アメワタリのヒナ / ”よく生きた”
■ アメワタリのヒナ
涼しげに硝子の器が並んでいた。
あおに、みどりに、あかに、しろに。
様々に色づけされたそれらは、澄まして行儀良く、客の来訪を待っていた。
ーーいつものように。
外は晴れており、薄青い空がどこまでもどこまでも伸びていて、その中にひとすじ、
白い雲が帯のように伸びていた。
雨の季節の晴れ間ーー。
明日にはまた雨が降るだろうし、昨日もまた雨だった。
だから、--やむを得なかったのかもしれない。
市場がこんなにも混み合っていたのは。
屋根のある市場通りの外れの硝子細工の店のーー軒下でそれは、ぴぃぴぃと啼いて、食餌をねだっていた。
兄弟姉妹が押し合い圧し合いーーそして、一羽が街路に落ちた。
ーー雑踏の中では誰も、気づかない。
何人もの足が、靴が、靴底が、ヒナの上を通り過ぎていった。
かえりみることもなく、気に留めることもなく。
ただ、通り過ぎていった。
そのヒナの身体がふわりと、浮く。
伸びるものは血管であり、骨である。
それにまとうものは筋肉であり、皮膚ーーそして羽毛。
ヒナは黄色いくちばしを開けーーしかし、もう啼きはしなかった。
「……、?」
『彼』はそれを拾い、その手のひらに載せる。
我ながらよく出来た、と思う。しかしそれはーー啼かない。
黒い瞳は何も見ていないし、内臓が蠕動し食餌を求めることもない。
羽ばたくこともなければ、足掻くこともなかった。
ーーずいぶん長いこと、『それ』を見ていたのだろうか。
気づけば、後ろから聞きなれた足音がした。
忍び足、というのだろうか。本人が意識しているのかは定かではないが、普段からそんな歩き方なのだ。
「しは、く?」
疑問形だったのは、師の手の中のそれをいぶかしんだからなのだろう。
弟子、こと少年の翠の瞳はそれを捉えーー。不思議そうに首をかしげた。
「どうしたんですか? それ」
「なおらないんだ」
間の抜けた表現だなとは思う。が、他に適切な言い方もあっただろうか?
「なお、らない…。」
剥製のように動かないそのヒナを、ローマンは受け取った。
体温はすでになく、心臓も動いていないだろう。
いたたまれない気持ちになる。
「アメワタリ(雨渡り)のヒナですね。巣から落ちたんでしょう」
「ああ」
同情心の厚い人間というものは、墓でもつくる、と言い出しかねない。
銀髪の術師がひょい、と手を返すと、それは水蒸気のように青空に溶けていった。
まるで、はじめからそこには何もなかったみたいに。
***
■ ”よく生きた”
花びらが空に舞う。
ーーよく生きた。よく生きた。生き切った。
だから盛大に祝おう。だから喜ぼう。
「師伯ーー、これは?」
さすがに面食らって『弟子』(という名の居候)が訪ねる。
師ーーと呼ばれた白い長衣の青年が応じる。
「『死者の日』--先祖がこの世に帰ってくる日なんだと。
一緒に食事をしたり、踊ったりするらしい」
パレードだ。
骸骨は黄色の、赤の、橙色の花々で鮮やかに彩られ、
太鼓が、笛が、打ち鳴らされ、吹き鳴らされる。
同じく花で装い、顔に塗料を塗った住人たちが、
踊り、歌う。
普段は食べないような肉料理ーー首を落とされた鶏の丸焼きだとか、
そのまま棒に刺したまるまると太った子豚だとかーーが、
次々に焼き上げられては、陽気に笑いながら切り分けられ、
あるいはそのままかぶりつく。
太陽の日差しをそのまま実らせたような果物が絞られ、あるいは
山のように積み上げられ、通り過ぎる人たちは好き好きにそれを手に取り、口に運ぶ。
鮮やかに笑い、食べ、歌う。語らい、踊り、手を叩き合う。
弟子ーーローマンが、ぎゅっとローブの端を握っていた。
「嫌いか? こういうのは」
「あーー、そういうわけじゃないんです。ただ、なんだか怖くてーー」
見れば、踊る人々は、黒い衣装に、髑髏を白く染めているし、
たぶんあそこにある骸骨は本物の骨だしーー。
ふはっ、と吹き出し、錬金術師ーーシルフィドは弟子の頭に触れた。
「お前にも苦手なものがあるとはな」
「だ、だから、そういうんじゃないですってば!!」
***




