05 薔薇と紅茶と
造られたことを、恥じた。
〔…アア、憎い憎い憎い…っ!〕
降る雨は霧雨。細かいいくつもの水の粒が、私の顔に、腕に、背に腹に手足にまとわりつく。
ーー別に、それを煩わしいとも心地よいとも思わない。憤怒。やり場のない憤りだけが、感情を支配していた。
とはいえ。その原因となった物体は、私の足元で崩折れている。
それを見下ろしてもーーいっこうに満たされない。ただ、想いを司る脳の部位は、むしろもっと冷えてゆく。
「憎い。憎い憎い」
ヒュウ
刹那、風切り音。私はとっさに首を傾けた。
私の頭がさきほどまであった位置を正確に、銃弾が射抜き、直後にレンガの壁をえぐった。
破片が舞い、私は振り返り、私は地面を蹴り、私は手を振り下ろし、た。
「グガァァアアアア」
どうやらそれは、私の声らしい。ーーああ、醜い。私は醜い。
「ーーフン、失敗作かーー」
私の心と同じくらい冷え切った声が、私の耳に静かに響く。
そうだ。生きていることが不満なのだ。
「ウマレタク ナカッタ。ツクラレタク ナカッタ。居たく、ない。居たくない居たくない居たく、ない」
銀の銃を手にした男は口の端をゆがめた。
「終わらせてやるよ」
「オマエモ 憎い」
私は拳を握る。誰に教えられたわけでもない。ただ、それを振り下ろせば「やつら」は静かになる。
静寂が欲しかったのかどうか、私は知らない。
銀光が弾けた。弾丸が私の腕を、腹を、顔を、目指す。
ーー憤り。
憎いのだ、全てが。
◆
ふいに、鉛の弾が消え、変わりに猛烈な風が、私に当たった。その程度では私は揺るがない。
私と、銃を持った男の間に、奇妙な白い物があった。
いや、いた。
それは私には背を向け、向こうの男を見ている。
「ドコカラ デタ」
私の問に、白い人影は小さく息をもらした。ーーなんだか、優しい空気をまとわせて。
「ーーさあね。生き物がどこから来るのか、物質はどうやって生まれたのかーーなんとも、難しい問いだね」
「ムズカシイ」
「そこをどけ」
私の声と、銃の男の声が重なる。
白いものは、微笑んだ。
「理解し得ぬものを排除する。それは野蛮な考えだ。」
「なんだと…?」
「…とはいえ。ただのお仕事のようだね。職務に忠実な人間は嫌いじゃない」
「ほざけ!」
ーー瞬間。
男の手にしていた銃が、ーー花に、変わる。
大輪のピンクの薔薇。みずみずしい花びらは妖艶にすら見えた。
「…なっ、な…!!」
男は、信じられないという顔で手の中を確かめる。そして薔薇の刺が手のひらに刺さったらしく、顔をしかめた。
「貴様、まさか!」
叫ぶ男に白い人影は静かに告げた。
「錬金術師」
男の顔色がさぁっと引く。
「最高導師…! ひぃぃいいいっ!! し、失礼、しました! 失礼します!」
言い置いて、人間離れした駆け足で現場を立ち去った。
残されたものは静寂、と、そして私。
私の憤り。
「…憎、い」
「…ああ。憎いだろうね。」
その手が私の頭に触れる。
「触れられたこともないかな? 培養器の中は冷たすぎる」
そうして、白い人影は付け加えた。
「温かい紅茶をごちそうしよう。僕の家に来るといい」
◆
「ギャぁぁアアアア」
飴色の髪の少年が、私を見て走り去る。
「ローマン。失礼な奴だな。こんな美少女を前にして」
「性別とかわかんねっす! 師伯がまた変なもの拾ってきたぁあああ」
木製のテーブルの下で、頭を抱えてガタガタと震えている。
「憎、い…」
「ああ。憎いな。これは怒るところだな」
「グガァァアアアア」
「美少女はそんな叫び声あげないっすー! ひぃいいい」
私が失礼な輩を追い回す間、白い人影は私のために、熱いお茶を用意してくれた。
私の手は軽々と木のテーブルを砕き、床に穴を穿つ。
コウチャという名の飲みものは少し私には熱すぎたので、しぱらく、舌がじんじんと痛んだ。
「ヒィイイイイイイイ!!!」
哀れな絶叫が、霧雨の空に響き渡った。
〔終〕
注:白い人影≠エドウィン・マクラウド
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