表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
魔法屋、はじめました。
3/57

03 イテハ ナラナイノニ

- - - Scene1


 人に愛される夢を見た、と彼は言った。


 その発言に、その場の他の三人が、同意するように深く頷いた。残る一人は、ただ彼を黒い瞳でじっと見つめた。


 三人のひとりが、さも悲しげに発言する。決して安くはないティーカップを傾けながら。何せ、そのカップはダイヤモンド(金剛石)でできているのだ。中の紅い液体が透けて見えて、さらには、カットされたいくつもの面が、動きにつれて、きらきらと光を反射する。ーー豪奢。好みはあるだろうが、これを見ると、たいていの地上の人間は顔色か、さもなければ目の色を変える。


「それはさぞかし楽しい夢だったでしょうなぁ。私も見てみたい」


 その言葉に、夢を見た本人は、切なげな笑みを浮かべた。

「ハードディスク(記憶媒体)に入れて、差し上げますよ。もちろん、主役はあなたでね。」


 別の一人が身を乗り出す。

「ぼくにもぜひ、いただきたいものだ」


「ええ、ええ。もちろんです。いくらコピー(複製)したって、劣化しないのが夢のよいところです。いいでしょう、ネットに上げておきますよ。みなさんでダウンロードして、存分にお楽しみください」


 その提案に、他の五人は、ほっとしたような笑みを浮かべた。

 気前のよい彼は、うんうん、と頷いた。


「夢は、みんなで見るものです。私の夢だって、私のところに舞い降りてきた価値があるでしょう」


 ふと、言葉の切れたそのタイミング。その場の五人目ーー末席に座り、興味があるのか無いのか、曖昧な態度で頷きながら話を楽しんでいた銀髪と黒瞳の人物は、木陰ーーあろうことか、黄金の林檎が実る神々の樹木が、品種改良され、矮小化された庭木ーーから、見知った人物が自分を手招きしているのに気づく。


 ちょっと失礼、と言いおいて、彼(便宜上、そう呼ぶことにしよう)はそちらへ歩いてくる。一瞬、それに気を取られた残る四人はーーすぐに別の話題を始めた。「どうです。あなたのところの不老不死薬の売れ行きは」「いやぁ、それがね。連中、高すぎるといって手を出そうとしないんだ。」「もったいないですね。ほんの少しの投資で、自分の未来が永遠になるというのに」「そうなんだよ。ウチの営業をしてくれている悪魔族の子にも、そこのところは強調するようにって念を押しておいたんだがねぇ」「なかなか、うまくいかないものですなぁ」



「……何だ?」

 ひどく冷めた瞳。その瞳は、決して、人を前にしては警戒心を解こうとしない。手招きしていたほうーー飴色の髪と、はちみつ色の瞳の少年が答える。


「リアちゃんが、熱を出しちゃったって言ってシスターさんがウチに来ていて」

「あァ?」


「ひぃっ!? つ、伝えましたからね! 伝えましたからね!? 僕は悪くないです!!」

 怯える『弟子』を前に、錬金術師はため息を吐く。

 ーーどうして、他人の善意に期待できるんだろう。



 『店』ーーそれは片田舎の森の端にあって、小さな畑がそばにある。村人たちはおっかなびっくりーー彼らでは解決できないことが起きると、しぶしぶ、そこに足を運ぶ。彼に任せたら、死にそうだったじいさんは、翌日、赤子になってしまった。結婚できないと泣いていた娘さんは、翌日、男になっていた。不作だった畑は、翌日から黄金が実るようになった。


 ーーやりすぎるのである。


 そこまで、求めていないのである。


 『変わり者』ーー錬金術師の仲間にも、かかわる人間たちにも、彼はそんな烙印を押されていた。


「邪魔しているわ」

「ミズ・トリスーー」


 彼が建物ーーといっても、立派なものではないーーに入ると、長いさらさらの金髪と空色の瞳の、スレンダーな美女が、ヨーロッパ中世ふうのドレスを着て、今にも壊れそうな椅子をテーブルで、しかし優雅に紅茶を傾けていたのであった。彼女のそばには、彼女が片時も手放さない白いレースの日傘がおいてある。


「お忙しいのなら、お暇するわよ」

 意味ありげにウィンクする彼女をかわしつつ、錬金術師ーーシルフィドは軽く口の端をゆがめた。


「まさか。あなたの依頼を断るなんてしませんよ。少し、待っていていただけますか?」

「もちろんだわ」


 彼女は再び紅茶の香りと色を楽しむ作業に戻り、シルフィドは奥の部屋へと歩を進めた。

 そこには、ありとあらゆる機材が置いてある。

 フラスコ、試験官。様々な大きさの、瓶。たぶん、一方の端を加熱し、他方の端を冷やすのであろう器具。


 それから、黄色い粉。青い粉。黒い粉。白い粉。緑の粉ーー。宝石の掘り出したままの原石。鋭い刃物。石を切る装置。とにかく、色々だ。誰かが見たら、物置だと思うかもしれないが、ーーそれらは行儀よく並んで、使われるのを待っているみたいだった。部屋の他の場所にはホコリが積もっているのに、ここだけは、綺麗に掃除されている。


- - - Scene2


「ねー、ねー、ソウド〜〜」

 リアちゃんはよく、彼らの家に来る。家というか、店、というか。

「ソウドは、カノジョいないのー?」

 錬金術師であるソウド・シルフィドは苦笑した。

「いないよ」

 その答えに、リアは瞳をきらりと輝かせた。


「じゃあ、あたしがお嫁さんになってあげる!」

「あはは」

「あはは、じゃなくて『はい』!」

「……はい」

 よろしい、と満足そうに頷いて、我らが小さなお嬢様は笑った。ーー人間は、嘘をつく。


   ※


「死にそうなんです。奇妙な病にかかった旅人をうちに泊めました。彼は、全身に、黒い斑点ができていて、熱が高くて、とても苦しんでーー」

 リアの住まう教会のシスターは、必死で訴えた。


「……そう」

 ぽつりと呟いたまま、奥の作業部屋へと姿を消すシルフィドの服の裾を、シスターは必死でつかむ。


「あなたしか頼れる方がいないんです! 治りますよね!? リアはーー」

 ふぅ、と錬金術師は息を吐く。シスターの顔はますます蒼くなる。

「あ、あの」

『弟子』ーーローマンが、彼女を止めた。


「大丈夫です。心配しなくて」

「ぁあああ、でも、心配だわ!」


 客人であるミズ・トリスティーナが、そのやりとりを愉しそうに眺めて、紅茶を傾けている。中の紅茶がなくならないのはーー特別製のティーカップだからである。一度、湯を注げば、紅茶が無限に出てくるという、恐るべきティーカップだ。


 彼女は、錬金術師たちの住まう『天上の街』の住人であるが、シルフィドの仕事を気に入っていて、こうして時々やってきては、何をするでもなく、茶を飲んでいったりする。時間の流れが特殊な天上の街に住まう住人は3種類。金でその居住権を買ったか、あるいは、本人が錬金術師ーー知恵の結晶である『賢者の石』を得た人間のことーーであるか、あるいは、その弟子であるか、のいずれかだ。


 紛れもなくトリスティーナは金で買った人間であった。面白いものに目がなく、そのためならば、金に糸目をつけない。


「あたしもその子が見てみたいわ」

 傘を手に、席を立つトリスティーナを、ーーしかしシルフィドが止めた。

「死にますよ」

 いつの間に戻ってきたのだろう。トリスは、少しばかり、機嫌を損ねた。


「あたしは死なないわ。不老不死の薬を飲んだもの」

 ふ、っとシルフィドが息をはく。

「偽物ですよ。エドウィンが売っているやつとお見受けします。あの街にいるかぎり、あなたは歳をとらない。けれど、不死というわけではないんです」

「……な、なんですって」

 この錬金術師は、嘘をつかない。事実しか、言わない。ーーもっとも最近は、これでもすこし、人間らしくなってきたのだが。


 トリスティーナはわなわなと震えた。

「あのケバい男……! 火炙りにしてやるわ!」

 火炙りにしたところで、本物の錬金術師ーーあるいは魔法使いーーは死なない。シルフィドは苦笑した。

 そして、背を返す。


「いこう、ローマン。興味があるだろ?」

 死ぬといって、大事な顧客は止めておいて、弟子にはこの扱いである。

「……ぼ、僕は大事じゃないんだ……。僕が死んでも代わりはいるんだーっ!?」

 嘆く弟子。錬金術師は、生ぬるい笑みでそれに応えた。


- - - Scene3


 リアちゃんはませている。

「……死んだら、天国に行けるよね……? 贅沢三昧の暮らし……チョー楽しみだー」


「落ち着け馬鹿」

 死の床で高熱に浮かされつつ、この元気。自分の妄想に冷水を浴びせる冷たい声は、彼女が待ち望んだものであった。


「しるふぃどー!!」

 がばっ!

 起き上がり、抱きつき、濃厚なキスをーー


「むぐっ!? んーんーんーっ!!」

 代わりに口の中に広がったのは、それはそれは苦い味。

 思わず吐き出そうとしてーー

 止められた。唇に。


「し、師伯」

 弟子の狼狽する声が、彼の耳の後ろで聞こえた。


「ほー、羨ましいのか。そーかそーか」

 立ち上がったシルフィドは、弟子の隣に戻る。


「し、しるふぃど、今、キスしたっ!? あたしに!!?」


 舞い上がるリアの言葉に振り返る瞳は、氷点下だった。

「してない」


「で、でもでもでもー! く、くちびるの感触が…っ!!」

 真っ赤になってうろたえる彼女を放置して、彼はさっさと部屋を、そして教会を出ていく。

 弟子は慌てて追いかけた。



「シスター。彼の『死体』はどうしたんだ?」

 尋ねる錬金術師に、彼女の表情が一瞬、こわばる。

「う、埋めました。墓地に……」

「……ふぅん」


 さして興味もなさそうに。錬金術師は踵を返す。

 シスターは叫んだ。

「せ、責めないんですかっ! 私を……。彼も助けることができた、救うことができた、って」

「過ぎたことを言っても仕方がない」

 何の感情も映さない瞳は鏡のようでーー彼女は怖くなった。


「か、彼を……、あの病の旅人も」


 振り返る瞳は相変わらず冷たい。

「生き返らせてみせようか?」

「し、師伯っ!」

 この錬金術師に倫理観はない。ただ、論理が、あるだけ。

 シスターの顔が、引き攣った。

 生き返らせる? 何を。


「冗談だよ」


 言いおいて、今度こそ、村はずれの魔法使いは、立ち去ったのだった。

 シスターはへなへなとそのまま、教会のドアの前で膝を折った。

 ーーああ。だから彼にはかかわりたくなかったのだ。

 万能など。全知など。ーー神以外に、いてはならないのに。


〔END〕

Thanks for your Read !

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ