表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
ー空(から)の器(うつわ)ー
56/57

”フコーだと思ってる?”

”フコーだと思ってる?”



身寄りのない少女ーー周囲からは『リア』という名で呼ばれているーーが、椅子に腰掛けて、温められたミルクのカップを両手で包んでいる。

顔にはさきほどから湯気がかかり、それを吹き飛ばすべく、彼女は先ほどから何度も、ミルクの液面を吹いていた。

ーーあつくてのめない。

無造作に切られた髪は、頭の上のほうで、一部分だけをふたつに分けて、結ばれている。

黄色い野の花を挿してあるのは、彼女なりの『おしゃれ』なのだろう。


「…しるふぃどは、わたしのこと、『フコー』だと思ってる?」

何の因果か、少女はこの不可思議なあばら家が気に入ったらしく、度々たずねてくる。

ーー友だちにはナイショの秘密基地。自分だけの秘密の場所ーー彼女にとってそういった位置づけなのだろうか。


今はミルクの他にスポンジにクリームだけが塗られたシンプルすぎるケーキにも取り組んでいて、力いっぱい握りしめられた木製のフォークには、切り分けられた一片が、串刺しにされていた。

ーーが、どうも諦めたらしく、次にはそれを手でつかみ、口元へ。


頬と口の周り、両のてのひらは、クリームでべたべたである。

その様子を一瞥してから、錬金術師は再び窓の外に視線を向けた。

「--さあね」


次の瞬間、クリームまみれの小さな両手に頬を挟まれていたので、--まあ何というかーー、錬金術師は少しばかり顔をしかめた。

幼きクリーム魔人はおかまいなしで説教をはじめる。

「そういうハッキリしないのよくないな~。リアは好きじゃない」

「ふうん」

ローブの袖でごしごしと(自分の)顔を拭い、シルフィドは今度は手にしていた書物に視線を落とす。


「ぶぅ」

リアはむくれた。相手にしてもらえないのはいつものことだが。

「顔が台なしだぞ」

シルフィドが、本に目を落としたまま言う。


「かわいいかおが?!」

リアはぱぁっと目を輝かすが、それは行き過ぎた期待であった。


「そうは言ってない」

「ぶぶーーっっ」

頬をふくらませ、リアはケーキをわしづかみする作業に戻る。

シルフィドは会話をしてくれないが、ケーキは違う。こうしてしっかり握って口に運べば、甘い味と、柔らかい食感で応えてくれる。--そう、いつだって。


かなりの間が空いて、ぱたり、と本を閉じたシルフィドが、ーーケーキの食べるタイミングを見計らっていたのだろうか、リアの口元を拭いてやる。

「しるふぃど。それ、台拭き」

「…あ”?」

別にどうでもいいだろ、とその後に言いそうな顔であった。


「他人がどう思うかはカンケーないだろ」

「そうそれ。わたしはそういうこと言いたかった!」

「…そう」

満足そうな少女の目の前で、拭き取ったクリームが雲散霧消し、どこへともなく消え去る。

前触れも余韻もない。

「てじな」

少女が言えば、錬金術師は一瞬だけ視線を返した。



しょくごのおちゃ。

リアがそう呼ぶものは、たっぷりのミルクを入れたので、再び、白い液面になり、そして冷ますべく吹かれている。

「わたしね、しあわせなんだよ。

毎日、おにいちゃんやおねえちゃん、弟や妹たちと一緒にいられて、毎日たのしい」

そうして、テーブルに両手で頬杖をつく。悩めるお年頃だ。

「だけどね、しすたーは、いつまでもそうしてはいられない、っていうの。なんでかなあ?」


答えるともなし、シルフィドは言葉を紡ぐ。

「…人間には、寿命があるからな」

「どうして、ジュミョーがあるといつまでも一緒にいられないの。…そんなのつまんない」


錬金術師は、それ以上何も言わなかった。


***


再生産リプロダクション。多細胞生物の個々の臓器の機能は分化されすぎていて、長くは保てない。

だから、総ての生体情報の維持・伝達だけに長けた細胞がある」

「師伯?」

買い物から戻ってきたローマンが、リアの残していった皿とカップを洗っている。

外はもう日が落ちて、夜のとばりが辺りを包んでいた。

ひとりごとだ、と錬金術師は返す。


「永遠が望めなくたって、おおむねシアワセそうだがな」

「??」

視線を向けられて、ローマンは不思議そうに笑う。

「どうしたんですか、急に」


「…いや。べつに」

おかしなひとですねー、とローマンに言われて、まぁ、そりゃそうだよな、と内心で頷くのだった。



おしまい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ