1-10:ハイエルフ
キュアリーが見たところアルト達は強引に宿へと入ろうとしている様子はなかった。
そして、ルルも起き上がっているが兵士達を警戒している様子は無い。キュアリーが兵士達の様子を見ていると、人垣の中で目立つ男がいる事に気が付いた。
「あれって元老院ですよね、何が起きてるんですか?さっきは何か大量の怪我人が出ていたようですが?」
「なんかよ、あの宿に誰か偉いさんが来てるらしいんだ」
「え?でも元老より偉い人っているんですか?」
そんな風に片っ端から人垣にいる者に聞いて回っている。キュアリーはただの好奇心にしては少々度が過ぎると感じた。その為、キュアリーはじりじりと気が付かれないように男の傍へと近づいて行った。
「ふむ、元老院の連中が雁首揃えて出迎えるか、今この街に来れるような有名人は誰がいたか?」
ぶつぶつと呟く声が聞こえる。そして、その男はキュアリーの視線を感じたのか突然顔を上げキュアリーを見た。そして、その視線はあきらかにこちらを探るような鋭い視線だった。しかし、一瞬の後には鋭さを隠し、視線を逸らし、人混みの中へと消えていった。
キュアリーは男が視界から消える瞬間、またもや鋭い視線をこちらへと送ったことに気が付いた。そして、その視線が明らかに先ほどとは違い殺気を含んでいることに気が付いた。
「エネミーサーチ」
久しく忘れていた派手ではない、爽快感など全くない、ただ只管血生臭い暗く闇に包まれた戦いの気配を感じた。そして、サーチした画面には一旦離れた赤いマークが、静かに、ただ静かに自分の背後へと回り込もうとしているのが映っていた。
「すごいな、気配も殺気も押さえ込んでいる。サーチしなかったら余程でないと気が付かなかったかも」
キュアリーはそんな事を呟きながら、今まさに背後から忍び寄る敵に対しての対応を考えた。
「まずは情報よね」
そう呟くとほぼ同時に背後の殺気が一気に膨らんだ。そして、突きつけられる黒に染められた刃がキュアリーへと触れようかとした瞬間、キュアリーはわずかに体を開いた。そして、その為に目の前に突き出される手を逆に捻り、そのまま体に巻き込むようにして投げ飛ばした。そして、本来は掴んだままの手首をそのまま離した為、男はそのまま吹っ飛んで行った。
「うん、教わった事って意外に体で覚えてるものね」
そんな事を呟くキュアリーを余所に、暗殺者の男は投げ飛ばされた勢いのまま広場の中央に叩きつけられた。
「何者だ!」
アルトと、そして数名のエルフ達はすでに身構えていた。先ほど膨れ上がった殺気に確かに反応をしていた。そして、その為に広場の中央、自分達の目の前に叩きつけられた男に警戒した。
「ぐぅ・・・」
目の前にいる男は叩きつけられた衝撃からか上手く呼吸が出来ていない。その為、必死に口を開いて酸素を吸いこもうとしている。その様子を見ながらも数名の兵士が男を捕えようと慎重に前に進み出た。
「あ、気をつけないと死ぬよ?そろそろダメージも回復するはずだから、あと持ってるナイフは恐らく毒が塗ってあるよ」
男が飛んできた方向からそんな声が聞こえた。そして、一同が視線を向けると片手に大きな買い物袋を抱えたキュアリーがいた。
「おば「アルトは黙ってようね~」え?」
アルトが口を開きかけた瞬間、キュアリーが言葉を被せた。そして、男に向かって歩き出した。
「ねぇ?今エルフってどこかと敵対してるの?この人どっかの諜報員か暗殺者みたいなんだけど」
その言葉を受けアルトや兵士達に緊張が走った。そして、男はまるでダメージがまったく無いかのように飛び起き、門の方へと走り出そうとした。
ドギャシャ!
しかし、その瞬間男は後頭部に強い衝撃を受け渾沌した。
「むぅ、もったいないなぁ」
キュアリーがそう呟き眺める視線の先には衝撃でつぶれたリンゴが転がっていた。
「おば「学習しろ!」へ?」
アルトがキュアリーへと声を掛けようとした時、またもやキュアリーが声を被せた。そして、アルトを睨み付ける。アルトはその視線に射すくめられて硬直した。
「あ、アリアさん、その男はお願いね、結構強いから油断したら犠牲が出てもおかしくないから注意してね」
キュアリーは広場にいたアリアへとそう声を掛けると、硬直したアルトも、訳がわからず困惑している他の面々も無視してスタスタと宿の方へと歩いて行った。アリアは急いでその場にいる兵士に暗殺者を捕えるよう指示を出すとキュアリーの方へと振り返った。
「え?キュアリーさん、ちょっとまってください」
アリアが慌ててキュアリーを追いかけた。キュアリーはアリアの呼びかけに立ち止まって振り返る。
「ん~~~、ここで話すのは嫌だから宿に入ってからでいい?」
「は、はい!」
キュアリーが宿の入口へと来ると、ルルが嬉しそうに尻尾を振りながら出迎えた。キュアリーはその頭をワシャワシャと撫で扉を開けて中へと入って行く。ルルはチラリとアリアを眺めた後、キュアリーに続いて宿の中へと入って行くが、アリアはルルにチラ見されて顔中に汗を噴出していた。
「アリアさんどうしたの?」
「は、はい!今行きます!」
キュアリーに声を掛けられ慌てたようにアリアは宿の中へと入って行った。そして、その様子を見たアルトと、その他の元老達も慌てたように宿へと走り出した。そして、宿の中へと急いで入って行った。
「あら?」
ロビーにあるテーブルに座ろうとしていたキュアリーは、アリア以外の者も宿に入って来たため椅子に座るのを辞め、宿の主人へと声を掛ける。
「すいません、なんかいっぱい入ってきたので何処か全員で話せる会議室か、食堂とかありますか?」
「あ、ああ、そうだな奥に大きめの部屋はあるが・・・」
「じゃぁそこ借りますね、費用は元老院へ請求してください」
キュアリーは心配そうにこちらを見ているセリーヌに手を振り、宿の主人にそう告げると、さっさと奥へと歩き出した。そして、他の者達もぞろぞろとその後に続く。
4つの机と16個の椅子が置かれた部屋に入り、キュアリーは適当に奥の方の席に座った。
そして、他の面々に対しても座るように促した。しかし、椅子の数が足りない為誰がどの席へ座るかで何か言い合っている。早々にキュアリーの傍に座ったアルトとアリアを見て、他の者も我先にと椅子に座り始めた。そして、椅子が足りないにも関わらずキュアリーと同じテーブルの椅子が最後まで残った。
まだ5人立っているがそれに構わずキュアリーが話し始めた。
「それで、わざわざ宿まで押しかけて何か用?」
「叔母上、先ほどは思わず感情的になり申し訳ありませんでした」
アルトはそう話を切り出し頭を下げる。そして、それに合わせて他の面々も頭を下げた。
「何に対して謝ってるのかな?あれは貴方たちの意見、別に貴方たちがどう思おうとあたしには関係はない。だから謝罪なんかいらない」
キュアリーのその言葉に、アルトは唇を噛みしめた。そして、必死に何かを考えているようだった。
言葉の続かないアルトに代わり、アリアが話を始めた。
「キュアリー様、あのような行いをした事一同深く反省しております。何卒お怒りを鎮めていただいて話を聞いていただけませんでしょうか?」
「アリアさん、あたしは別に怒ってなんかいないよ?さっきのは単純にエルフがあたしの敵に回るのかどうかを確認しただけ、それ以上でもそれ以下でもない。それに、あたしは別に貴方たちに会う為にこの街に来たわけではないから」
アルト達はまさかキュアリーが塩を買う為だけにこの街へと訪れたとは思っていなかった。
この為、キュアリーがなぜ突然に街へと現れたのかに対しても疑心暗鬼になっていた。なぜなら、キュアリーであれば労する事なくこの国を支配する事も可能だと思ったからだ。
「それでは何の為にこの街に」
元老の一人がキュアリーに尋ねる。
「初めはコルトの街に行こうとしたんだけどね、でもその街が無くなってこんなに大きな街があって吃驚したわ。あと結界を出たのは塩が欲しかったの。貯めてたのが切れちゃったのよね」
キュアリーが素直に答えるが、元老の誰もが意味を理解できていなかった。
「シオってなんだ?」
「何かの略称か?」
「何かそんなアイテムあったか?」
そんな囁きが聞こえる中、アリアが質問をする。
「あの、塩ってもしかして料理に使うお塩ですか?」
「うん、それ、料理に使うお塩」
その回答に質問したアリアですら唖然としました。まさか、今回の騒動が塩によって起きたとは思っていなかったのだった。
「ま、まさか塩ごときで、あ、貴方はエルフの現状をどう思っているんですか!」
キュアリーの回答に又もやアルトが怒鳴った。しかし、キュアリーはその様子を見て溜息をついた。そして、その仕草が更にアルトの怒りに油を注ぐ。
アルトが、更に怒りをぶつけようとした時、キュアリーが静かに話し始めた。
「アルト、何度もいう様だけど貴方は勘違いしている。あたしは、別にエルフの味方なんかじゃないよ?今の所敵でもないけどね」
そう言うとキュアリーは周りにいるエルフ達を見回した。アルトは顔を真っ赤にして何か言葉を紡ごうとしているが、キュアリーは更に言葉を紡いだ。
「あたしの仲の良かった人にはエルフも人族も、もちろん獣人やドワーフ、魔族にだっていたよ?昔は種族なんて垣根なんかなかったから仲の良い者達でギルドを作ったの。あたしは加盟してなかったけどイグリアのラビットラブリーやクマッタ騎士団が有名よね。あと推定淑女はアルルさんが作ったギルドだよ?知ってた?」
キュアリーが語る話に、いつしかアルトも黙って耳を傾けている。そして、それは他の元老達も一緒だった。
「ギルドはね、種族なんか気にしないの。だけどね、いつしか国家にみんなが縛られ始めたんだよね。特にイグリアでは遙さんが国王になって、その時魔族の侵攻があってね、圧倒的に転移者が少なくってみんなで協力して戦った。だからイグリアが今はもう滅んでたって聞いてびっくりしたなぁ」
そんな事を滔々と語るキュアリーの雰囲気が突然一変した。それは一緒にいる者達が威圧されるほどの気迫が込められていた。
「ねぇ、なんであたしがエルフだけに味方しないといけないの?人族にだって、ドワーフにだって、魔族にだって友達がいるんだよ?もしかしたらもうみんな死んじゃってるかもしれない、でもさ、その子孫が貴方のように残ってるかもしれないんだよ?なのになんでエルフだけに味方をしないといけないのかな?」
キュアリーの言葉に、アルトは必死に言葉を発した。
「あ、貴方はエルフじゃないか!」
その言葉にキュアリーは見る者を不安にさせる何とも言えない微笑を浮かべる。
「ごめんね、あたしエルフをもう大分前に辞めたんだ。ほら髪が銀色でしょ?これハイエルフって種族なんだよ?」
「ハ、ハイエルフはエルフにおける王族じゃないか!」
更に叫ぶアルトに対し、キュアリーは出来の悪い生徒に対するような表情を浮かべた。
「誰がそんな嘘を言ったのかな?エルフとハイエルフではまったく違う種族だよ?エルフの王族はあくまでもエルフであって、ハイエルフはそうだなぁどちらかといえば精霊みたいなものかな?」
キュアリーがそう告げた瞬間、キュアリーの周りを色とりどりの光が飛び交った。そして、キュアリーはその様子を優しく眺めた。
「エルフも、人族も、魔族だってみんな括りでいけば人なんだよね、でもね、ハイエルフは違う、その証拠にね、あたしは歳を取らない。子孫も残せない。でぇ、こんな存在が人だなんて言える?」
アルト達に走るのは今や未知の存在への畏怖でしかなかった。キュアリーの周りを飛び回る光が精霊だという事はエルフである彼らには理解できた。しかし、その光が描き出す絵の中に存在する一人のハイエルフと呼ばれる存在は、その神々しさ以上に理解できない存在への畏怖しか呼び起さなかった。
「さぁ、解ったら帰りなさい。あたしはどの種族の味方もしない。ただ、気まぐれに慈悲を施し、思うがままに制裁を行う。ただそんな存在だよ。善悪は関係ないの、あたしが感じるままに、ただそれだけ」
そう告げるキュアリーの前から、一人、また一人とエルフ達が逃げるように立ち去った。そして、キュアリーの前に残るのはアルトとアリア、そしてファリスの三人だけだった。
キュアリーは意外そうな面持ちでファリスへと視線を向けた。先ほどまでの行いを見る限り直情傾向の強いこのエルフがこの場に残るとはとても思えなかったのだ。そして、そんなキュアリーの視線を受けながらファリスが必死な形相で言葉を紡ぎだした。
「あ、貴方は、貴方は神だとでも言うのか!ならば、なぜこの世界に平和をもたらさない!」
目にいっぱいの涙を溜め、真っ青な顔で、手足も震えた状態で、それでも必死に噛みついていく。それが自分では決して敵うはずのない相手だとしても。その姿にキュアリーは優しげな微笑を浮かべた。
「人はね、たぶん平和なんて誰も望んでないんだよ」
そう言うと、キュアリーは席を立ち宿の階段へと向かっていった。そして、その手にはすっかりと冷めた屋台の食べ物や飲み物があった。
ハイエルフってなんなのでしょうね?
エルフの王族ってそしたらエルフが王族にはなれないのでしょうか?
なんかそんな事を前から思ってたんです。でも、ハイエルフについて詳しく調べた事はありません!(ぇ
なので、思いつくままに設定をしていってますw




