花と少女とゴーレムと
ゴーレム
【ゴーレム】…独自の解釈で、戦闘用に作られたロボット、としております。
花が咲いていた。
白の小さな花びらは星型。蒼の柔らかい花弁の中央には、黄金色の花芯。
笑うように、さざめくように、風に揺れては、なびく。
黄色の花は、無数の花びらを集めて、太陽のよう。桃色の花は、夢のような香り。
色も形もそれぞれの、在処も香りもそれぞれの。
ゆれてはゆれて、笑っては笑う。
それは幸せな光景だった。ーー見る者がいれば。
「…ねぇ。壊すために作られるって、どんな感じ?」
少女は彼の頭の上に座ったまま、脚をぶらぶらとゆらして尋ねた。
「彼」は鋼鉄のその指で、じょうろを器用につまんでいた。
じょうろの先に開いたたくさんの穴からは、水が光をまといながら、躍り出てくる。
しゃらららら、と、緑の葉に当たる音は、音楽にも聞こえる。
「さぁ? 壊したことがないから、わからないな」
「ふぅん?」
しゃららら。
水はきらめいて、葉の上で跳ねて、土に落ちて、そして。
土の香りが立ち上る。
彼の頭の上を、水色の小鳥がたちが舞う。少女は手をエプロンのポケットに入れると、パン屑を取り出し、鳥たちに差し出す。
鳥たちは鳴き合いながら、少女の手のひらに群がった。
「こ、こらっ!? くすぐったいってば! 順番! 順番に並んで食べなさいよ!」
「無理を言うねぇ、君も」
のんびりと、ゴーレムが返す。
「ねぇ。あたしと、あなたは、どっちが長生きする?」
「さぁ? 壊れたことがないから、わからないな」
ゴーレムは土を耕す。
小さな人間用のスコップを、背中を丸めて器用に扱う。
その場所は、かつて「砦」と呼ばれていた。
トリデ、が何を指す言葉なのか少女は知らなかったし、ゴーレムも知らなかった。
ただ、分かるのは、土に種を蒔けば植物が育つことと、太陽があれば植物は枯れないこと。風が吹けば種を運ぶこと。秋が来れば冬が来ること。冬が来れば春が来ること。
夏至の日の暖かさと、冬至の日の寒さ。太陽が巡ることと、月が巡ること。
ある朝起きたら、ゴーレムはもう動かなかった。
小鳥たちは相変わらずパン屑をもらいに来たし、太陽は暖かく光っていたけれど。
静かにたたずんだまま、さび色のゴーレムはもう動かなかった。
少女はちょっと考えてーー、それからたくさん考えてーー
袋に食料を詰めた。それから水も。
それから頑丈なブーツを履いて、一番暖かいお気に入りのコートを着た。
前のボタンをしっかり留めて、真っ赤なお気に入りのマフラーを巻いた。
「次の春には、帰ってくるね。」
それから、一歩ずつ、歩き出した。
長いから、先は考えずに、一歩だけ、歩き続けた。いつも一歩。今も、一歩。一歩だけ。あと一歩だけ。
そうやって、何日も歩き続けた。
親切なワイヴァーンが途中まで乗せてくれた。
親切な海の竜が隣の大陸へ運んでくれた。
そうやって歩いて歩いて…、月が欠けて、満ちて。太陽は何度も落ちては昇った。
寒かったし、暑かった。でも、少女は知っていた。種を蒔けば、生えてくること。水をやれば、伸びること。秋が来れば、実ること。
だから、歩き続けた。
これは、伝説である。
高い高い、山の上。あるいは深い、海の底。人のたどり着けない場所に、その街はあるのだという。錬金術の都、ハーフエメラルド。
訪れた者は、宝石の樹木を見、水晶の街路を見、永遠を見る。
「…だ、れか」
その街の真ん中で、少女は座り込んでいた。
「だれか…、助けてよ。彼を、助けて」
「にゃ?」
大根を抱えた小柄な獣人が、振り向けば、いた。
◇◇◇
「オハヨウ」
「おはよう、ゴーレムさん。今日もいい天気ね」
どうしてだろう。メモリの中のデータの日付が、だいぶん途切れていた。
視覚を回復したら、幼かった少女は、ずいぶん背が伸びていたし、大人びていた。
泣きながらほほ笑む少女は、今まで見た彼女のどんな表情よりも魅力的ーーと、人間の男なら思うんだろうなーーとゴーレムは考えた。
「ワタシは、「眠っていた」のですか?」
ゴーレムは尋ねた。
「ええ。起きてくれて、よかったーー」
温度センサーは無い。だから、少女の体温を感じることも、肌の感触を感じることも無かった。
ただ、青いそらと、「砦」のいつもの景色と。
少女の向こうで、猫の姿の獣人と、白い外套の青年が何か話している。
「いつかは壊れるのさ」
青年は言った。
「直せばいいのですにゃ」
獣人は笑った。
「種は蒔けば生えてくるしーー。歩けば、目的地にはたどり着くのよ。自分の真実の望みを知ってさえいれば、ね」
少女は、もう少女じゃなかったし、でも、ゴーレムは鋼鉄のままだった。
小鳥たちは変わらずパン屑をねだりに来たし、太陽は相変わらずのんきそうに光っていた。
ただ、風が吹いて、彼女の長く伸びた金髪をゆらしていた。
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