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銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
魔法屋、はじめました。
23/57

Macines-- Side A【雨の日曜の午後の永遠】

①雨の日曜の午後の永遠


「退屈する、というのは大事な機能(こと)だよ」

第三位の錬金術師ーー機巧師 "銅の(ザ・コッパー)"ミアキスは、その二足歩行する白い猫の姿でーー、猫の(ヒゲ)を、手で撫でた。手には残念ながら(!?)肉球はなく、毛深い、ヒトに似た手だ。


身長は人間の子供くらい。街にでると、ご婦人や子供に大人気。獣人(けものびと)である。


顔立ちは、猫そのもの。真白い中に、ところどころ、茶色い筋が混じっている。


ピンクの鼻は、何かの匂いを嗅ぎ付けたのか、ひくひくとかすかに動いていた。


向かいで、ゴシック調の椅子に腰かけた、波打つ金の髪の男性が、コーク飲料の入ったグラスを傾ける。なお、この飲料の製法は、今もって秘法である。我々には、数リットル分の製品を、いくばくかで購入することができるのみ。


ミアキスは続ける。

「退屈だから、何か楽しいことを考える。退屈だから、何かやってみようって気になるんだ。ーーキミがそうかは、ボクは知らないけれどね」

えへへ、と笑い、猫の獣人は、小皿に入っていたニボシをぽりぽりとかじる。


コークとニボシーー彼女がこの世で愛するふたつのもの。


額にはゴーグル、猫の姿。そして、ゴシック・ロリータ風の衣服、しかし、スカートではなく、短い丈の上衣をベルトでとめた下は、提灯ぱんつとも渾名される、ひらひらのパンツであった。

後ろでは、ふさふさの白と茶色のしっぽがひとつ、右にぺたり、左にぱたりと、ときどき、動く。


「彼女の花屋は、今日も順調さ。何か買っていくといいにゃ、エドウィンの坊っちゃん」

坊っちゃん、と言われて眉をしかめたエドウィンは、まだグラスに半分ほど残っているコークを、ちびちびと傾け続けた。


ーー元より、永遠。

この金髪の、彫りの深い顔立ちの人物はーー、不老不死である。時間を持て余し、退屈にかけては、並ぶところのない達人だ。


「こんな格言があるな。"雨の日曜日の午後をもてあます人々が、なぜ永遠を望むのか?"と」

獣人ミアキスは、ぽりぽりとニボシをかじり続ける。


「それはナンセンスだね、エドウィン。けど、時間って、お金みたいなものさ。無いと不安だし、いくらあっても、困らない。だけど、実際にいっぱいあると、ちょっと持て余しちゃうーーってかんじじゃない?」

ぽりぽり。

「ーーうむ。酔いが回ってきたなーー」

ごくごく。

「エドウィンさん。さも当然のようにアルコールを生成するの、やめなよ。すでにもうアセトアルデヒド臭がするにゃ」

ぽりぽりと、ニボシ。

「いいだろう? 別に、減るものでもない」

ぐびぐびと、コーク。


以上、雨の日曜の午後の永遠を持て余す、二名の暇人の会話であった。



②キャラ弁を三時間かけて


「こんにちは! いらっしゃいませ!」

いつものあの子! 少し初老の域にさしかかった女性客は、思わず、知らず、顔をゆるめていた。

「いつものデイジーでよろしいですか? 今日は、オレンジ色の薔薇も入っていますよ!」

「あら…、本当?」

花が必要だなんて、嘘。

もちろん、居間に、玄関に、寝室に飾った切り花は、心を豊かにしてくれる。


ーーだけど、本当の望みは、この何気ない会話なのかもしれないと、最近の彼女は考えている。


「それじゃ…、デイジーと、薔薇と、両方ね」

「はいっ! ただいまご用意いたしますね!」


にこにこと、花屋で働く少年は笑顔で、手早く花をまとめていく。


やがて、ひとつの花束になった。


「ありがとう」

「いえいえ! 地上のお孫さんは、お元気ですか?」

「ええ、ありがとう。最近は、生意気覚えちゃってねぇ。アタシの好きなフィギュアスケートの選手のこと、『きらい! きらい!』って。かーわいくないのよぉ」

「あははっ、好かれてますねぇ。焼き餅ですよ」


花屋を出て、いつものスーパーで卵とパンとミルクと…。


彼女は歩く。

ふと、白い外套と、フードを目深に被った人物とすれ違った。

あまりに存在感がないので一瞬、見逃しそうになりーー

けれど、花屋のあの少年が呼ぶ声が聞こえたから。


「師伯?」

「昼ごはん」

「…えっ?」

きょとん、と目をまたたいた少年は、差し出された包みを意外そうに受けとる。


「…師伯が? お弁当作ったんですか?」

「キャラ弁だ」

意外にも程がある。

「なんと、あの有名キャラクターが立体で動く。喋る。歩く」

「食べられませんよ!?」


やりとりを背中で聞きながら、買い物のリストをもう一度、頭の中で繰り返す。


(…、あ。キャラクターのお弁当? 作ってみようかしら。ふふ)


海苔と、胡麻と、タマゴとーー。


③フシギ↑↑←→←→BA


彼女は、機械である。

彼女の感情は、イチと、ゼロ。

報酬、というイチ。ーーこれが喜び。

無報酬、のゼロ。ーーこれは嬉しくない。



無報酬、で、さらにもうひとつ、ゼロ。これは、嫌悪。


イチ、イチ、イチ、イチは、"とってもしあわせ"。


ーーいちいちコトバに直さなきゃいけないなんて、人間って面倒ーーと、果たして彼女は思うのか。それは、本人のみぞ知る。



造り主にして持ち主の最近の趣味は、フランス人形みたいな、ふりふりひらひらの人間用の衣装である。


だから、というべきか、彼女は当然のようにそれを着せられて大人しくしている。


「いらっしゃいませ、こんにちは」

首の空気アクチュエータは、いつもと変わらず滑らかに動いた。人工声帯は、流暢にしゃべり、ガラスの瞳を覆うシリコンの目蓋は、頬は、さも人間のような表情をつくる。


彼女は、自分を認識する自分をーー意識を、ココロを、語られる自分を、(ゴースト) を持つ。


そのフィードバックは、彼女の次の行動を生み出す。


「ローマン」

「は、はいっ?」

亜麻色の髪と薄茶の瞳の店員が、彼女を振り返る。

「休憩にしましょう。紅茶を淹れます」

「あ、僕がやりますよ! セティさんは休んでいて下さい」

休む? 彼女は首をひねる。

「休む、とは、どのようなことを指すのですか? それは、わたしに必要なのですね?」

「や、休むっていうのは…」


だらーんとして、何もしないこと。


少年は内心で冷や汗。

「とっ、とにかく! また紅茶にコーラ入れられるの嫌ですから!」

ゼロ、ゼロ、イチ。

機械人形は納得した。

「マスターは、あれがすき。店員その2は、あれがきらい」

「データベースを更新しました」

にこりと、微笑むと、この店員は赤くなる。

造り(マスター)はこんな反応は、しない。

これは"不思議"だ。フシギは、イチと、ゼロと、イチと、ゼロ。


彼女は、再びにこりと笑う。

フシギは喜びに繋がっていて、喜びはしあわせに繋がっている。


そう、回路が組み立てられている。


これは、報酬(よいもの)。だから、もっとやる。

そういうふうに、できているから。

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音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
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