Macines-- Side A【雨の日曜の午後の永遠】
①雨の日曜の午後の永遠
「退屈する、というのは大事な機能だよ」
第三位の錬金術師ーー機巧師 "銅の"ミアキスは、その二足歩行する白い猫の姿でーー、猫の鬚を、手で撫でた。手には残念ながら(!?)肉球はなく、毛深い、ヒトに似た手だ。
身長は人間の子供くらい。街にでると、ご婦人や子供に大人気。獣人である。
顔立ちは、猫そのもの。真白い中に、ところどころ、茶色い筋が混じっている。
ピンクの鼻は、何かの匂いを嗅ぎ付けたのか、ひくひくとかすかに動いていた。
向かいで、ゴシック調の椅子に腰かけた、波打つ金の髪の男性が、コーク飲料の入ったグラスを傾ける。なお、この飲料の製法は、今もって秘法である。我々には、数リットル分の製品を、いくばくかで購入することができるのみ。
ミアキスは続ける。
「退屈だから、何か楽しいことを考える。退屈だから、何かやってみようって気になるんだ。ーーキミがそうかは、ボクは知らないけれどね」
えへへ、と笑い、猫の獣人は、小皿に入っていたニボシをぽりぽりとかじる。
コークとニボシーー彼女がこの世で愛するふたつのもの。
額にはゴーグル、猫の姿。そして、ゴシック・ロリータ風の衣服、しかし、スカートではなく、短い丈の上衣をベルトでとめた下は、提灯ぱんつとも渾名される、ひらひらのパンツであった。
後ろでは、ふさふさの白と茶色のしっぽがひとつ、右にぺたり、左にぱたりと、ときどき、動く。
「彼女の花屋は、今日も順調さ。何か買っていくといいにゃ、エドウィンの坊っちゃん」
坊っちゃん、と言われて眉をしかめたエドウィンは、まだグラスに半分ほど残っているコークを、ちびちびと傾け続けた。
ーー元より、永遠。
この金髪の、彫りの深い顔立ちの人物はーー、不老不死である。時間を持て余し、退屈にかけては、並ぶところのない達人だ。
「こんな格言があるな。"雨の日曜日の午後をもてあます人々が、なぜ永遠を望むのか?"と」
獣人ミアキスは、ぽりぽりとニボシをかじり続ける。
「それはナンセンスだね、エドウィン。けど、時間って、お金みたいなものさ。無いと不安だし、いくらあっても、困らない。だけど、実際にいっぱいあると、ちょっと持て余しちゃうーーってかんじじゃない?」
ぽりぽり。
「ーーうむ。酔いが回ってきたなーー」
ごくごく。
「エドウィンさん。さも当然のようにアルコールを生成するの、やめなよ。すでにもうアセトアルデヒド臭がするにゃ」
ぽりぽりと、ニボシ。
「いいだろう? 別に、減るものでもない」
ぐびぐびと、コーク。
以上、雨の日曜の午後の永遠を持て余す、二名の暇人の会話であった。
②キャラ弁を三時間かけて
「こんにちは! いらっしゃいませ!」
いつものあの子! 少し初老の域にさしかかった女性客は、思わず、知らず、顔をゆるめていた。
「いつものデイジーでよろしいですか? 今日は、オレンジ色の薔薇も入っていますよ!」
「あら…、本当?」
花が必要だなんて、嘘。
もちろん、居間に、玄関に、寝室に飾った切り花は、心を豊かにしてくれる。
ーーだけど、本当の望みは、この何気ない会話なのかもしれないと、最近の彼女は考えている。
「それじゃ…、デイジーと、薔薇と、両方ね」
「はいっ! ただいまご用意いたしますね!」
にこにこと、花屋で働く少年は笑顔で、手早く花をまとめていく。
やがて、ひとつの花束になった。
「ありがとう」
「いえいえ! 地上のお孫さんは、お元気ですか?」
「ええ、ありがとう。最近は、生意気覚えちゃってねぇ。アタシの好きなフィギュアスケートの選手のこと、『きらい! きらい!』って。かーわいくないのよぉ」
「あははっ、好かれてますねぇ。焼き餅ですよ」
花屋を出て、いつものスーパーで卵とパンとミルクと…。
彼女は歩く。
ふと、白い外套と、フードを目深に被った人物とすれ違った。
あまりに存在感がないので一瞬、見逃しそうになりーー
けれど、花屋のあの少年が呼ぶ声が聞こえたから。
「師伯?」
「昼ごはん」
「…えっ?」
きょとん、と目をまたたいた少年は、差し出された包みを意外そうに受けとる。
「…師伯が? お弁当作ったんですか?」
「キャラ弁だ」
意外にも程がある。
「なんと、あの有名キャラクターが立体で動く。喋る。歩く」
「食べられませんよ!?」
やりとりを背中で聞きながら、買い物のリストをもう一度、頭の中で繰り返す。
(…、あ。キャラクターのお弁当? 作ってみようかしら。ふふ)
海苔と、胡麻と、タマゴとーー。
③フシギ↑↑←→←→BA
彼女は、機械である。
彼女の感情は、イチと、ゼロ。
報酬、というイチ。ーーこれが喜び。
無報酬、のゼロ。ーーこれは嬉しくない。
無報酬、で、さらにもうひとつ、ゼロ。これは、嫌悪。
イチ、イチ、イチ、イチは、"とってもしあわせ"。
ーーいちいちコトバに直さなきゃいけないなんて、人間って面倒ーーと、果たして彼女は思うのか。それは、本人のみぞ知る。
造り主にして持ち主の最近の趣味は、フランス人形みたいな、ふりふりひらひらの人間用の衣装である。
だから、というべきか、彼女は当然のようにそれを着せられて大人しくしている。
「いらっしゃいませ、こんにちは」
首の空気アクチュエータは、いつもと変わらず滑らかに動いた。人工声帯は、流暢にしゃべり、ガラスの瞳を覆うシリコンの目蓋は、頬は、さも人間のような表情をつくる。
彼女は、自分を認識する自分をーー意識を、ココロを、語られる自分を、影 を持つ。
そのフィードバックは、彼女の次の行動を生み出す。
「ローマン」
「は、はいっ?」
亜麻色の髪と薄茶の瞳の店員が、彼女を振り返る。
「休憩にしましょう。紅茶を淹れます」
「あ、僕がやりますよ! セティさんは休んでいて下さい」
休む? 彼女は首をひねる。
「休む、とは、どのようなことを指すのですか? それは、わたしに必要なのですね?」
「や、休むっていうのは…」
だらーんとして、何もしないこと。
少年は内心で冷や汗。
「とっ、とにかく! また紅茶にコーラ入れられるの嫌ですから!」
ゼロ、ゼロ、イチ。
機械人形は納得した。
「マスターは、あれがすき。店員その2は、あれがきらい」
「データベースを更新しました」
にこりと、微笑むと、この店員は赤くなる。
造り主はこんな反応は、しない。
これは"不思議"だ。フシギは、イチと、ゼロと、イチと、ゼロ。
彼女は、再びにこりと笑う。
フシギは喜びに繋がっていて、喜びはしあわせに繋がっている。
そう、回路が組み立てられている。
これは、報酬。だから、もっとやる。
そういうふうに、できているから。




