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銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
魔法屋、はじめました。
43/57

記憶、買い取ります

高い高い、山の上。あるいは深い、海の底。

ひとのたどり着けない場所に、その街はあるのだという。


錬金術の都、ハーフエメラルド。

「記憶、売ります」

そんな怪しげな看板を見つけて、彼は立ち止まった。

「売ってくれるなら、買ってくれるかもしれない」

ドアを開けて、店の中へ。


「こんにちは」

「こんにちは、お客様。本日は、どのようなご用向きでしょうか」

「あの…」

「はい」

「お恥ずかしいのですが、私の記憶を買い取っていただけないかと思いまして…」


「ほう!」

ネズミの顔をした獣人の店主は、小さな丸い眼鏡を光らせた。

「ほうほう! それで、どのような記憶を!!?」


「あ…、あの。私、事業に失敗しましてね…。長年付き合っていた女性にもフラれてしまいまして…。それで、その。その記憶をですね…」

「はぁ、やり直したい?」


「そう。そうなんです。みんな忘れて、また新しく、やり直したい」

「なるほどなるほど、よござんすよ。そういうお客様は、たまにいらっしゃいます。何もかも忘れ、新天地へ。新しく始めたい。忘れたい。そういう、心機一転の切り替えは大事でございますね」


男は、ほっと胸をなでおろした。そんな記憶はいらないと、言われなくてよかった。

「それで、あの…」

「はい、はいはいはい! そちらの椅子にかけていただいて!」

古びてはいるが、ふわふわの、一人掛けの深緑色のソファを店員が指さした。


「リラックス、リラックスしながら、忘れたい記憶を、思い出してください」

客は、失敗した事業のこと、付き合っていた女性のこと、今朝食べたトーストと、飲んだコーヒーのこと、読んだ新聞のことなどを思い出す。

店員が慌てて言う。


「関係のないことは、思い出さなくてよろしいのです。みんなこの瓶が吸ってしまいますからね」

「は…はい」


男は頷き、そして、もう、それらのことが思い出せなくなっているのに気が付いた。

閉じていた目を開く。

「あ…あの、私は」


「はい! はい、もうよござんすよ。お疲れさまでした。少々お待ちくださいね。買取金額はーー、はい。金貨30枚でいかがでございましょう?」

「何を買い取っていただいたか思い出せないのですが、そんなに高く…!?」

「はい、はい! このような記憶を好まれるお得意様もいらっしゃるのでね。このような記憶は、高く買い取らせていただいておりますよ」


「そ、そうなんですか…」

男は不思議に感じつつも、店員の差し出す金貨の袋を受け取った。ずしりとした重みが、手に伝わる。

ああ、これで何か、事業でもはじめようか。

素敵な女性との恋も、始まるかもしれない。



「いらっしゃいませ」

記憶屋の店主は、いつもの上客を迎え、知らず、揉み手をしていた。

丸眼鏡の奥の目が、小さく細まる。

太ったカイゼル髭の紳士は、ステッキをコツコツとつきながら入ってきて、いつもの深緑色のソファに落ち着いた。


「いつものを、頼む」

「はい、はいはい。失敗の記憶、でございますね、お客様。今日も、よい失敗を取り揃えてございますよ。どれにいたしま…」


「全部だ」

「全部!? 家がまるごと買えるほどの金額になってしまいますが…」

少し焦ったように、チョッキを着たネズミの姿の店員。


「かまわん。失敗の記憶も、成功の記憶も、辛い記憶も楽しい記憶も、--いくらあっても、困らん」

「左様でございますか」

店員は、にこりとほほえんだ。

「記憶は、本当に大事なものですね」

「ああ」


紳士は頷き、ネズミの持ってきた瓶の中身のもやを、ストローですすっていった。

「不思議なのですが…」

店員は尋ねる。

「お客様は、かなりの財産をお持ちです。新聞にもたびたび載るような、名士でもあります。なのに、どうして失敗の記憶などお買い求めになるのでございましょうか?」


「好きなのだよ」

「…は?」

天井と壁の境 辺りに視線をさまよわせ、紳士は応じた。

「色んなーー記憶がね」

店員は、にこりとほほ笑んだ。

「左様でございますか」

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音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
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