるのは集会場の中、家畜は炎が苦手、人だって炎が苦手、それ故パニックは再燃するのだった。
「あ、アリア様、キュアリー様が錯乱しています!ですから結界をお願いします~~!!!」
「無理~~!結界なんか今張ったら中が蒸し焼きになるって!」
サラサの願いも素気無く断り、なんとか妥協点を差が探そうとする。
「アツッ!これ洒落にならないよって部屋燃えてるから!」
「キュアリー様!正気に、正気に返ってください」
「ふぎゃ~~~!」
「ウモ~~!」「メェ~~!」「コッコケ~~!」
「ママ~~~」「メルスちゃん!」
「集会場が燃えてるぞ!」「水だ!水をかけろ!」
そんな騒ぎの中、集会場を脱出するべきかと外を伺っていた男達から叫び声が聞こえた。
「おお~~虫の大群へ爬虫類たちが襲いかかっている!」
「おおお!死の絨毯が!絨毯が途切れた!今、今です!キュアリー様!今のうちに結界を!」
「ほら、キュアリー様!今なら間に合います!」「そうですよ!今です!結界を!」
周りの人達が必死にキュアリーへと叫ぶ。そして、その声にキュアリーが漸く反応した。
「ふぇ?え、え?」
「結界です!早く!まず集会場を囲んでください!」
アリアの止めの叫びによってどうにか正気に戻ったキュアリーが急いで集会場を中心に結界を構築した。
そして、杖にしがみつく様にして床に座り込んだキュアリーを他所に、アリアが指示を飛ばす。
「サラサ、まず火を消してください!コラルは動物達を火から遠ざけて!」
「「はい!」」
サラサの指示にそって他の人々も慌てて動き出していた。
連携すれば、それこそ水魔法によって立ちどころに火は消火されていく。
どうにかボヤを収拾し皆が一息ついたとき、みんなの視線が床に倒れた4人の男達へと自然と向いた。すると、その視線の先には頭上をファイヤーボールが通り抜けた為、チリチリ頭でコンガリ小麦色の男達が先程の姿のまま倒れていた。
「あちゃ、死んでる?」
「どうかしら?つついてみます?」
そう言うアリアとキュアリーが近づいてみると、4人ともそれでもどうにか息をしているのが確認できた。
「うん、しぶとい!」
「本当ですね~それこそ魔物かG並みじゃないですか?」
そう話しながらも一向に治癒する気配のないキュアリー達に、周りの女性から声が掛かった。
「あの、とりあえず死なない程度に治癒していただけないでしょうか?」
女性が進み出てキュアリーへと訴えかける。この騒ぎのある意味切っ掛けともいう男達に対しあまりにも寛大な要望にキュアリーやアリア達は驚き見返す。すると、女性は子供達をチラッとみて答えた。
「この者達はどうでもいいのですが、このまま死んでしまうのは子供たちの情操教育上あまりよくないかと・・・」
「なるほど・・・」
それでも、ここまで敵対してきた男達をなぜ救わないといけないのだろか?そんな疑問が広がる中、キュアリーも子供たちの怯えた表情や眼差しを見て自分の考えを改めた。そして、そういえば遥か昔になんかこんな事あったなぁっと思考を巡らせた。
「利己的で、ましてや子供達を怯えさせたこの者達の罪は重いですが、何も子供の目の前で死なせる事もないですし、被害も無かったのですから。助けて戴いている私のいう事では無いのは重々承知しておりますが」
そう告げる女性は縋る様な眼差しを向ける。
特に返事もせずまた特に治癒する事を特に気にする事無く、どうせ危険はないかな?まぁいいかっといった様子でキュアリーはヒールを唱え、本当に死なない程度の治癒を掛けた。
「まぁこれ以上子供達に残酷な現実を知らせる必要はないですね。それに、この程度での回復では碌に動けないでしょうからこれ以上怯えさせることもないでしょう」
そのキュアリーの言葉に、実際には子供たちの怯えた原因の大半はキュアリーのせいじゃないかっと此処にいた者達共通の思いだった事にやはりキュアリーは気が付かなかった。そして、懸命にもそれを指摘する者は誰もいなかったのだった。




