06 花街に、舞うは蝶
闇に浮かぶは、人工の灯り。
朧気に、ぼやかして。
真空になった透明な管の中で、怠け者の蛍たちが、鋼の糸を食らって、その尾を、色彩々(いろとりどり)に光らせている。あるものは朱に。あるものは翠に。またあるものは金に銀に。
花街、というのは、何故だろう、どこの惑星にでもひとつは存在する。
敷き詰められたいくつもの蛍石たちは、カツコツと靴音を響かせる。
行き交う人びとが、急ぐのはどこか。
急ぐ人びとが、来て帰るのは、何処か。
***
「気になるのか?」
鈴のような声にそう問われて、少年は、ハッと我に返る。
時間が経つのを忘れていた。
「はい。」
隠す理由もない。そもそも、生まれてこの方、誤魔化すことも、隠すことも、考えたこともない。
視線の先には、黒髪を禿に切り揃えた少女が一人。
下駄を履いた足元は頼りなく、緋色の綺麗な鞠を胸元に抱いたまま、日が傾いてゆくのを気にもせず、往来を行きすがる人びとを、一心に見詰めている。
すがるように、祈るように。
願うように、懐かしむように。
「…ふぅん」
さして興味もなさそうにそれを一瞥した青年は、すたすたと、そちらへ近づいてゆく。
「あっ!! し、師伯…」
亜麻色の髪と栗色の瞳の少年は、慌てて追いかける。
「何を探している?」
「…え、っ?」
唐突に声をかけられた黒い瞳の少女は、どこか怯えた眼差しで、ふたりを交互に見上げた。
「…あっ、お、おとうさん…」
「父か?」
「う、うん。おとうさんをね、ずっと待ってるんだ。ここに、あたしを迎えに来てくれるって…、約束したから」
にこりと、黒髪の少女は頬笑む。
髪がゆらりと揺れてーー、夕陽の朱が、その黒の上で優雅に踊る。
少年は、一瞬、それに見とれーー。
「い"たっ! 師伯! なんで蹴るんですか!? 僕に何の恨みがあるんですかっ!?」
「知らん。ムカついた」
「ムカつくってなんですかムカつくって! なんで蹴るんですか!?」
うるさい、とばかりに耳を塞ぐ『師伯』。
そんなやりとりを見て、少女は、くすりと忍び笑う。
「お兄ちゃんたちはーー、『買い物』に、来たの?」
「ただの散歩だ」
愛想無く、銀の髪の青年が答える。
「買い物ですっ!」
元気良く答える少年ーーを、半眼で眺める『師伯』。
置いて帰る気、満々である。
その浮かべる表情は、かすかに、悟ったような笑みに変わっていた。
「師伯っ!? 何か言って下さい師伯!」
はぁ、と息をつき、青年のほうが告げた。
「ここで待っていても、お前の待っているモノは来ない」
「どこで待っていたら会えますか?」
「ーー」
少女の問い。
「知らない」
「ちょっ…」
踵を返す青年を、少年が慌てて追う。
「あ、あの子の望みは…!」
「ひとは、ゆらぐもの。ゆえに永遠は無い。動的平衡であるがゆえに、絶えず『供給』されなければ、尽きて朽ちる」
「だ、だって…、あの子は、毎日、ああやって、待ってーー!」
「何を?」
さも不思議そうに。『錬金術師』が訊ねる。物質しか信じない、狂信者が問う。
「…な、何を、って…」
少年は言葉に詰まる。
永遠に来ないかもしれないもの。
神を? 終末を? 救いを? 来世を? 楽園を?
「な、何をって。だってそれは…」
待つことは。彼女にとっては。『信じること』。
力を与えられ、生きるべき対象。
「…だ、だって。あの子は…、ああして、待って…、だから」
青年の黒い瞳が、次の句を待っているーーいや、待ってすらいない? "彼"は、自分自身にすら興味がない。
「…会わせて、あげたいって…、」
少年の口の中で、もにょもにょと言葉が小さくなっていく。
「?」
ふと、少年は顔を上げる。
珍しく、師は、微笑んでいて。
ーーゆえにひどく、不可解だった。
普段は無表情な青年が、くすりと笑う。
「ばぁか。お前が声かけてみりゃいいだろ。ーー俺は帰る。興味無いし」
少年は、目をまたたいた。
「無いんですか?」
「ーーどーいう意味だ。埋めていい?」
「よくないです」
真顔で答える『弟子』に、『師』は、そっけなく背を向けた。
少年は、慌てて訊ねる。
「あ、あの。帰りの船賃はーー」
「自分で稼げば?」
瞬く間すらなく。
青年の姿が掻き消える。
「ちょ、ちょっとぉおおお!? 師伯!? 僕を置いて逃げましたね!? ここ、怖いオニーさんとかいっぱい…」
誰かが。大きな武骨な手が。少年の肩を叩く。
「おぅ、ボウズ。うちにはいい子が揃うとるでぇ」
「ほんとですかっ!?」
禿の人待ち少女が、緋色の鞠を抱いたまま、見るともなしに彼を横目で見てーー
小さく、笑った。
夕陽は大地に溶けて。夜は今日も、生まれ来る。
なんども、何度も、ーー生まれ来る。
Thanks for your Read !
まずは、こちらの作品を音声化してくださった、せにょりーたさん(誰ぇええ!?)に、すぺしゃるな感謝を。
そして、お声を下さった全ての方に感謝を。
そしてそしてっ!
感想を下さった『硝』のつく貴方様や、『咲』のつく貴方様や、『ち』のつく貴方様や、『あ』のつく貴方様に、特大の感謝をっ!!
ーーこちらの作品は、とっても自己満足的なもので、土に埋める予定だったのですが…。有り難いお言葉をいただいたり、音にしていただいたりで。
もう。感無量です。
お恥ずかしながら、稀に、こそっと更新されてゆくかもしれません。(≧▽≦)
もう、嬉しすぎて、バックスピンしながらコサックダンスを踊りつつバンジージャンプを決めたあの日を、僕は忘れない…っ!