宇宙、売ります?
「この宇宙を売ってくれないか?」
彼は、入ってくるなりそう言った。
店内には、およそこの世の珍奇なものが、ぽつりぽつりと並べられていて、そのガラス瓶に入った小さな宇宙は、陳列棚代わりの樫の木
のテーブルの端、店の入り口に入ってすぐのところに、無造作に置かれてあった。
カイゼル髭の紳士は、シルクハットに黒い背広。手にはよく使いこまれたステッキを持っていて、それとは逆の、鹿の革の手袋をした指
でそれを指さしたのだった。
「それは売り物じゃないんです」
店番をしていた金の髪の少年が、少しばかり申し訳なさそうに微笑んで答えた。
「売り物じゃないんなら、どうして並べておくんだね。不可解だ」
紳士は憤慨して、鼻息荒く問い詰めた。
「そこにあるからです」
困ったように、少年は応じる。
「ここにあれば、売り物だろう?」
「その場所がちょうどいいから置いてあるだけなんですよ。宇宙には値段は付けられません」
やわらかく微笑む少年を前に、紳士は自分の自慢の髭をなでつけた。
「ふむ。値段が付けられない」
「ええ。ゼロにもなるし、無限にもなる。だから、値段がつけられません」
「ほう…そうかね」
なるほどなるほど、と紳士は感慨深げに何度も頷いて、そして店を後にした。
ふう、と少年は小さく息を吐く。正直、生きた心地がしなかった。
ここが一番日当たりがいいから、なんていう理由で宇宙を店先に置いておくなんて、店主は気まぐれが過ぎる。
飾り草みたいな不愛想な銀髪の青年を思い浮かべて、少年は嘆息した。
***
「しはくー、盗まれちゃいましたよ」
翌朝。
店内に入ると、入り口の右、陳列棚代わりの樫のテーブルの端が、少し寂しくなっていた。
作業場で彫金していた青年は、少年の隣から店内をのぞき込むと、つまらなさそうに「へぇ」とだけもらした。
「なんで盗まれたと決めつける?」
「え? だって、置いておいたはずなのに、今日はもう無いから」
青年はぼそりと応じる。
「昨日まであったものが今日は無くなる。珍しいことじゃない」
そう言って、くるりと踵を返す。フードの端に縫い付けられた小さな真鍮の鈴たちが、しゃらりと鳴る。
「えー?! しはく! だってドロボウですよ?!」
少年は慌てて追いかけるが、振り向いてくれないのは判っていた。
***
すっかり枯れ落ちた「宇宙」を前に、紳士は困惑していた。
そんな彼に、少しばかりお歳を召したレディが、羽扇で頬を隠して、蔑みの視線。
「わたくしに見せたいものって、これですの?」
「あ、いやっ、ちがうんだ! こんなはずでは…!」
貴婦人の若草色のサテンのドレスの裾がひらりと舞った。
「面白いものを見せて下さると手紙をいただいたから、楽しみにしてきましたのに」
「あ、ああ、その、そうだ! 料理! 君のために特別な食材を手に入れたんだ! 今、用意させるよ!」
婦人は少し機嫌を直して、蔦模様の繊細に刺繍された椅子に収まった。
「そういうことでしたのね。では、待たせていただきますわ」
紳士は内心で冷や汗を拭きながら、いまいましげに心の中で毒づいた。
***
「しはく?」
きょとん、と金の髪の少年はまたたく。
師がかざすタマゴ形の硝子の中には、先日見たのと寸分変わらない星の海がくるくると渦を巻いている。--まるで生き物のように。
「置くべき場所がある。それの望まない場所に置いても、枯れるだけだ」
「作り直したんですか?」
「いや、拾ってきた。捨てられていたからな」
「直せるものなんですか、それ?」
少年が目を丸くして問うのに、師は少しだけ可笑しそうに答えた。
「程度による」
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