04 どうしたら、君の心が手に入る?
ミルク色の月が空にぽっかりと浮かんでいた。
それを見つめーー彼女はため息をつく。
ごく普通の、惑星・地球は日本の住宅街。街灯がささやかな明かりとなり、アスファルトの道の上を照らしている。ごく普通の、二階建ての民家。ささやかな庭。
「どうして、こうなっちゃったんだろう…」
彼女のつぶやきに返事を返すものはなく。彼女はただ、それらのものに囲まれていた。
象牙の像。巨大な琥珀で作られた机と椅子は、シャンデリアの光を反射している。シャンデリアには、電気でもガスでもない不思議な明かりが灯っている。天井には、極彩色の絵。昨日まで普通の扉だった彼女の一人部屋のドアは、こともあろうに繊細な彫刻を施されたエメラルド製のそれへと取り替えられていた。
ささやだったはずの庭には、彼女が今まで一七年の人生で見たこともないーーというか、そもそも地球上の植物であるかどうか疑わしいーー七色の光を放つ、透き通った葉の謎の巨木がそそり立っていた。梢ははるか遠く、高く。天空を突き。
彼女は、ため息をはく。
玄関のチャイムが鳴りーー再び、奇妙な贈り物が彼女に届いたことを告げていた。階下から、母親と父親の喜ぶ声がする。彼女は叫んだ。
「お父さんッ! お母さんも! 喜んでないでよ! これ、みんな返すんだからね!?」
「そんな。いいじゃないの、ありさ、もらっておけば」
彼女の母親はおっとりと微笑んだ。父親も、のんきそうに笑う。
「そうだぞー、ありさ。いい人じゃないか。どうだい、あしたにでも挙式したら…」
「お父さんの馬鹿!」
クッションを投げつける。それは、父親の顔に見事に命中ーーしたはずが、いつの間にか、彼女と、父親の間に誰かがいてーー。その大きな手が、緑色のクッションを受け止めていた。
ウェーブを描いて流れる豪奢な金の髪は、黄金が水になって流れ落ちていくかのようであり。
深い湖色の瞳は、すべてを見通してなお、冷たい。
金色の上着は、紛れもない純金を、布に織り込んであるらしい。
彼は、アリサより頭1つ分ほど背が高かった。
「こんばんは、マイ・スウィートハート♪」
「帰れ。」
アリサの投げつけた広辞苑は、彼の頭にめり込んだ。
「ご機嫌斜めだねハニー。何が不満なのか言ってごらん?」
「ぜんぶ。」
拗ねたように視線を反らせ、吐き捨てるアリサの顔を、きんきらの男は、さも不思議そうに、瞬きして見つめた。
「ぜんぶ? ぜんぶ気に入らない?」
「ーーうん。」
子供じみた表情のままのアリサのそばまで近づくと、男は片膝をつき、そっとアリサの日に焼けた手を取る。
「ーー教えてくれ。どうしたら、君の心が手に入る?」
「……。」
「ありさ…」
彼女の母親が心配そうな顔をする。父親は、眼鏡の位置を直した。
「気に入るわけないでしょ。こんな……、こんな」
金色ずくめの男はそっとアリサの手をとった。
「どうしてだい? 人間は、富が好きだろう? 稀なもの。手の込んだもの。滅多に手に入らないもの。名のあるもの。ーーそういったものが、君は好きではないのか?」
アリサは泣きそうな顔のまま、何も答えない。その時、ケータイの着信メロディーが軽快に鳴り響いた。
アリサははっと顔を上げ、自分の机に駆け寄ると、着信の相手を確認し、急いで通話ボタンを押した。
「田中君! 助けて!!」
『内野? どうしたんだ? 何かあったのか?』
「宝石なんかいらない。綺麗な服も、美味しいお料理も、高価なものもいらない! あたしは、普通の暮らしがほしいのッ」
「普通?」
金色ずくめの男が首をひねる。
心底わからないという表情で。
***
「はー〜〜」
エドウィン・マクラウド。錬金術の秘法を修め、この世に並ぶ者のない魔法使いである。最近、地球の女子高生を追いかけていると、もっぱらの噂である。
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