惚れ薬
惚れ薬
人間というのは、「恋の病」にかかるものなのだそうだ。
相手を想うあまり、目の前のことが手につかなくなり、他に何も考えられなくなり、食事が喉を通らなくなり、眠れなくなる。
そして、そんな不幸な病をわずらった人物が、ここに、ひとり。
寝不足の目は赤く血走り、高まった心拍数により、呼吸が荒く。
手はワナワナとふるえ、今にも雄牛でも絞め殺さんばかり。
ーーそう。彼は恋をしているのだ。
「彼女も俺のことを好きなはずなんだ…」
男は、必死で訴えた。
ごつごつとし、日に焼けた手。
短く刈った髪。ぎらぎらとした瞳。
近隣に住まう農夫だろうか。
「だけど振り向いてもらえない。いつもすげなくされるばかりで…」
手に持った藁の帽子を、男は切なそうに両手で握る。
「ど、どうか! 彼女が素直になって、俺に優しくしてくれるような薬をくれ!」
「馬鹿か? お前」
店主は冷たかった。
流れるような銀の髪は、作り物なのだろうか? そう思うほどに、美しかった。
「薬というのは、使った本人に効果を及ぼすものだ。どうやって飲ますんだ? 彼女に。嫌われているんだろ?」
「き、嫌われてなんかいない!」
農夫はむきになって言い返す。
その目じりには、涙のかけらすら浮かんでいたように見えた。
「な、なんとかして飲ませる」
「へぇ?」
銀の髪の店主は面白そうに、身を乗り出す。
「それでお前は幸せなのか? 薬で彼女の心を手に入れて?」
「そ、それは…」
男はうめく。床を見つめて、もじもじと。
「だ、だって、あいつがいけないんだ。俺がこんなに好きなのに、振り向いてくれないから…!」
「はいはい」
店主の面倒くさそうな言い方に、男はむっとして顔を上げる。
「その人物も昨日、同じ薬をもらいに来たよ。彼も自分を好きなはずなんだ、しかし優しくしてくれない、とね」
「…え?」
農夫はきょとんとまたたいた。
狐につままれたように。
「ーーさぁ、判るのか? お前の心が彼女を好きなのか、それとも薬の効果なのか。どうやったら分かるんだ? 教えてくれよ。」
「どうやったら?」
「それともーー知る必要は、ないのかもしれないがね」
再び愉快そうに、店主はニヤリと笑う。
男はきょとんとーー瞬いて。
狐につままれたように。
首をかしげながら帰って行った。
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