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1-24:捕虜って結構邪魔ですよね?

目の前で行われている戦いを見て、アリアはその凄惨さに恐れを抱いた。

救援に駆けつけたのだろうか、その表情に焦りを浮かべながらも先頭を駆けるユーステリアの騎馬兵は槍を構え優位である運動エネルギーを十全に乗せた重い一撃をキュアリーへと叩き込んだ。

しかし、その攻撃は軽く振られただけの奇怪なメイスによって容易く跳ね返され、それどころか騎乗していた兵士自体も馬上から吹っ飛ばされた。

その後の4人もまるでリプレイを見るかのように次々と馬上から吹き飛ばされていく。

騎馬兵達の雄叫びも、馬上から大地へと叩きつけられる音も、その後の呻き声ですら、すべて甲高い猫の鳴き声に打ち消され、今この場にはミャーミャーニャーニャーとキュアリーが満足そうに振り回すメイスの鳴き声?が響き渡るのみであった。


ミャーミャー


「うん、実戦テスト終了!これはいいものだ」


「ヴォン!」


何か悦にはいってメイスを振り回し、次にはニヤニヤしながらメイスを指で弾いて眺める。そんなキュアリーの姿を、他の面々は怯えを含んだ眼差しで眺めていた。ルルはルルで尻尾をブンブン振ってキュアリーの後ろを付いて回っている。明らかにキュアリーの機嫌が回復したことが嬉しいようだった、なにせ先ほどから追従の返事までしている。

そんな一人と一匹を余所に、他の面々は黙々と倒れている者達を縛り上げ、治療を施している。

そして、倒れている騎馬兵を見て先程のキュアリーへの恐れが更に強くなった。なぜなら倒れ伏す者達の顔や腕、腹などに大きな肉球の痣がクッキリと浮かび上がっていた。


「む、むごい」


誰が呟いたのか、ただ今この場にいる殆どの者達の胸に共通の思いがよぎった。そして、あんなみっともない姿、特に顔にはなりたくないと思ったのだった。

そんな最中、セリーヌが一通りの作業を終えてキュアリーの下へと戻ってきたが、その表情は暗かった。


「セリーヌさん、村の人達ではないのですよね?」


アリアがそう問いかける。セリーヌと同じ村の者達であったなら縛り上げる事を止めるはずが、率先して縛り上げていた事から予想が付いていた為の確認であった。


「はい、村のメンバーではありません。ただ・・・」


「ただ?」


「村のメンバーではありませんが元イグリア国民ではあるみたいです」


「隠れ住んでいたのかしら?」


アリアは、セリーヌの答えからそう推測した。しかし、セリーヌはその言葉を否定し、説明を続けた。

その説明によると、彼らは元イグリア国民ではあるがユーステリア神教の信者でもあった。そして、イグリアの王都陥落時にユーステリアへと味方をした者達でセリーヌにとっては裏切り者でもある。しかしイグリア陥落から数年は敬虔な信者として優遇された彼らに転機が訪れた。世界的なマナの減少、そしてスキルにとって代わるアーツと呼ばれる戦闘技能が生まれ始めた、その時、そのアーツを習得する為に必要な方法が研究され、そしてその習得に必要な犠牲が必要と判断されたからであった。


「ユーステリア軍の装備を身に着けていた者達は教会の司教などの子息達です。そして、先程の戦いはその子息達がアーツを身につける為の戦闘で、彼らはいわゆるその生贄だそうです。」


「それって彼らは以前の魔物と同列?」


「はい、今魔物は探しても中々見つからない。動物もある意味同様です。それに対し、マナが減少し体力の弱ったもの、教会として特にいてもいなくても良い者などを使いアーツを身に着ける方が容易いという事だそうです。更には人減らしも兼ねているそうですが」


「人減らしって、ああ食料問題ね」


セリーヌの話を聞いたアリアが尋ねると、何とも言えない表情でセリーヌは頷いた。


「それにしても、よくそれで反乱が起きないな」


コラルはセリーヌの説明を聞き疑問をぶつける。しかし、キュアリーはそんな物かもしれないっと感じていた。人とは自分に降り掛からない不幸には寛大になれる者なのだと。ましてや、自分にそんな不幸が訪れるなど直前まで想像すらしないのだろうと。


「それもあります。ただ、それ以上にユーステリアに対抗できる組織はもう存在していませんから」


今、この世界においてユーステリア以外に国として成り立っているのはエルフの森のみとなっていた。そしてエルフは基本森から出てこない、この為ユーステリアがこの大陸を制覇したに等しい状況である。ましてや、マナの欠乏によって反乱しようにも戦力どころか戦える者すら激減している、そんな状況では反乱組織が生まれる事すら厳しいのであった。


「で、この人達どうするの?」


話をなんとなく聞いていたキュアリーが尋ねる。しかし、セリーヌもアリアも複雑な表情をするだけで即答できなかった。


「ユーステリアが経験値の為に人狩りをしてるのは解ったけど、わたし達が介入する必要はありませんね」


「ですね、ましてやイグリアを裏切った者達に同情など欠片も湧きません!」

「だな」

「そうですね」


アリアの言葉に一斉に同意をするのはエルフの森の面々だった。セリーヌ達人族メンバーはその言葉を聞きながら更に顔を顰めるが、特に何も発言をしようとはしなかった。


「た、たのむ、俺達はいい、ただ、家族を救ってくれ」


切れ切れの言葉が、それでもはっきりと聞こえた。そして、その先には傷つき縛られている男が必死にこちらへと顔を向けていた。


「まだ妻や、子供達が、殺されようと、してるんだ。俺はどうなっても、頼む、助けてくれ」


必死にこちらへと言葉を紡ぐ姿を見てセリーヌ達人族は激しく動揺した。しかし、人族と長く争ってきたアリア達にその言葉は響くことは無い。


「ふざけないでいただけます?なんで私達が貴方の為に危険を冒さないといけないのでしょう?」


「そうですね、我々は正義の味方という訳ではありません」


アリアとコラルが無表情で男へと告げる。そして、その眼差しを見た男の顔に絶望の色が広がった。


「あ、亜人ども!我々にこのような事をして唯で済むと思っているのか!」


何とも言えない空気が漂う中、甲高い声が響き渡った。そして、全員の視線が声の発信源へと向かう。

そこには元は高級だったのだろうと思われる鎧を身に着けた兵士が、ずれた兜の合間から負けじと視線を飛ばしてくる。


「うわぁ、空気読まない奴がいるわ」


「いや、この場合お約束では?」


ミドリとコラルが思わずそんな感想を述べた。

しかし、一同の視線を受けてもまったく臆することなくその兵士は喚き散らしている。


「くそ!おれの親父はロートレックだぞ!貴様らわかってるのか!」


叫び続ける兵士を無視して今後の話をしていたアリア達は、ロートレックの名前を聞き改めて兵士を見た。


「ふ、今更怯えても遅いぞ、貴様ら後で極刑にしてやる!」


視線の意味を取り違える兵士。そして、アリア達は顔を見合わせた。


「ロートレックって誰?」

「さぁ?」

「聞いたこともないな」


長きに渡って引き籠っていたキュアリーがその名前を知る筈がなく、アリア達エルフにとっても余程有名であればまだしも、一高官と思われる者達の名前を知る筈が無かった。

その様子に慌てたのは兵士の方だった。自分の親がいかに偉いのか、自分に危害を加えればどのような処罰や末路が訪れるのかを必死に説明し始めた。


「う~~ん、あんたさ、それ私達エルフには関係ないよね?だって元々敵対してるし」


「だな、ましてやユーステリアの高官の息子なぞ殺した方がいいんじゃないか?」


「まぁ行政次官補って言われてもどんなけ偉いのかすら想像も出来ない。ふ~ん、へ~それって美味しいの?ってレベルよね」


自分の親の威光がまったく通じる気配のない兵士は、更に何かを言い募ろうとする。しかし、それを鬱陶しく感じたキュアリーの沈黙の魔法によって強制的に黙らされたのだった。


「さて、この連中をどうします?」


キュアリーが疲れた様子を隠すことなくみんなに意見を求める。

すると、エルフ達からは抹殺、他人族からは無言の助命嘆願が行われた。


「う~ん、セリーヌさん達はなにやら不服があるけど言えないって感じだね」


キュアリーはセリーヌへと視線を向ける。しかし、セリーヌはその視線を見返す事が出来ずすぐに下へと逸らしたのだった。


「セリーヌ、あなたこれ以上こちらに負担を強いるつもりですか?」


「・・・・いえ・・・」


アリアの問いかけに辛うじてセリーヌが返答を返す。しかし、その声は決して今の状況に納得をした様子ではなかった。


「はぁ、セリーヌさんはどれだけお人よしなのでしょうか?彼らを無罪放免にすれば絶対に私達を追ってきますよ?それで誰かが死ぬことになるかもしれない、貴方はその時責任がとれるのですか?」


アリアの言葉にセリーヌはただ黙っている。そして、沈黙が続く中、キュアリーが溜息と共に何かを取り出したのだった。


「仕方がないなぁ、これを使うと色々と余波が出そうで怖いんだけど」


そう告げながらキュアリーが取り出したの見るからに神々しく黒く(・・)輝く杖だ。


「あの、その杖がなにか?」


「うん、種族改変の杖っていうの。ただ、どの種族に変わるかはランダムだし、あとそれ以上に周りに余波がね~」


アリアが恐る恐る尋ねると、キュアリーは顔を俯かせて答えた。


「!!!しゅ、種族改変!!!」


アリアだけでなく、周りの者達も一斉に驚きの声を立てる。そのようなアイテムはいまだかつて聞いたことすら無かったのだった。


「うん、ただ一回使用するたびに何かが起きる!前に使用した時はコルトの森の館周辺にドクダミが咲いた!次はGが100匹くらい出た!それで二度と使わないって決めてたの」


「ジー?」


「うん、G!」


「ジーってなんですか?」


「GはGだよ!」


「「「???」」」


一同がキュアリーの言葉に首をかしげる中、キュアリーはアリアへと杖を渡した。そして、50mほど離れた位置から叫んだ。


「使っていいよ~」


「えっと・・・」


そのキュアリーの挙動に、アリアの額から一筋の汗が流れる。そして、アリアはセリーヌへと杖を渡した。


「こ、今回の責任者はセリーヌさんですから」


そう言ってアリアはキュアリーの横へと走っていくのだった。


「え?!」


アリアから渡された杖を両手に持ち、セリーヌは先ほどまでの沈痛な様子もなく、ただ唖然としている。そして、ようやく話の内容が理解できたのか血の気の引いた顔でキュアリーを見た。


「改変~~って叫びながらその杖で頭を叩けばいいよ!」


キュアリーが叫ぶ。そして、さらに数歩後ろへと後ずさった。


「え、え、」


セリーヌが躊躇う間に、セリーヌの周りから一斉にみんなが退避したのだった。セリーヌが周りに助けを求めるが、ほかの面々は視線すら合わせようとしなかった。

そして、ついに何かを諦めたセリーヌが倒れている兵士へと近づいて杖を振りかぶった。


「や、やめろ!し、死刑にしてやる「改変~~」」


目をつむり杖を振り下ろしたセリーヌは、鈍い手ごたえと音を聞き恐る恐る目を開けると自分を中心にして1メートルくらいの円状に広がる花々と、目の前で目を回している一匹の狸が鎧の中にすっぽりと埋まって倒れていたのだった。


「え?え?お花畑?」


キュアリーは人が狸に変わった事より、周りが花畑になった事に驚きを感じた。そして、セリーヌが杖を振るたびに辺りには花が咲き乱れ、狸、狐、兎といった動物たちが増えていった。


「キュアリー様、驚かさないでください。でも獣人でもなくまんま獣になるってある意味怖いですね、思考力とか残っているのでしょうか?」


アリアは手近に倒れている一匹?の兎の耳を抱き上げてみた。


「ほれ、起きろ、ほれ」


兎を持ち上げてアリアが揺すってみると兎はようやく目を覚ます。しかし、その挙動は普通の兎となんら変わる要素はみあたらない。


「これ真面目にやばくないですか?人であった記憶もなく、ただの獣になるって神か悪魔に匹敵する所業ですよ!」


捕えられた者達が可愛らしい動物へと変わる為、躊躇いの無くなったセリーヌが、気軽にポコポコ叩いていたのだがそのアリアの言葉にギクリという擬音が聞こえそうな様子で体を硬直させたのだった。


「なぁ、この獣って死んだらどうなる?」


「さぁ?元の姿に戻る、ですか?」


「どうなのでしょう?でも、姿が戻らないとまずくないですか?」


「うん、最悪お肉になって食べられそう」


コラルの質問に疑問符を交えて唯一の答えを知っていると思われるキュアリーへと視線を投げかけた。

そして、セリーヌは杖を持ったまま石になったかのように顔色を真っ白にして固まっている。


「もちろんそのままだよ?種族が変わっちゃったから。でも、なんで人でなくなったんだろ?前はゴブリンやオーク、大当たりで下位魔族とか吸血鬼だったのに。もっとも昼間だから吸血鬼は灰になって死んじゃったけど、それよりお花畑がすごい!杖の性能が上がったのかな?」


キュアリーは目を輝かせて花畑を見回しながら、セリーヌの元へと近づき杖を受け取った。


「うん、Gなど出ないし、これならあたしでもいける!」


そう言うとまだ縛られ倒れている男達へと歩み寄り杖を振り上げたのだった。


杖の先に倒れている者は気を失っていて幸いだった。意識があり、縛られ転がされていた物は悲劇であった。キュアリーが杖を振り下ろした先では今までセリーヌが振り下ろしていた時には発生しなかった黒い闇が湧き上がりその中心には縛られ転がるゴブリンがいた。しかし、ある意味それは問題ではなかった。黒い闇は一斉に四方に向け乱舞したのだった。


「!!!!!!」


叫ぶこともできず、ただ己に向かって来る闇に気が付いたキュアリーは杖を振り回して前を向いたまま後方へと走る。その杖に当たった黒い闇の構成要素であるGは、巧みに杖を避け、ただ只管に乱舞する。

遂にはキュアリーの瞳に狂気のの色が宿った。


「サンダーレイン!サンダーレイン!サンダーレイン!」


飛び回るG!降り注ぐ稲妻!Gに集られ、稲妻に打たれ、痺れる捕虜!

ある意味地獄絵図が広がっていた。

辺りに何かが焦げる異臭が漂い、そこかしこに煙が立ち込め、焼け焦げた花畑、この中でなぜか死ぬことなく痙攣を繰り返す捕虜、ゴブリン、狸や狐といった動物たち、運悪く近くにいた為同様に地面で倒れ痙攣するセリーヌ、それを少し離れた場所でアリア達は呆然とただ眺めていたのだった。

その真っ只中、周辺を血走った目で睨み付け、生き残りがいないか必死で探すキュアリーを見て、ただ一言アリアが呟いたのだった。


「笑うに笑えない喜劇?」


「いや、それ喜劇になってないから」


疲れたようにサラサが静かに突っ込みを入れた。

ご指摘いただいたセリーヌ→アリアへ訂正いたしました。

ありがとうございます。


遅くなって申し訳ありません・・・

ただ、遅くなっても書き続けます!

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