星、祀る夜に
***
オレに人の情は判らない。
だから、なぜ「人々」が高い空を見上げ、あの何万光年も離れた彼方の物理現象ーー絶え間なく核融合する超高温高密度の物体に祈りを捧げるのか、まるで見当がつかない。
とはいえ。
濃紺の「影」の中からだからこそ見える、無数のその物理現象は確かに美しいとも思うし、見るに値する、とも思う。
遙か遠くに輝くモノがあるのなら、この地上に、たったひとりだと思わずに済む。
そんな、安寧。
星祭りーー。
夏至(地軸ーー恒星に対する公転軌道に対する、自転軸ーーの傾きにより、半球が最も恒星に近くなり、日照時間が最大となる)の夜に行われる、とある惑星の片田舎の行事だ。
子供たちは白く、すその長い衣服をまとい、手に手に、一本の蝋燭を立てた燭台を持ち、一様に進む。
列の先にあるのは、いつの宗教とも知れない、同じく白い布で覆われた台。
そこには、たどり着いた子供たちが置いたロウソクが、いくつもいくつも、頼りなげに炎を揺らしていた。
吹けば消えそうに。
ーーあぁ、かつて、ヒトの寿命をロウソクに喩えたのは、いかにも巧い例えだと思う。
いつ消えるか分からない、無数の炎たち。
ゆらゆら、ゆらゆら。
夏至の夜は、異界との扉がつながり、異形の者たちが人間界に遊びにやってくるのだとも云う。
ーーまったく、人間というのは、変なことばかり想像するものらしい。
「今日は一緒ではないのかい?」
きんきらきん。ーー頭の上から爪先まで。
あろうことか、祭りの"妖精の王様"を演じる気であるらしい、この男は。
「さぁ? 何のことだか」
よく見れば、年若い人間の娘たちに囲まれている。
彼女らは恥ずかし気に顔を伏せる。知らず、笑みがもれた。
「ふっ」
ひとりが気を悪くしたようにこちらを睨む。
「ああ、失礼。ーー何でもない」
なおも怪訝そうにこちらを見ている。
夏至のとある物語で、異界の王は、人間の娘をさらって嫁にする。
しかし、百年もすると人間の娘は倒れて動かなくなってしまい、彼は途方に暮れた。
『ああ、機嫌を直してくれ、ジュリエッタ。本当は親や友人が恋しかったんだろう? 私には素直に何でも言ってくれていいんだ。ーーなあ、頼むから、ジュリエッタ。目を開けて、もう一度ーー』
私に笑いかけてくれ。
王は、娘のなきがらに懇願する。幾日も、何年も。
王の嘆きは雨となり、人間の世界を覆う。
人間たちは相談し、ジュリエッタにそっくりな娘を王に差し出す。
そして説明する。
『王よ。人は、死ねばまた生まれます。ーー幾度も。
あなたの愛したジュリエッタは天に帰りましたが、これからはあなたにはこのジュリエッタがいます』
***
何度も何度も生まれてきては、同じように悩んで、恋をして、それで。
それは星の寿命からすればほんの一瞬のこと。
けど、人はその瞬間をまるで宇宙の全てのように感じる。
祭りのクライマックス、王は人間たちにこう返す。
『私の愛した彼女は、この星になってしまったのだな。ならば私は、これからは星を愛そう』
(ーー愛、ね)
心底くだらない言葉だと、思う。
***
「しるふぃど?」
舌足らずな言い方に振り返る。
ふわふわの白い毛皮。整った顔立ちの小柄な『美猫』がそこにいた。
隣には、彼女の作った機械人形。
相も変わらずどちらも美しく、それなのに地上にいるべき存在感がまるでない。
「こんばんは」
機械人形ーーセティという名のそれは、誰にでもそうするように、小さく微笑んで会釈する。
「ーーふん。"異界からの客人"が、ゲストに紛れ込んでいるってわけか」
「まぁ、そういうことニャ」
くつくつと獣人の機巧師は笑い、劇の行われている舞台を見やる。
妖精の王が、娘を抱きしめるところだった。
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