Macines-- Side B【機械と雨と】
①機械と雨と
「ボクは、認めない」
歯ぎしりをしそうなほど歯をくいしばり、彼女は言葉を吐き出した。
「人形たちは『剣』じゃない。ひとを傷つけるために生まれてくるなんてーーそんなの。そんなの…っ!」
悔しい。
力が欲しい。
なんて無力。
「ボクは認めない!!」
雨は、降り注ぐ。
彼女たちに、意思はない。願いもなく、祈りも。空腹も、渇望も、涙もない。
あるのはーーただ。
冷たい刃が、空を薙ぐ。
ガラスの瞳は、赤外線センサー。温度を、体温を、認識する。ーーそして、奪う。ソレが冷たい骸になるまで。
「認めない!!」
雨は、流れる。顔を、頬を、まつげを、髪を、首筋を、腕を、脚をーー心を。
ーー否。
機巧師ミアキスは、顔を上げる。
「赦さない。あいつ…!」
「バカ」
「っなッ!?」
不意に耳元で聞こえた鈴のような声に、耳を押さえ、あわてて跳びすさる。その動きは、敏捷な猫そのもの。
ただ、目の端には、雨のしずくとも、涙ともつかないものが、視界を乱しているが。
拳を固めたミアキスは、その拳を降り下ろせなくなって、固まった。
「ーー憎むのは、親だけでいい。ーー断ち切るのは。」
「…シルフィド?」
猫娘が不思議そうに見上げる視線を、銀の錬金術師は、手でさえぎった。
「それで、お前さんが誰かを傷つけるためのモノを作るのか? それは、本末転倒だ」
「だ、だって…」
猫娘の尻尾が、丸くなり、脚の間に隠れて見えなくなる。
「許せないよ!」
「……」
「シルフィドは平気!? 自分の作った薬が、毒殺に使われたら!? 自分の作った金づちが、殺人に使われたら!?」
シルフィドは無表情のまま、言葉だけを返す。
「オレに感情なんかない。ーー平気だ。気にならない」
「…、ほんとに?」
ミアキスは目を丸くして、まじまじと、銀の術師を見詰めた。
彼は照れたように視線を逸らす。
「少なくとも、そう思い込むことはできる」
ミアキスが、生暖かい視線で微笑む。
「…なんだよ」
気まずそうに、銀の術師はうめく。
猫娘は、にやにやと笑う。
「そっかー、そっかあ♪」
「うるさいな」
シルフィドは、そっぽを向く。
「心は、誰かが認めなければ心にならない。」
「ボクは、彼女たちに心を認めているよ。」
ミアキスは呟く。
二人の術師は、機械の群れと向き合う。
②銀の腕
「不具は王には、なれぬ」
彼の右腕は、煌めく銀の腕だった。
王になる野心はないのか、と尋ねる機巧師に、答えたフィンの顔は誇り高く、一分の曇りもなかった。
術師は小さく、吐息する。
(だから、あんたみたいなのが王になるべきだって)
思いつつも、口では、別の言葉を口にする。
「その腕ーーロザミオの腕の調子は、どうだい?」
ふん、と黒髪の騎士は鼻を鳴らす。
「悪かったら、こんなに武勲を立てているものか」
「ーーふぅん?」
二足歩行する白い猫ーー機巧師ミアキスは、腕を組んだ。
「じゃあ、なぜ呼んだんだい?」
彼女は、テーブルに置かれたクッキーに手を伸ばす。
絶妙の焼き加減。砂糖の甘さと、小麦粉の繊細な舌触り。
「ん~っ、おいしいッ! しあわせ! 大好き!」
「…何をだ」
「もちろんクッキーだよ、決まっているじゃない」
それより、と獣人は目を細める。
「彼の作品はどうだい?」
ちっ、と舌打ちをしてーー騎士は吐き捨てる。
「最悪だ」
剣か、友か。機械に対する、研究者の姿勢には、主に二通りあると思われる。
合理的な殺戮機械。はたまた、愛くるしい目玉の、丸いフォルムの、ヒトとしゃべる機械。
どちらが良いとか、悪いとか。そんな議論は無意味かもしれない。
誰が止めようと力は正義だ。正しい者が勝つのではなく、勝った者が正しいのだーー何時も。
「先日、一個大隊が、壊滅的な被害をこうむったらしいが」
ミアキスは苦笑する。
「彼は気まぐれだ。気まぐれにしか動かない。むしろ、君たちの敵でなかったのは天運だよ、フィン」
騎士は、不思議そうに首をひねる。
「ただ、誰も死んでいない。武装も兵器も、ほとんどが機能しなくなっていたらしい」
「彼らしいね」
ミアキスは肩をすくめ、またクッキーを口に放り込む。
銀の腕は、彼の誇り。




