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銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
魔法屋、はじめました。
36/57

弟子が床に事件

朝起きたら、工房の真ん中で弟子が死んでいた。

脈はーー、取る間でもない。

瞼をひっくり返して診る間でもない。


O2(さんそ)が全身を巡っていないし、そもそも、H2o(けつえき)が巡っていない。

つまり血液の輸送機(ポンプ)たる、電気仕掛けの心臓は動いていない。

脳細胞は壊れ始めていた。

ーーもっとも、体細胞が分解に至るほどではなかったけれど。


つまり死んだーー心臓が止まったのは、24時間以内であると結論づけられた。


錬金術師は頭を抱えた。

「・・・何。お前。死ぬとか。馬鹿なの?」


死体は答えない。なぜならそれが死体であるということであり、死とはそういうことだからだ。


錬金術師はひとつ手を振りーー


「わーっ、待った待った待ってください師伯!」

その手にすがる手は、床に横たわるのとそっくりな、少年のもの。

そのことに驚くでもなく、師伯と呼ばれた錬金術師ーーシルフィドは小さく口の端を上げた。

「何? 何すると思った?」

「跡形もなく僕の死体を焼却すると思いましたっ!」

「合格。・・・まぁ、正確には『分解』だけどな」


人体は炭素骨格を持つ多数の分子に支えられている。それを分解して大気に還せばーー、水と、二酸化炭素である。

残るのは、カルシウムからなる骨のみ。


なぜこれが()くも、建造物を築き、文章を読み書きし、海を渡り、そして宇宙(そら)を渡るのかは、生物史上有数の神秘劇(ミステリー)であろう。


「うう・・・。僕は師伯にとって生ゴミと同じなんですね・・・」

しょんぼりと呟く弟子ーーローマンに構わず、シルフィドはその場にいたもう一人の男に鋭く眼を向けた。

「暇なのか? エドウィン」

「暇とも言えるし、そうでないとも言える。私は忙しいのだよ」

「アリサに振られて暇なんだろ」


シルフィドのいつもの冷たい視線の先、その街で最高導師、と称される人物は、ギギギ・・・と首を動かし、横を向いた。


「な、なぜそれを」

「明日は田中くんと出掛けるから、ってLINEで言ってましたよ」

「なぜそのグループから私だけ外されているのだね!?」

ローマンの一言に、宇宙でいちばんえらいひとは、膝を抱えて床に「の」の字を描き始めた。


「あれですよ~、やっぱ、導師は、ちょっと重いっていうか、ウザいんじゃないですか?」

「ぐさっ!」

銀河でいちばんつよくてすてきなひとは、床に膝をつき手をつき、「orz」のポーズ。あるいは、最近、ヨガでも始めたのかもしれない。


「重い・・・? どこが!!? 君のためなら宇宙をも滅ぼしてみせると言っただけなのに!?」

「重いだろ」

「重いですよね」


「重くないっ!? 君ならときめかないのかね、シルフィド! 女性に、一緒に墓に入ってあげる(はぁと)と言われたらッ!!?」

「どこにときめく要素があんだよ」

「今時、それはないですよね」


「ぐ、ぅぁぁあああああ!!!」


「落ち着けエドウィン。女なら、3分もあれば作れるだろ」

物理的に。

「それかっ!? 君が女性にときめかない理由は、それなのかっ!? 自分で作れるからなのかね!?」

なんだか妙な眼差しで寄ってくるエドウィンーーと弟子。

シルフィドは片手でそれを追い払った。

「作れたって作らないよ、面倒くさい」


雄2匹は、床を猛烈に叩いた。これが、後の世に言う、床ドンの始まりである。


「め、面倒くさいだとぉぉおおお!? シルフィド!? 謝れ! 全銀河の女体に謝罪するんだ! 今すぐ!」

「意味わかんねぇよ。(ひと)っ言もけなしてないだろ」

「そ、そうかッ!? 君は理想が高すぎるんだな!!? 女体に高度なプロポーションを求めるあまりーー!!」

「そうだったんですね師伯! 黄金比を完全に再現した素敵な女性を求めてーー」


「ンなわけあるか!!」


***


「・・・こんにち・・・、今日も賑やかね、シルフィド。どうしたの、その死体」

「導師が置いていきました。正直、処遇に困っています」

いつもの依頼人ーートリスティーナは眉をひそめた。

「分解すれば?」


「うわぁああああ、トリスまでそんなこと! 僕なのに! 僕なのにーー!!」

「でも、二人もいらなくね?」

「いらないわよねぇ」

「片方、死んでるじゃないですかあああ!!」


「電子軌道を修正すればほら」

美味しそうなケーキに。

正直、泣いた。

そして吐きそうになった。


自分の死体がケーキになる瞬間を目撃してしまった少年は、三日三晩、その再現悪夢にうなされたと云う。


「師伯の、ばかぁああああ!!!」

「悪かったから泣くな。正直、取り扱いに困る」

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音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
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