人妻って
「師伯。人妻っていいですよね!」
満面の笑顔である。訳が分からない。
「意味が分からん。人妻の何がいいんだ」
「えー、だって見て下さいよコレー」
その目すら向けていないのに、いかがわしい本が突然に発火した。ーー酸化反応。
「熱ッ!? 熱いです熱いです!!」
「…。なら、離せよ」
呆れた根性である。
***
「…アラ。この間、落ちていた本はそういうわけだったのね」
てっきり、性愛に目覚めたと思っていたのに、とミズ・トリスティーナ。
ややつり目の美人だが、感情表現の豊かなほうでもないので、その意図は、やや読みづらい。
錬金術師ーー師伯ことシルフィドは息を吐く。
「からかうのはやめて下さい。ーーあまり公にすることでもありませんが、僕は『人間』じゃない」
試験管の中の液体の色味を、光に透かして見つつ、さらりとそんなことを言う。
ミズ・トリスはさらりと笑った。
「そうね。きっとそういうことを言いたいお年頃なのね。わかるわ」
微妙に、憐憫の眼差し。目尻をレースのハンカチで押さえたのは、何故だろう?
(わかられても…)
試験管の中身は、ちょうど中性。淡い淡いブルー。
OH-(水酸化物イオン)とH+(水素イオン)はバランスが取れている。
「…。まあ、どっちでもいいんですがね」
興味ないし。
最後の仕上げ、別の瓶の銀色の液体をスポイトで取り、ぽとりと落とす。
すると試験管の中身は、鮮やかな虹色に変わった。
中身はーー
手近にあった余りの空瓶に
それを詰めつつ、シルフィドは問う。
「何に使うんです? こんな品」
ふふふ、とトリスティーナは意味ありげに笑む。ーー口元を翠の扇で隠して。
彼女は淡い金の、まっすぐな髪。淡い淡い、ブルーの瞳。まるで人形のよう。
ーーもっとも、彼女は錬金術の街のーー永遠の都の住人だ。本当に人形でもおかしくはない。
いつもの依頼人ーートリスティーナが帰り、ドアの向こうに姿を消すと、入れ替わりに台所のほうから、足音。
シルフィドは半分だけ振り向いた。
「そんなに苦手なのか。」
「苦手です。あの人、性格キッツイじゃないですかー」
「そうかね?」
首をひねるシルフィド。
「で?」
笑顔である。
「人妻の何がそんなにいいのか説明してみせろよ?」
(そんなに好奇心満々に尋ねられたら、僕はどうすればーー)
弟子、ことローマンの背筋を冷や汗が流れ下った。
Thanks for reading !
そういうおとしごろなんですよ、見逃してあげてェ!!( ; ゜Д゜)




