金の術師と、ガラスの靴
彼が出現するのは、いつも突然である。
足音も、ノックもない。
ただ、無遠慮に侵入してくる。そしてーー
「このガラスの靴に合う女性を作ってくれないか?」
空いた作業台の上に手をついて、反対の手で、透明な、硬質のハイヒール型のそれの中に人差し指を入れて、くるくると回す。
豪奢な金の髪は夕陽にきらきらと輝いていて。澄んでいる筈の泉色の瞳の底には、何か底知れない欲望が沈んでいる。
パステル(アブラナ科の植物)で染められた青い衣服は、王侯貴族を思わせる。
縁には金糸・銀糸で刺繍がなされ、あろうことか、大ぶりの金剛石までもが縫い付けられ、嵌められ、周囲の光を飲み込んでは跳ね返している。
その工房の主ーー銀髪の錬金術師の反応は冷淡だった。
「やなこった」
「まあ、そういわず」
金髪と豪奢な衣服の主ーー、”並ぶものなき”エドウィン・マクラウドは、身を乗り出す。
「もちろん、タダでとはいわないさ。相応の礼はしよう。何がいい? 銀河中のどれよりも美しい住まい? 誰もまだ見たことのないような上等の衣服? それとも、神々が飲むという酒か? それとも、絶世の美女? --さあ、望みをなんでもいいたまえ」
「……」
いま、シルフィドの脳裡にあるとして、いかにこの迷惑な生物を追い払うか、だろう。
「しーは…く?」
取り込んできた洗濯物を両手で抱えた飴色の髪をした少年が顔をのぞかせる。
「あ。導師。来ていたんですか」
「来ていたのだよ」
エドウィンはあからさまに顔を笑みの形に歪めたが、その後ろでシルフィドは苦虫を噛み潰した表情になった。
「その靴の持ち主を探すんですか?」
何が楽しいのか、少年は目をきらきらさせて、女性物の、透明な靴を見つめる。
「ああ、いや、作らせようと思ったのだがね…。まあ、例の王子の望みが叶えば、この際、どちらでもかまわない」
「ウチは探偵屋じゃねえ」
むす、っとしたまま、シルフィドが立ち上がり、腕を組む。
今や夕陽は西の彼方に沈みーー写真家たちが絶賛するマジック・アワーの赤紫色が、わずかな時間だけ、空を覆っている。
「まあまあ、ワクワクしないかね、”銀の聖者”殿。
舞踏会に、四頭立てのかぼちゃの馬車と鼠の馬で乗り付け、12時の鐘の音とともに階段を駆け下りて去った、純白のドレスの美しい女性。王子が心奪われるのも当然だろう」
シルフィドに恋愛の機微を解くくらいなら、生まれたての赤子に相対性理論を聞かせたほうが、まだ見込みがあるだろう。
「興味がない」
「だから、礼はするといっているだろう」
「じゃあ、訊くが。
その女が、王子になど微塵も興味がなかったらどうするんだ? 探し出されたって、迷惑なだけだろう」
「王子に憧れない女子などいるものか!」
「それは極論だと思いますけど…」
熱弁をふるうエドウィンの隣で、ローマンが小さく言う。
「いや、絶対、彼女も私を愛しているはずなんだ!」
「--お前かよ」「導師ですか」
少年と錬金術師の声が重なった。




