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銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
魔法屋、はじめました。
5/57

05 薔薇と紅茶と

 造られたことを、恥じた。


〔…アア、憎い憎い憎い…っ!〕


 降る雨は霧雨。細かいいくつもの水の粒が、私の顔に、腕に、背に腹に手足にまとわりつく。

 ーー別に、それを煩わしいとも心地よいとも思わない。憤怒。やり場のない憤りだけが、感情を支配していた。


 とはいえ。その原因となった物体は、私の足元で崩折れている。

 それを見下ろしてもーーいっこうに満たされない。ただ、想いを司る脳の部位は、むしろもっと冷えてゆく。


「憎い。憎い憎い」


 ヒュウ


 刹那、風切り音。私はとっさに首を傾けた。

 私の頭がさきほどまであった位置を正確に、銃弾が射抜き、直後にレンガの壁をえぐった。


 破片が舞い、私は振り返り、私は地面を蹴り、私は手を振り下ろし、た。


「グガァァアアアア」


 どうやらそれは、私の声らしい。ーーああ、醜い。私は醜い。


「ーーフン、失敗作かーー」

 私の心と同じくらい冷え切った声が、私の耳に静かに響く。

 そうだ。生きていることが不満なのだ。

「ウマレタク ナカッタ。ツクラレタク ナカッタ。居たく、ない。居たくない居たくない居たく、ない」

 銀の銃を手にした男は口の端をゆがめた。

「終わらせてやるよ」

「オマエモ 憎い」

 私は拳を握る。誰に教えられたわけでもない。ただ、それを振り下ろせば「やつら」は静かになる。

 静寂が欲しかったのかどうか、私は知らない。


 銀光が弾けた。弾丸が私の腕を、腹を、顔を、目指す。


 ーー憤り。


 憎いのだ、全てが。


   ◆


 ふいに、鉛の弾が消え、変わりに猛烈な風が、私に当たった。その程度では私は揺るがない。


 私と、銃を持った男の間に、奇妙な白い物があった。

 いや、いた。

 それは私には背を向け、向こうの男を見ている。


「ドコカラ デタ」


 私の問に、白い人影は小さく息をもらした。ーーなんだか、優しい空気をまとわせて。

「ーーさあね。生き物がどこから来るのか、物質はどうやって生まれたのかーーなんとも、難しい問いだね」

「ムズカシイ」

「そこをどけ」

 私の声と、銃の男の声が重なる。

 白いものは、微笑んだ。

「理解し得ぬものを排除する。それは野蛮な考えだ。」

「なんだと…?」

「…とはいえ。ただのお仕事のようだね。職務に忠実な人間は嫌いじゃない」

「ほざけ!」


 ーー瞬間。


 男の手にしていた銃が、ーー花に、変わる。

 大輪のピンクの薔薇。みずみずしい花びらは妖艶にすら見えた。


「…なっ、な…!!」

 男は、信じられないという顔で手の中を確かめる。そして薔薇の刺が手のひらに刺さったらしく、顔をしかめた。


「貴様、まさか!」

 叫ぶ男に白い人影は静かに告げた。

錬金術師マグス

 男の顔色がさぁっと引く。

最高導師エドウィン・マクラウド…! ひぃぃいいいっ!! し、失礼、しました! 失礼します!」

 言い置いて、人間離れした駆け足で現場を立ち去った。


 残されたものは静寂、と、そして私。

 私の憤り。

「…憎、い」

「…ああ。憎いだろうね。」

 その手が私の頭に触れる。

「触れられたこともないかな? 培養器の中は冷たすぎる」

 そうして、白い人影は付け加えた。

「温かい紅茶をごちそうしよう。僕の家に来るといい」


   ◆


「ギャぁぁアアアア」

 飴色の髪の少年が、私を見て走り去る。

「ローマン。失礼な奴だな。こんな美少女を前にして」

「性別とかわかんねっす! 師伯がまた変なもの拾ってきたぁあああ」

 木製のテーブルの下で、頭を抱えてガタガタと震えている。

「憎、い…」

「ああ。憎いな。これは怒るところだな」

「グガァァアアアア」

「美少女はそんな叫び声あげないっすー! ひぃいいい」

 私が失礼な輩を追い回す間、白い人影は私のために、熱いお茶を用意してくれた。

 私の手は軽々と木のテーブルを砕き、床に穴を穿つ。

 コウチャという名の飲みものは少し私には熱すぎたので、しぱらく、舌がじんじんと痛んだ。


「ヒィイイイイイイイ!!!」

 哀れな絶叫が、霧雨の空に響き渡った。


〔終〕


注:白い人影≠エドウィン・マクラウド

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音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
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