1-15:精霊花2
広場にて襲撃を受けてから3時間程の時間が過ぎていた。
その間に広場にはエルフ正規兵が30名到着している。その到着に際しては広場のあちらこちらに蹲るルーンウルフ達に驚いた正規兵が、あわや戦闘を仕掛けようとしたなどといった事が発生したが、それもアリアの懸命の努力によって無事終息した。
又、この広場において状況を見据えていた者達は、エルフ正規兵の登場によって急遽身支度を終え、ある者はエルフの街へと向かい、ある者はどこかへと立ち去って行った。
当初、アリア達はその者達の身元確認を行おうとしたが、残念ながら襲撃犯の身柄を拘束し、尋問の体制を整えている間に主だった者達は立ち去った後のようだった。
「アリア様、この者達を街へと連れて行くのは危険だと判断します。この場にて処断する方が危険は無いと思われますがいかがいたしましょうか?」
襲撃者を捕獲している天幕にて尋問を行ったアリアは、差して成果の無い状況に顔を曇らせながらも正規兵の進言を聞いていた。
「しかし、結局なんでこの場所に精霊花があったのか、又なぜ私たちを襲撃したのかも結局何も解っていないのです。このまま処断して良いものなのでしょうか?」
正規兵による苛烈とも言える尋問に際しても襲撃者達は誰一人言葉を発する事はなかった。この為、今回の顛末は未だに何一つ解決をしていない処か糸口さえ掴めていない状況であった。
「しかし、これ以上痛めつけたとして情報を漏らすとは考えられません」
床に転がり呻き声を上げる男達を見ながら兵士が答えた。所々血を流しながらも男達は処断の言葉を聞きながらも未だその瞳の中には不屈の精神が宿っている。そして、この精神を短時間で折り情報を聞き出す事は不可能だと思われた。
アリアは醒めた眼差しでその様子を眺める、しかし、処断する決断はつかなかった。
「圧倒的に情報が足りません。やはり街へと連れて行き専門部署に任せましょう。慣れない事をするものではありませんね」
そう告げるとアリアは街への輸送を支持し、身を翻して天幕から外へと出て行った。
天幕から外へ出たアリアは、今度は精霊花のある天幕へ顔を出す。すると、その天幕の中ではキュアリーが楽しそうに精霊花を一個一個突っついている姿が目に入った。襲撃後バタバタと調整の為走り回り、捕虜の処遇、尋問など休む暇がまったく無かったアリアは、そのキュアリーの緊張感の無い様子に思いっきり脱力した。
「キュアリー様、先程の話を続けたいのですが」
アリアは兵士達が到着するまでの間に襲撃の理由、この精霊花の意味などをキュアリーと話していた。
そして、今回襲撃してきた男達からまったく追加情報を得る事が出来なかった為キュアリーへと再度判断を仰ぐ事とした。
「ん?話って精霊花の事?」
「はい、危険が予想される為安全を考慮して処分・・・・」
アリアはこの精霊花が咲き精霊が誕生する事に対し危機感を感じていた。もちろんエルフである事からも精霊との親和性、信愛性を多分に持っているのだ、その判断は想像するだけでも辛い。しかし、そのアリアであってもこの精霊花から何が生まれるか解らない状況ではあえて処分をした方が良いとの判断をしていた。たとえ、それによって自分と精霊との親和性が落ちようとも仕方がないと割り切ってもいる。
そんなエリアがその事を口に出した瞬間、キュアリーの鋭い視線によってその言葉を中断せざる得なくなった。
アリアは言葉の途中から口をパクパクと開閉するが、そこから言葉が出てこない。それはキュアリーから感じる怒気を感じて言葉を紡ぐことが出来なくなったのだった。
「この子達は何処にも問題は無いわ。それなのになぜ殺そうとするの?」
キュアリーの問いかけに対しアリアは自分の考えを述べようとするが、やはり言葉を紡ぐことができない。
「精霊花の世話は私がします。だからアリアさんは他の事をお願いしますね」
そう言うとキュアリーはアリアから視線を逸らした。
視線を外れたことで緊張の糸が切れたアリアは、大きな溜息を吐いた。そして、キュアリーを見た後俯きかげんに天幕を出る。
「どうすれば良いのだろう」
キュアリーはアリアにとってある意味神に等しい。しかし、それであっても神ではない事は解っている。そして、もしキュアリーが間違っていた場合このエルフの森にどのような被害が出るのか想像もつかない。
精霊花、その存在を詳しく知らないアリアにとって何が最善なのか判断が付かない。それ故にどうすれば危険が少ないか、それしか判断が出来ないのだった。しかし、その自分の考えを真っ向からキュアリーに否定された、その否定に根拠があれば安心出来るのだがその根拠を信じる事が出来ない。アリアの苦悩は続く。
アリアが悩むその視線の先ではエルフの正規兵達が襲撃して来た男達をエルフの街へと連行して行く所だった。どの男達も連行されながらも精霊花のある天幕をじっと見詰めながら連行されていく。その表情には一切の感情が現れることは無い。
「早く進め!」
兵士達に小突かれながら進んでいく男達は、天幕から視線を外すと激しい憎しみの視線を兵士へと向ける。
しかし、彼らは決して罵倒する事も、反抗的な態度に出る事もない。ただ、憎しみの視線を向けるだけであった。その様子にアリアは更に不安を募らせていく、彼らはなぜ逆らわないのか、彼らにとっては計画通りなのではないか、願ってもない状況になっているのではないか、そんな思いが頭の中で段々と膨らんでいく。
「本当に大丈夫なんでしょうか・・・、危険はないのでしょうか・・・」
答えの出ない思いを胸にアリアはただ連行される男達を眺めていた。
そんなアリアとは別に、天幕の裏ではキュアリーから数日この場所に留まると聞いたセリーヌ達がせっせと宿泊準備を行っていた。
「コラルさん、こんな感じで良いでしょうか?」
セリーヌが、馬車の横で簡易の窯を作りそこでお湯を沸かしている。
そして、その窯も傍らでは子供達も一緒に食材を切ったり剥いたりしていた。
「そうだな、だいたいそんな感じで良い」
「お芋切れた~」「切れた~」
子供達は楽しそうに野菜をカットてコラルの元へと野菜を持って行った。
獣人であるコラルは、エルフ程に人族に対し憎悪などといった負の感情を持っていない。逆に良い感情も持ってはいないのだが子供に対しての眼差しはとても柔らかかった。そして、初めはコラルに対し怯えていた子供達も次第に懐き始めていた。
「コラル、ご飯はまだできないの?」
「手伝いもしない奴が文句を言うな」
「こっちは兵士達と色々調整してたんだ、遊んでたわけじゃない」
口を尖らせながら文句を言うサラサにコラルは苦笑を浮かべながら料理の完成までもうしばらく時間が掛かる旨を伝えた。実際サラサ自身料理が出来ない事を自覚していた為、特に料理を手伝おうとはせずふらふらと天幕周辺を更に歩き始めた。そして、深刻に悩むアリアの姿が目に入った。
「アリア様どうされました?何かお悩みのようですが?」
考え込んでいたアリアは、サラサの声で顔を上げる。そして、しばらく悩んだ後に思い切ってサラサへと相談をした。一通りアリアの心配事を聞いたサラサは特に悩む事無く自分の考えを述べた。
「そんなに心配なのでしたら焼いてしまえば良いのです。メリットとデメリットを考えてもその方が良いと思います」
「でも、キュアリー様が・・・」
アリアのその様子にサラサは苛立ちを感じた。
任務の説明においてキュアリーの事はエルフにとって重要な人物と紹介されてはいた。そして、その容姿からハイエルフなのではないかとの推測は得ていた。しかし、だからと言ってキュアリーが自分たちエルフにとってなぜ重要なのか考えても理解できない。ましてや言動を見る限りかなり自己中心的な、独善的な行動が多々見受けられる。ルーンウルフを従えている事からも強いのだろうとは予測はできるが、だから何?っという気持ちが何処かにあった。ましてやエルフを代表する元老院をいくらハイエルフだからといって蔑ろにして良いとは思わない。この為、アリアの相談に対しいささか直情的な発想に偏った気配はあった。
「いくらハイエルフとはいえ、このエルフの森全体を危険に晒す可能性があるならばこちらの指示に従って貰うべきです。アリア様はエルフの代表なのですから」
「でも、この森は本来キュアリー様の森なのよ?」
「え?!」
突然のアリアの発言にサラサは混乱した。
この森が個人の森?何を馬鹿な事を!え?どういう事?この森ってエルフの森?アリア様は何を言ってるの?
今まで特に疑問に思った事すらない事だった為、サラサはアリアの話す意味を理解できなかった。
そして、アリアもその様子を見て理解できていない事が解った。
「サラサ、元々エルフの森はもっとイグリアに近い場所にあった事は知ってますね。そして、その森が戦争によって消滅してしまった事も」
アリアの話にサラサは理解を示す。そして、その後アリアは今の場所にエルフの森が出来た経緯を説明した。
全ての説明を聞き終わった時、サラサは絶句してただ立ち尽くしていた。
「ですから、私達は決してキュアリー様を蔑ろにしてはならないのです。もし、あの方がいなければエルフは自分達の帰る場所を失っていたのですから。そして、今なお聖域として立入を禁止している区画こそコルトの森を司る塔がある場所です。そして、キュアリー様の住まわれる場所でもあります」
「そ、それでは危険かもしれないと解っていながら放置されるのでしょうか?」
先程とは打って変わって力なく呟くような声でサラサはアリアに対し尋ねた。そして、アリアもまた解決されていない問題に再度直面している。そして、2人が揃って見つめる視線の先にはキュアリーと精霊花がある天幕が見えた。
そして、その天幕の中ではアリア達に気づかれる事無く第二幕が幕開けをしていた。
アリアが立ち去った後、キュアリーは不思議そうに天幕の奥を見詰めた。そして、その何もない空間に向かって声を掛ける。
「そのような所に潜みながら襲撃でもかけるつもり?先程の襲撃もそうですが余りに自分の能力に対し自信を持ちすぎですね。はっきり言って滑稽ですよ?」
キュアリーがそんな言葉を投げても視界の先では何も変化は現れない。そして、その状況に大きな変化が現れたのは流れるような仕草でキュアリーが何かを天幕の奥へと投げつけた時に起きた。
先程まで何もないと思われた空間が歪み、その中から突然一人の黒装束を身に着けた者が浮かび上がってきた。
「ふむ、少々自分の技に驕っていたようですね。貴方の言葉が今になって胸にザクザクと突き刺さります」
表情は黒の頭巾によって隠され見る事は出来ないが、声を聞く限りはまだ年若い女性の様に聞こえる。ただ、それすらも擬態である可能性は否定できないが。
「そうですね、思いっきり未熟です。ましてやこちらが教えてあげているのに必死で縮こまって隠れている姿は滑稽を通り越して憐みを感じそうな程です」
キュアリーの容赦のない言葉に、その黒装束は相手を焼き殺しそうな程にするどい視線をキュアリーへと送った。
「調子に乗るんじゃないよエルフ風情が」
吐き捨てるように言葉を続け殺気をキュアリーへと叩きつけてくる。キュアリーの足元に蹲っていたルルが顔を上げ黒装束へと視線を向け静かに唸り声を立て始めた。
「ルル、大丈夫」
キュアリーはルルの頭を優しく撫でながら、苛ついた様子で視線を黒装束へと向けた。
「いい加減茶番はやめにしませんか?」
キュアリーのその言葉で今まで感じられていた殺気が無くなる。
「ふふふ、流石はコルトの森の魔女ですね。まさに歳の・・・・」
黒装束が歳の話をしようとした途端、先程の殺気が可愛く思えるような、まさに死を覚悟するしかない程の殺気に黒装束は言葉を続ける事無く全身に一気に冷や汗を溢れさせる。すぐに殺気は消されたのだが、黒装束はそのままその場に座り込みそうな程に体力を消耗してしまっていた。
「教えといてあげる、女に無闇に歳の話をするものじゃないわよ?・・・死ぬよ?」
黒装束はその言葉に必死に首を縦に振った。
「それで?貴方は何をしに来たの?いい加減話が進まなくてイライラしてるんだけど」
「あ、その、精霊花を引き上げに来た。この花は俺達が大事に育てているものだ、返してもらいたい」
「ふ~ん、で、本音は?」
「本音も何も、それ以上でもそれ以外でもない!ましてやこの花は俺達が集めた物、そしてここはエルフの森の入り口であったとしてもエルフの森ではない!違うか?」
キュアリーは男の言葉にしばし考え込んだ。そして、その男の言葉によってだいたいの経緯が見えてきていた。
「花を他の土地で咲かせても意味ないですが?その土地で育った花でなければ精霊は居つく事はない」
「そんな事はすでに理解している。今その鉢にある土は俺たちの町の土だ。精霊がいなくなった理由までは解らないが、このままただ待っていても精霊が戻ってくる可能性は低い。それならばまず精霊を連れてくればいい」
黒装束はそう告げる。そして、キュアリーはその話をじっと聞き吟味していた。
「ニワトリが先か、卵が先かの議論になりそうですね。ただはっきり言えるのは精霊が居なくなった原因を取り除かないとせっかく生まれた精霊がまた居なくなるだけですね」
「・・・あんたなら原因はわかるか?」
キュアリーの言葉を聞いていた男は、唐突に尋ねる。しかし、キュアリーはその言葉に対し何ら返事をしなかった。
「何人かの精霊術士にも調べてもらった。しかし、日に日に街から精霊が消えていく。そう聞かされても精霊を見ることの出来ない俺たちには実感なんざ湧かない。ただ、作物の成長が、実りがどんどんと悪くなっていく。動物たちもいなくなる。実り豊かな森にいるあんた達にその恐怖がわかるか?精霊術士達に聞いても原因が解らない。精霊の姿は見える、微かな声を聞こえるという奴もいる。それでも原因は解らない。街の奴らはは最後には精霊術士すら信じられなくなっちまったよ」
そう言って笑う黒装束を見て、キュアリーはこの男自体が精霊術士の一人なんだと確信した。しかし、今この天幕内を飛び回っている精霊達は決してこの黒装束に近寄ろうとしていない事にも気が付いていた。
「禁呪」
「!」
キュアリーがつい漏らしたその言葉に、黒装束は明らかに動揺した。
すごく時間が空いてしまいました。4月から生活が若干変化してしまい、中々文章を書く余裕が作れない状況が続いています。
この一話だけで数行ずつ切れ切れで書いているので文章に不安も・・・
ただ、ゆっくりでも書き続けていこうと思います。




