”フコーだと思ってる?”
”フコーだと思ってる?”
身寄りのない少女ーー周囲からは『リア』という名で呼ばれているーーが、椅子に腰掛けて、温められたミルクのカップを両手で包んでいる。
顔にはさきほどから湯気がかかり、それを吹き飛ばすべく、彼女は先ほどから何度も、ミルクの液面を吹いていた。
ーーあつくてのめない。
無造作に切られた髪は、頭の上のほうで、一部分だけをふたつに分けて、結ばれている。
黄色い野の花を挿してあるのは、彼女なりの『おしゃれ』なのだろう。
「…しるふぃどは、わたしのこと、『フコー』だと思ってる?」
何の因果か、少女はこの不可思議なあばら家が気に入ったらしく、度々たずねてくる。
ーー友だちにはナイショの秘密基地。自分だけの秘密の場所ーー彼女にとってそういった位置づけなのだろうか。
今はミルクの他にスポンジにクリームだけが塗られたシンプルすぎるケーキにも取り組んでいて、力いっぱい握りしめられた木製のフォークには、切り分けられた一片が、串刺しにされていた。
ーーが、どうも諦めたらしく、次にはそれを手でつかみ、口元へ。
頬と口の周り、両のてのひらは、クリームでべたべたである。
その様子を一瞥してから、錬金術師は再び窓の外に視線を向けた。
「--さあね」
次の瞬間、クリームまみれの小さな両手に頬を挟まれていたので、--まあ何というかーー、錬金術師は少しばかり顔をしかめた。
幼きクリーム魔人はおかまいなしで説教をはじめる。
「そういうハッキリしないのよくないな~。リアは好きじゃない」
「ふうん」
ローブの袖でごしごしと(自分の)顔を拭い、シルフィドは今度は手にしていた書物に視線を落とす。
「ぶぅ」
リアはむくれた。相手にしてもらえないのはいつものことだが。
「顔が台なしだぞ」
シルフィドが、本に目を落としたまま言う。
「かわいいかおが?!」
リアはぱぁっと目を輝かすが、それは行き過ぎた期待であった。
「そうは言ってない」
「ぶぶーーっっ」
頬をふくらませ、リアはケーキをわしづかみする作業に戻る。
シルフィドは会話をしてくれないが、ケーキは違う。こうしてしっかり握って口に運べば、甘い味と、柔らかい食感で応えてくれる。--そう、いつだって。
かなりの間が空いて、ぱたり、と本を閉じたシルフィドが、ーーケーキの食べるタイミングを見計らっていたのだろうか、リアの口元を拭いてやる。
「しるふぃど。それ、台拭き」
「…あ”?」
別にどうでもいいだろ、とその後に言いそうな顔であった。
「他人がどう思うかはカンケーないだろ」
「そうそれ。わたしはそういうこと言いたかった!」
「…そう」
満足そうな少女の目の前で、拭き取ったクリームが雲散霧消し、どこへともなく消え去る。
前触れも余韻もない。
「てじな」
少女が言えば、錬金術師は一瞬だけ視線を返した。
しょくごのおちゃ。
リアがそう呼ぶものは、たっぷりのミルクを入れたので、再び、白い液面になり、そして冷ますべく吹かれている。
「わたしね、しあわせなんだよ。
毎日、おにいちゃんやおねえちゃん、弟や妹たちと一緒にいられて、毎日たのしい」
そうして、テーブルに両手で頬杖をつく。悩めるお年頃だ。
「だけどね、しすたーは、いつまでもそうしてはいられない、っていうの。なんでかなあ?」
答えるともなし、シルフィドは言葉を紡ぐ。
「…人間には、寿命があるからな」
「どうして、ジュミョーがあるといつまでも一緒にいられないの。…そんなのつまんない」
錬金術師は、それ以上何も言わなかった。
***
「再生産。多細胞生物の個々の臓器の機能は分化されすぎていて、長くは保てない。
だから、総ての生体情報の維持・伝達だけに長けた細胞がある」
「師伯?」
買い物から戻ってきたローマンが、リアの残していった皿とカップを洗っている。
外はもう日が落ちて、夜のとばりが辺りを包んでいた。
ひとりごとだ、と錬金術師は返す。
「永遠が望めなくたって、おおむねシアワセそうだがな」
「??」
視線を向けられて、ローマンは不思議そうに笑う。
「どうしたんですか、急に」
「…いや。べつに」
おかしなひとですねー、とローマンに言われて、まぁ、そりゃそうだよな、と内心で頷くのだった。
おしまい。




