理由がいるなら
「しはくー」
危険な爆薬が、調合されている脇で。
「どうやったら魔法使いになれますかねー?」
弟子が尋ねるのだった。
来ていたーーというより、入り浸っている依頼人、淡い金髪と、キツネみたいな印象の美女が、ローズヒップのハーブ・ティーを傾けつつ、つまらなさそうに、一言。
「女性経験のないまま三十年以上生きると、魔法使いになれるのよね、シルフィド?」
「……トリス。僕を何だと思ってます?」
むやみやたらと丁寧な口調で問うのは、白衣の錬金術師。試験管の中には、危険な液体火薬。
「人嫌いの偏屈」
指差すトリスティーナ。
「せっかく作ってもゴハン食べてくれない人」
恨めしそうに見つめる弟子。
美人のトリスティーナの貴族的な発音と、平凡顔のローマンの庶民的な発音が重奏した。
「……」
「しはくー? しはく?」
弟子は顔をのぞき込んでみる。
師は、顔をそのまま片腕で隠して、ドアの向こうに消えてしまった。
パタン。そんな軽い音と共に木製のドアは閉じ。
ーーそのまま、3ヶ月くらい出てこなかったーーとも云う。
「師伯ーっ! 僕が悪かったですってば!」
「うっせえ。お前らになんか二度と関わらねぇ」
ドアの向こうから、声だけが返ってくる。
「ゴハン食べて下さいね~、ココに置いておきますから…」
コトリ。そんな軽い音と共に、盆が置かれる。上に乗ったリゾットは、無惨に冷めてゆく。
「ローマン、あなたね、それやめてあげなさいよ。まるでシルフィドが、いい歳して引きこもってる駄目な子供みたいじゃないの」
「えっ? でも、せっかく美味しくできたのに……」
予想だにしなかった、という顔で少年。
「というか、ね」
トリスティーナは改めてローマンをまじまじと見る。
「アナタ、何なの?」
「はっ? なに、って……」
「私、シルフィドが人間嫌いなのをよく知ってるわ。錬金術で作ったあの子だって、人間の街に住んでるわよね?」
「……。そうですね」
少し考えて、ローマンは頷いた。
「なんで、アナタはシルフィドの周りについて回ってるわけ?」
「……え? あ。僕……は」
間。
「ちょっとちょっとちょっと!? なんでそこで赤くなるのよ!?」
「赤くなってないですよ!?」
「と、っ、トリスこそ! 錬金術師はいくらでもいるのに、師伯のとこにわざわざ来るじゃないですかぁっ!? 僕がソウドを追いかけて何が悪いんですかっ!」
「べ、別に悪いなんて言ってないじゃない。ただ、純粋に気になったから……」
「ううう……」
「だからまた。何で赤くなるのよ」
「僕は…、その。師伯は恩人なんです。だから…」
「恩人?」
駄目だ。いつもは上品なトリスティーナが、今日は、単なる噂好きのオバサンにしか見えない。
「師伯ーっ! トリスティーナが怖いです! たすけてー!」
助けは来なかった。
***
だるい。身体がどうしようもなく、重い。
原因は判らないが、そんな日がある。
錬金術師は、とりあえずドアから出てみた。
「…はぁ」
ため息。めんどくさい。呼吸するのもめんどくさい。
生きているのは、面倒くさい。
「…う」
何か柔らかいものを踏んづけた。
まぁ、そこにモノがあるのは判ってはいるのだが。
術師としての知覚と、実際の身体の感覚がうまくつながっていない。
「…あ、師伯」
踏んづけたのは、床で寝ていた弟子だったようだ。なぜこんなところに。
「おはよう」
とりあえず挨拶してみる。
真夜中ーー夜明け前である。
「もう出てきてくれなかったらどうしようかと」
「ばぁか」
頭を撫でた。
「師伯。あの…」
言いづらそうに、ローマンは言葉を続ける。
「トリスティーナが妙な勘違いを……」
「勘違い?」
錬金術師は、首をひねる。
「ひ、否定しましょうよ、そこは…」
「……ああ。」
考えるのが面倒くさい。
「……理由が、要るのかな……」
「…師伯」
「オレは、ただ」
「ただ?」
「……!」
そこまで口にして、ようやく気づいたらしい。自分の発言の危うさに。
「ただ、その」
「はい」
もう、こいつがこの宇宙からいなくなるまで引きこもろう。そう決心して、シルフィドは再びドアの向こうに消えるのだった。
「師伯ーっ!? 引きこもらないで!?」
叫び声が、背後から聞こえた。
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