↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
ー空(から)の器(うつわ)ー
PR
53/57

大義のはなし 後編


「…ふむ。口惜しい。お月様はこちらを見てはいらっしゃいませんかぁ…」

丸い眼鏡の青年は、残念そうにつぶやいた。


薄い丈夫な紙を、木の枠に貼った明り取りの仕切り窓。

落ちないようにと張られた柵に背を預ける。

夜風が、湯で温まった頬に心地良い。


青年の『影』から忍び笑いが起きる。

「観客の有無などどうでもよかろうよ。我は仕事を果たすのみーー」

比喩でもなく、炎の灯りに照らされた蓬髪(ほうはつ)のサムライの影から声がする。

「仕事熱心な かたですねぇ」

言いながら、青年は左手に提げた刀の緒を解いた。


【影】が愉しげに囃(はや)す。

「そうれ、来るぞ。抜き身の刀ばかりが2本、3本、7本も…」

「…ううむ。土下座で謝ったら見逃してはくれませんかねぇ…」

とぼけたことを呟きながら、青年は顎を軽くかいた。


「見たいのだろう? 海の向こうの世界を」

「見たいですねぇ。目から手が出るくらいには」


足元から【影】が尋ね、青年が応じる。


「約束しよう。広く残酷な世界をお前に見せてやる」

「--仕方ありませんね」


丸眼鏡の青年は真顔になり、襖のほうに鋭い眼差しを向けた。


***



ーー事前の情報と違う。

なんだあのバケモノは。


平助(へいすけ)、とだけ彼は呼ばれていた。仲間にも、親にも。

苗字なんかない。望んでも得られないものもある。


でも。


願うだけなら自由のはずだ。

サムライになって、皆に尊敬されて。

立派なーー


「…ぐ、っ」

喉から血の塊があふれてきた。

助かる気がしない。


立派な武士になって、それで。それで。


「おれはーー」


刹那、ふわりと鼻先を、梅の香りが舞った。


ーー梅? こんな季節に。

いまはもう夏だ。田んぼでは蛙(かわず)たちが歌っている。


「--ああ、あのときの。」

思い出した。隊に入って二年目。派手な斬り合いのあった夜に嗅いだ匂いだ。


急に気温が冷えたような気がして、かすみつつある目を周囲に巡らせば、

後ろに白い被りの姿があった。


男にも見えないし、女にも見えない。

子どものようでもあり、老人のようでもあるーー。


とくに急ぐふうでもなく、地面にすがるように寝ている男の前まですたすたと寄ってきた。


「--わからないな。」

唐突にソレがつぶやく。

瞳には何の感情もなく。


「なぜそうまでして同族を害する? お前に危害を加えられたわけでもないのだろう」


(わから、ない?)


平助には、わからないということそのものが理解できなかった。

「そりゃ、大義のためだよ」

「タイギ。」


白い人影は首をかしげる。


平助は説明した。

「この国には将軍様がいる。おれたちは、将軍様をお守りするのが喜びなんだ」


「ーー喜び。」

人影はまたも繰り返し、まだ何か聞きたそうではある。


「将軍様をお守りできるのがおれたちの役目だ。それは名誉で、誇りなんだ」

「ヤクメ。メイヨ。ホコリ」


(全然、一個も、伝わってる気がしねぇ!!)

痛みも忘れて、平助は心中で叫んだ。


誰かのために何かをする。--それはそう、確かに、尊いだろう。

ややあって、人影は問うた。

「自由に生きたいとは思わないのか?」


今度は、平助のほうがちんぷんかんぷんな顔をする。

「ジユウ。…そりゃ、舶来の食いモンか何かか? おれにはサッパリわからん。

蘭学好きの変人どもが、よくそんなハナシをしてるよな」


「…お前には、自分自身の『願い』が無いんだな」

白い影の言葉に、平助は猛然と反発した。


「そんなわけないだろ! おれだってウマい飯が食いたい! きれいなヨメさんだってほしい! でっかい屋敷にも住みたい!!」


けど、と平助は微笑んだ。


「『大義』が果たせないならなんにもいらない」


視えない。彼の言う『タイギ』には実体はなく、概念ですら、無い。

『それは実在するのか?』


それを口にしなかったのは、人間的な配慮だ。


「わからないな」

ふわり、と香りが舞い、いつかと同じように平助の傷は癒えていた。



三度めは無い、とソレが言う。

「『奴ら』はヒトの願いに集まってくる。欲望、絶望、希望、羨望ーー」


けど、と人影は言う。

「お前には、お前自身の願いがない。ならば、『奴ら』は寄っては来ない」


やつら、とは。物の怪(もののけ)の類(たぐい)だろうか。

三度めはない、とソレは再び念を押して、霧のように姿を消した。



****



「ひっひっひ」

「くっくっく」

あまり品のよいとは言えない笑みを交わしながら、何人かの錬金術師が羊皮紙の帳簿をめくっていた。

べつに記録が紙である必要はないのだが、--まあ、人間だった頃の癖、みたいなものだろう。


「いやあ、笑いが止まりませんぞ。ぶぁっはっは!」

「いっひひひ! まったくですなあ! これなら100年は実験に困りませんぞ!

何から取り掛かりましょうかなあ!

まずは手と足をつなぎ合わせて…!!

ああ、脳も取り出してみなくては!」


さも物騒な相談であるが、血まみれで斬り合いをするヒトビトを眺めてきた後では、むしろ彼らのほうが趣味がよいとさえ思える。


「うひょっひょっひょ! シルフィド殿もいかがですかな! 今ならお買い得ですぞ!」

「--じゃあ遠慮なく」


「ひょ~っ、ひょっひょっひょ!!」


もはや人間を辞めたとしか思えない喜びの奇声は しばらく響いていた。



***


雨が石の碑に打ち付けていた。

この惑星の、この島国の雨は、どうしてこうも静かに降るのだろう。

やわらかい苔たちが岩を覆い、雨路を彩る花々が咲く。


「--よお」

彼はもう若者ではなくなり、頭を剃って髪を上で結う、あの珍しい髪形でもなくなっていた。


雨に打たれていた白い被りの人影が振り返る。

その瞳がわずかに驚きの色を帯びる。

「--生きて、いたのか」


「…」

平助は一度、気まずそうに顔をしかめた。

「…きれいな嫁さん、もらったぞ」

「? --よかったな」

「でっかい屋敷も建てたぞ!」

「あ、ああーー」


「でもな」


「将軍様はもう辞めちゃったんだ」

「--そうか」


「みんな、死んだよ」

平助は寂しそうに言う。

「わからない。おれたちのしていたことって、何だったんだ。

何のためにみんなーー!」


雨は静かに降っていて、平助が何を言ったのか、最後はかすかな雨音と一緒に流れていった。


石碑はただ静かに、そんな平助を見ていた。


>>

Thanks for your Read !

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。