冬は好きか?
「しーはーくー」
冬である。街路はしんと静まり返り、人ひとけがない。
落ち葉すらも片づけられ、水晶の街路には、何もない。
誰の趣味なのだろう、雪だけが、こんもりと積もっている。
「どこ行くんですか。しーはーくー」
無垢な雪の上に、自分の足跡だけが、ついてゆく。吐く息は白く空に立ち上る。
飽和水蒸気圧。高温の分子のほうが運動量が大きいがゆえに、大気中に保持できる水分子が多い。
体内と外気の気温差により、見えなかったはずの水分子が、結露して白い息となる。
空は白く、どんよりと。太陽などどこにもない。
冬は、--。
好きか嫌いか、と考えようとして、そんなことに何の意味もないのだと、自分をいさめる。
宇宙の片隅のちっぽけな思考する有機体が何を、その「臓器」で演算しようと、地軸の傾きはそのままだろうし、惑星は恒星の周りを回っているだろうし、そして恒星は、その寿命を終えるまで燃え続けるだろう。
だから意味のないことだ。冬を好きでも、嫌いでも。
寒いのも、暖かいのも。
全てが意味のないこと。
しんしんと冷える中、足跡だけがただ、増えてゆく。
「師伯?」
「冬は好きか?」
尋ねれば、一瞬だけ、不思議そうな顔をしてから、飴色の髪の少年はくすくすと笑う。
「なんて答えてほしいんです?」
そんなこと訊くなんて珍しいですね、と付け加えて、少年は雪の上を駆ける。
「当ててみて下さいよ」
「……」
考える。
マッチ売りの少女は冬に死んだ。
雪女に好かれた男も冬に死んだ。
雪男を一目見たいと願うミステリー・ハンターなら、厳寒のヒマラヤにでも、嬉々として挑むかもしれない。
冬は色彩が薄い。
道行く人の衣服も、黒であったり、茶であったり。華やかな色彩を失う。
多くの花は枯れ、元気に咲くのは、ジャパニーズ・カメリアの白か濃い紅の花くらいだろう。
冬は死の季節だ。
死であり、夜であり、眠りであり、墓場だ。
動物たちは眠りにつき、広葉樹も葉をおとし眠っている。
物語と神話の季節。
「嫌いだ」
どうしようもなく、冬が嫌いだ。
「寒いし」
少年はくすりと笑う。
「じゃあ、僕は好きにならなきゃいけませんね」
「は? --なんで」
「師伯がそれ以上、冬を嫌いにならないように」
「お前がどう思うかなんて関係ない。オレは冬が嫌いだ」
***
かつて、氷の巨人は魔法使いに尋ねた。--春の女神に一目会いたい。
魔法使いは答えた。
「それは無理だな」
「頼むっす! 春の女神とか、ちょーマブいらしいじゃないっすか! 死んでもいいから、一目!!」
「意味わかんねぇよ。一目見て死んでどーすんだよ」
「アンタには、おいらのこの燃え滾るハートが理解できないんすー!!」
「理解したくねぇ」
氷の巨人は、友人たちが止めるのも聞かずに春の国に足を踏み入れ、巨きな湖となったとのことである。
その湖では今、恋人たちが舟遊びをしたり、老人と孫が釣りに興じたり、ほとりで若者たちが花を摘んだりしていると云う。
***
その湖も、冬になればまた、凍る。
「わぁ…!」
分厚い氷の上、たくさんの人々がスケートに興じていた。
「スケートで遊びに来たんですね、師伯!」
「遊ぶかよ。オレがいくつだと思ってんだお前」
「え。…さぁ」
「僕、滑ってきますね! 師伯も遊びましょうよ!」
「遊ばねぇ、つってんだろ」
雪すら舞う、厳寒の湖。
その上からは、明るい笑い声が幾重にも響いてくる。
「やれやれ。--逞しいね、人間てのは」
魔法使いは小さく、小さく呟いた。
冬企画【冬は好きですか?】ですー。
■「登場人物の誰かが、冬を好き・もしくは嫌いであること」■
もっと縛りをつけるなら、
①「冬は好き(嫌い)ですか?」
②「だから、冬が好き(嫌い)」
③「冬でなければならなかった」
のどれかを台詞、もしくは地の文に入れる。
Thanks for Reading !(*^^*)




