七面鳥から宝石事件 ~前編
それは、冬の祭日。
人々は家族で集まり、食事を共にする。
数々のオードブル。
テーブルの中央で蠱惑的に光るのは、よく焼けたターキー(七面鳥)の丸焼き。
「まあ、遠慮なくやってくれたまえ」
「乾杯っ!」
招待主の言葉を合図に次々とグラスが合わされ、澄んだ軽やかな音を放つ。
灯されたいくつもの蝋燭の明かりを映して、グラスには光が、ちらちらと揺れて踊る。
室内はあたたかく、人々が脱ぎ捨てたコートは、入り口にひっそりとかけられている。
雪で濡れたブーツは、暖炉の前に。
談笑する声が、幾重にも賑やかに響き、ここそこで、和やかな笑いが漏れる。
と、突然、一角から、驚きのどよめきが上がる。
何事かと、人々はそちらに耳をそばだて、また目を向けた。
「宝石だ!」
真っ赤なルビーが、ひとつ。七面鳥の腹から転がり出てきたらしかった。
「こっちはトパーズだ!」
「私のところは、ダイヤよ!」
「ご満足いただけましたか?」
主催者は、貼りつけたような笑顔でほほえんだ。
「このような夜。奇跡が起きるのも、悪くはないでしょう?」
一瞬の沈黙のあと、歓声と拍手が巻き起こった。
主催者は照れくさそうに頭をかき、苦笑う。
よかった。奇をてらいすぎたかと心配して、昨夜は眠れなかった。
皆に喜んでもらえたようで、なにより。
彼は安堵の笑みを浮かべると、ぬるくなったワインを喉に流し込んだ。
***
ころん。
そんな軽い音と共に、七面鳥の胃袋からは、透き通ったダイヤモンドが転がり出た。
少年は、目を丸くする。
かつてなら、そのままくすねて、ポケットに入れていただろう。
何食わぬ顔をして。
それで、その金でーー。
その金で?
考えようとして、つまらない考えばかりが浮かんだことに、驚く。
それをつまらないと思う自分に、まず何よりも驚いた。
「どうしましょうね、これ」
指でそっとつまみ、台所に入る白い光に透かしてみる。
こんな大きな宝石だ。無くし主は、きっと困っているだろう。
「けど、なんで七面鳥が…?」
宝石なんか、好んで食べる鳥がいるだろうか?
結局、何食わぬ顔でそれをポケットにしまい込み、七面鳥の中に各種のハーブを詰めて、特製のタレをつけて、オーブンへ。
それきり、宝石のことは忘れてしまった。
***
さて。その頃、その七面鳥を売った店員は、未曾有の危機に直面していた。
いや、危機はすでに通り過ぎ、泣いたらいいのか、笑ったらいいのか、分からない。
腕が、落ちた。
否、切り落とされた。
「と、盗っていないーー! 俺は…、宝石なんか…っ!!」
「盗みには腕を切り落とす。相応の対価だ」
「う、うぁあああああっ」
流れ落ちる血の量に、気が遠くなる。
あぁ、このまま気を失ったら、二度と目覚めないかもしれない。
けれど、利き腕を失って、この先どうやって生きていけというのだ。
目ざめたら、知らない場所にいた。
窓辺で、銀の髪と白いローブの青年が、もの憂げに書を読んでいる。本ーー活版印刷術もコンピュータもない「地上」と呼ばれるこの場所では、本は手で書き写されるものであり、馬が一頭買えるくらい高価なものだ。
教会では、聖典を、頑丈な鉄鎖で繋いであるくらいだ。
だが、その書は、彼が教会で見た本よりもかなり薄い。
不思議に思って見ていると、右腕の痛みに我に返り、彼ーーレグは顔をしかめた。
そして、そこに再び右腕があることに、度肝を抜かした。
呆気にとられて口をぱくぱくさせていると、青年がこちらを振り返る。
「右腕は直しておいた。どうもオレたちの不手際のようだからな」
「オレ…たち?」
「聞いたことがあるだろう? 天上の街。この世の最果て。幻の街の話を」
「神の国の話か?」
「…ははっ。--ヒトはさ、結局は、不自由な体と、自分という殻からは自由になれない。--神ではないな」
「?」
きょとん、としている男の手に、青年は透明な石を載せる。
「詫びだ。--ま、このまま持っていても、地上では使い途がないようだが」
「こ、こんなもの…っ」
男は床にそれを叩きつけた。この世で最硬の宝石である。割れるはずもなく、硬質な音を立てて、跳ねた。
青年は2、3歩あるくと、無造作にそれを拾い上げる。
「要らないのか? 変わった人間だな。この宝石は、誰でも魅了するものだと思っていた」
「そんなものより…っ」
盗人という汚名を雪いでほしいと、男は訴えた。
***
「しーはーく。しはくーったら」
数歩遅れて、飴色の髪の少年がついてくる。
ま、いつものこと。
「ここか?」
青年ーーシルフィドは男の勤めている店の看板を見上げた。
描かれたものは、大きな鍋。料理屋であるらしい。
男は厨房に案内すると、少しだけ早口に、つばを飛ばしながら、身振り手振りを交えつつ、必死で訴えた。
自分はいつものように料理をしようとして、七面鳥の腹を開けたこと。
すると、料理長が警吏を呼んできて、自分が盗人にされたこと。
「それでやつら…、腕を。俺の腕を…っ」
「わかった。--で? その七面鳥は、どこから仕入れた?」
「いつもの業者に予約ができなくて…、黒いローブを着た怪しげな商人だったな。あ、いや、あんたのローブは別に怪しくないけどよ…」
「伝票は?」
男は、過去の伝票ーー木簡の積んである一画をごそごそと漁っていたがーー、日付と内容が一致したのだろうそれを持って戻ってくる。
「これだ」
「フォード村の…イグニス、ね」
「ああ。警吏が訪ねていったが、何も不審なところはなかったって…」
「どーだか」
器用に伝票を手のひらの上でくるりと回し、青年はそれを懐にしまい込む。
「借りるぞ。--ああ、そうだ。クリスマスの間は暇だろ? オレの知人が、腕のいい料理人を探していた。変わった晩餐をしたいと言っていたから、アンタのおふくろの味でも再現してやったら、泣いて喜ぶと思う」
「生誕節のディナーは七面鳥だろう? それに、天上人の口に合う料理なんて俺には作れそうにない」
「いや、だから、変わり者なんだ。」
青年は、くつくつと笑う。
「永く生きすぎて退屈しているからな。ローマン。案内してやってくれ」
「えー、でも」
袖を引かれて、青年が不審そうな顔をする。
「クリスマスは一緒にいてくれるって、約束したじゃないですかー」
「ばぁか。そういうのは、恋人にでも言えっての」
「だ、だって。しはくー」
声を後ろに、ドアを閉じる。
筆跡? 使われたインク? 指紋? 同位体組成? 何を追えばいい?
何を、観ればいい?
村の位置。座標。空間。物質。
つまりその全て、を。
青年の姿は掻き消え、少年と料理人はあとに残された。
「もー…」
溜息を吐く少年を、料理人は見て笑う。
「どういう関係なんですか?」
「師伯は、恩人なんです」
間をおかずに、少年は応じた。
「でも。放っておけないんですよ、あのひと」
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