七面鳥から宝石事件 ~後編
七面鳥から宝石事件 後編
やれやれ。これから、天上の街とやらに行って、変わり者だという貴族のために家庭料理をふるまわねばならないのか。
微妙に重い気分で、料理人は歩く。
だって、わけのわからない場所に違いないのだ。
けれど、その気分は、街に一歩降り立って、吹き飛んだ。
なんだ、これは。
宝石のようにーーいや、宝石でできた石畳。
見慣れない金属の生き物が、荷物を運んで通り過ぎてゆく。
空はどこまでも澄んで、風はほのかに花の香りがする。
人は誰もいないように、静まり返っていたがーー。
とにかく、壮麗な街の景観に目を奪われた。
「こっちですよ」
少年に案内されて、入り組んだ街路を歩く。
街路樹は、黄金と白銀でできている。その木の葉が、ひらひらと舞う。
足元に、一枚、かさりと音を立てて金箔の木の葉が降りてきた。
目を丸くして見つめていると、少年がくすりと笑ったのが分かる。
「拾うのは、自由ですよ。ここでは誰も、あなたの腕を切り落としたりしませんから」
「し、しかし、こんな高価なもの…」
「高価だって、思いますか?」
少年は、にこりとほほ笑む。
「欲しがるひとのいない黄金に、価値はありますか?」
「…え」
言葉を無くした料理人に、少年はさらに言った。
「聴く者のいない演奏に、価値はありますか? 見る者のいない絵に、価値はありますか?」
「…少なくとも、私にわかるのは、食べる者のいない料理は、寂しいということです」
少年は、にこりと笑う。
「ここでは、みんな寂しいんです。」
たどり着いた屋敷は、こじんまりとしたものだった。
というか、地上の集合住宅と変わらない造りだ。
首をかしげながら、男は階段を上る。
三階。
ドアをノックすると、住人であるらしい、金の髪の美しい女性が姿を現した。
「あら、アナタ」
「トリスさん。お客さんです。地上の珍しい料理を作ってくれます」
「まあ、本当に!!?」
急にぱぁっと表情を変え、トリスと呼ばれた美女は、料理人ーーレグを招き入れる。
内部は、想像通りにこぢんまりとしていたが、居心地の良さそうな空間でもあった。
キッチンに案内されーー。そして、持ってきた食材を使い、彼にとっては味わい慣れた料理を作り始めた。
***
「な…、んだ、これ」
シルフィドは目を疑った。
そこにあるものは、血、血、血…。
一面の血の海が広がっていた。生臭いような、ぬるりとした匂いが立ち込めている。
血はべっとりと固まり、おそらく、惨劇が起きたのは、数日以前の事なのだろう。
中を歩けば、ところどころ、固まりきっていない赤色が、ぴちゃりと跳ねた。
白い外套に、それは染みをつくる。
ふと見た壁には、何の図案だろうか、おどろおどろしい文様が血で描かれていた。
「……。」
「師伯」
いつからそこにいたのだろう。背後から声がした。
「それ、知ってます。この辺りを根城にする、山賊団の文様ですよ」
「……。」
「怒ってます?」
柔らかい声で尋ねられ、我に返る。
「…ああ。」
ひとは。
どれだけのものを望めば、気が済むのだろう。
あの空を、あの星を。あの海を。--と。
願わずにはいられないのだろうか。
「どれだけ望めば満足するんだ? どれだけ願えばーー飽き足りる?」
「果てなんかありません。無限に望み続けるだけです」
何を、傷つけても。何を、壊しても。
「…ちっ」
無関心でいればいい。我関せずで、いればいい。
***
クリスマスも明けた日。
街へ戻ってきた料理人は、安堵した。
宝石を七面鳥の胃袋に入れていたのは、盗賊団で、彼らは、討伐隊によって一網打尽に捕まったというのだ。
残念ながら、官憲からの謝罪こそ無かったがーー。街の住人たちは、彼に同情し、また、幻の街で料理をふるまい、右腕を取り戻してきた凄腕の料理人として、一躍、有名人になってしまった。
彼の店は有名になったし、実際、彼の料理も美味しかったから、これからますます、繁盛していくのだろう。
「トリス。彼の料理が気に入ったんですか?」
銀の髪の錬金術師が尋ねる。
「ええ。リゾットにパエリア。クラムチャウダーにガレット。どれも最高だったわ」
「美味しかったですよ! 師伯の分も、冷凍しておきましたから」
「ええ。食べておいたわ」
金髪の美女は、極上の笑みでそう告げた。
Thanks for Reading !




