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銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
ー空(から)の器(うつわ)ー
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価値の価値 コレクターの話

クリーム色を基調とした病室に差し込む午後のひかりは柔らかく、窓辺につるされた薄い布が風をはらんでいた。

冬なのか、春なのか、夏なのか、秋なのか。

窓から見える一本の樹木はポプラであり、それは一年中青いのだ。--ああ、ポプラには寿命はあるのだろうか。

季節はもうどうでもよかったし、もしくは、どの季節でも同じことだった。

つまり、もう、自分には迎えが来ているのだから。


「君がもらってくれないか」

そうして軽く微笑むのは長年の癖だ。人間は微笑みが好きだ。

誰しも誰かに肯定されたいとーーそう願っているから。

死神ーーそう。ベッドの脇に立つ死神は、かすかに首を左右に振った。

「受け取れない。」


「そう言わず…」

なおも差し出すが、枕元の白いローブの死神は、冷めた目でそれを見つめるばかりだ。

ーー悲しそうに、せつなそうに。


ああ、どうかそんな目で見ないでくれ。もういいんだ。

「なぁ、死神。人間は何もあの世へ持っていくことはできない。そんなことはとうに私もわかっているんだよ」

「じゃあ、なぜ集めた」


はははっ。

つい、喉の奥から笑いが漏れる。こんな気持ちは久しぶりだ。

コレクター仲間たちは、私が死ぬのを、今か今かと待っているのに。


この白い使いの者ときたら、この重いカヤはこにはまるで興味がないのだ。

「せっかく集めたんだ。どこにも行ってほしくないんだよ」

死神はなおも悲しげに、首を横に振る。

私はとうとうしびれを切らした。私には時間がない。--ああ、もう、ないのだ。


「ではこの函は窓から投げ捨てよう。この見晴らしのいい海に沈んで、そして何千年も海の底で、魚たちがそれに見向きもせずに上を無関心に通り過ぎていくんだ。

ーーなぁ、頼む。保管しておいてくれ」


少しの間をおいて、死神は聞き返してきた。

「ーー宇宙が終わるまでか」


私は静かに、頷いた。

それが私の死の数週間前の記憶である。


***


「しはくー。この箱、なんですかー?」

季節の変わり目に、大掃除でもしているのだろう。三角に折った布(紫色と緑色で、ちょっとばかり毒々しい配色のパッチワークだ)で飴色の髪を巻き、手にはハタキを持った少年が、梯子の上からそう尋ねる。

返事はない。

しばらくして、少年はあきらめたように梯子から降り、廊下へ顔を出す。

「しーはーくーっ、てば!」

明るい窓辺で書物に目を落としていた青年が、物憂げに振り返る。

ーーというか、面倒くさそうに。


とても。


「忘れた」

「……。」

おい。


「忘れちゃったんですか」

「あー、もう、最近歳かな…。物忘れが激しくて…」

「師伯も歳を取るんですねー」

少年はきらきらとしたまなざしで、物珍しそうに『師伯』の顔を見上げる。

間。


「ウソだ。」

「ウソですか。」


まあ、と『師伯』--死神は言葉を続ける。

「それはそこにあることに意味があるものだから、そのままそこに置いておいてくれればいい」

少年は一瞬、きょとん、と瞬いて。

「わかりましたー」

ぱたぱた、と小さな足音を立て、物置なのか倉庫なのか蔵なのかよくわからない空間に戻り、再び梯子を上がると、元の場所に戻したのだった。

ーーそう、それでいい。

できることなら博物館のひとつも建ててほしいものだが。

まあ、散逸するよりはいいだろう。


私の意識はそうして、再び眠りに就いた。


***


ざわざわ、と騒がしい。まるで、市場のような喧噪だ。ものを売り買いする声、コインの触れ合う音。

そして私はーーああ、そのさなかにいたのだ。

売り買いされているのは私だった。

真白く新しいやわらかい綿に載せられ、説明書きがついていた。

ーーこれは、どういうことだ。


私は君が約束をたがえないと踏んで託したのだぞ。私を。私の集めたものたちを。

『私』は、身が引き裂かれるような激痛を感じていた。

ああ、許さない。許すものか、こんな暴挙。

化けて出てやる、は比喩ではない。


私にはその能力チカラがあるし、理由がある。

そのモノたちは誰にも渡さない。ああ、私以外の誰にもだ。

渡してなるものか。渡してはいけない。


はこの影が、伸びる。

怨念、そう。これは怨念だ。

『私』を引き裂こうとするモノたちを排除するべく、私はチカラを解放した。


***


「し、しはく…。」

怯えた声、震える腕。

ーーああ、この少年には見覚えがある。倉庫で私に触れたな。ホコリを払って棚に戻し、そして今日ーー今日、持ち出したのだ。

白い死神。なぜ約束を破った。

貴方は約束をたがえない。ウソをつかない。だからこそ、託したのに。


「気が変わったんだ」

こともなげに、『師伯』は言葉を吐く。

ああ、なんてやつだ。そんなにも。

人間に触れすぎたのだ、お前は。

「事情が変わった、ともいう」


『私』を斬り裂いたものが聖水だったのか、十字架だったのか、はたまた大蒜にんにくだったのか青葱だったのかはこの際置いておこう。もし語り継がれようものなら、霊体として末代までの恥だ。

この地の神に仕えるらしい眼鏡の娘が、私を神妙ににらんでいる。


死神が言葉を継ぐ。

「ヒトのかたちればオレだっていつかはモノを忘れる。

お前の願いは聞いた。--叶えることはできなかったがな」

なんだと。--なんだと。願いを叶えてくれるのではないのか。


死神はーー白い死神は、喉の奥で小さくわらった。

「優先順位、だよ。ふたつの願いが相反したらどうなる? ふたつを同時に叶えられないとしたら?」

そんなものは決まっている。私の願いが先だ。

その小僧は薄汚い硬貨のために、ちっぽけなカネのために私を売ろうとしたのだ。

為政者の発行する紙きれと引き換えにする価値など、私にあるものか。


「おにい、ちゃん?」

飴色の髪の少年のさらに後ろから、さらに幼い少女が、大きな人形を抱いて現れた。

身形みなりはみすぼらしく、風呂にすら満足に入っていないのではないかと思わせた。

無造作に長く伸びた髪には櫛も通らせていないようだ。


「あっ。危ないから出てきちゃ…」

少年が、人形を持った少女を押しとどめようとする。

さらにそれをとめたのはーー『師伯』だ。


「もう大丈夫だ」

「し、しはく。怒って…」

少年が震えている。私の怨念を浴びたときよりも青くなっているのは怯えすぎではないのか。

「ない」

即座に死神はそれを否定する。

傲慢だ。怠慢だ。願いを叶える存在のクセに意思を持つなど。


「すまないな」

私に律儀に頭を下げる。やめろ。止せ。私の願いがかなわないなどーー


「モノに意思は無い。貴方が亡くなった瞬間に、貴方が集めたものに価値はなくなったんだ」


やめろ。


「貴方がいなければ、あのモノたちに価値はないんだ」


あるはずのない涙か、私の感情からわいてくる。

黄泉の国には持ってはいけない。だからこそ、現世に置いておいたのに。

畜生ちくしょう


「有限の存在たる人間に、永遠は、無い」


ーー聞きたくないッ!!!


***


「終わりましたかぁ?」

この地の神に仕えるのだろう人物がのんびりと声をかけてくる。さきほどの青葱もこの娘の仕業だ。

実に良い葱さばきだった。

「じゃあ、さっくーっと祓っちゃいますね♪」


…やめろ、よせ。私はモノとして永遠のイノチを…。

のちに聞いたが、このような感情を『執着』と呼ぶのだそうである。


---After That?(その後)---


「しはくー! ごめんなさいってばー」

錬金術師は喉の奥、小さく笑う。

「怒ってない、って言ってるだろ」

「いいえ! ゼッタイ怒ってます!! あの箱の売却価格が、島が丸ごと買えるような値段ですよ?!

怒ってないはずないです!!!」

人形を抱えた少女がそれに続く。


金額は問題ではない。コインひとつ分でも、国家予算でも。

ヒトが認めている通貨は、物々交換の『手段』でしかない。


「(願う者がいなければ、モノに価値なんてないだろ)」

そんな言葉ははらの中に飲み込んだ。


だって、あんまりいい天気だったから。

風にそよぐ足元の野の花が、あまりに愉し気だったから。。


おしまい。

端書:

師伯がちょっと前より人間くさくなっちゃっているというか…。

「忘れる」という要素が今回は加わっています。

「冗談」も言いましたね。

身近にいる人間の影響なのか、どうか。


人間ってね。「忘れる」んですよ。

ベイビーの頃はね。100%記憶してるゼ! ママの一瞬のまばたきだって俺は一生忘れないゼ!

とか思ってても。

脳っていう臓器はね~…長年使ってますと、

「あ、具合が前と変わってきたなぁ」

って。


忘れる。ピックアップした部分だけが記憶されるようになってくる。

容量が残り少なくなってくる感じあります。

日々のメンテナンスが欠かせません☆

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音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
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