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銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
魔法屋、はじめました。
22/57

お婆さんのことは、僕が幸せにしてみせますからっ!?

彼女はいつも、にこにこと笑っていた。

とある街の教会の前。

なぜだかいつも、そこにいた。

晴れの陽も、雨の日も、椅子を置いて、籠を置いて、籠の中には、山のような毛糸。

いつも真白い糸で、何かを編んでいた。セーター。マフラー。手袋。帽子。靴下。それから…。


「おやおや、ぼうや。飴をあげようねぇ」

石畳の上で転んだ。起き上がるのとほとんど同時。しわくちゃの手に何かを差し出されて、少年(ローマン)はそちらを見た。

「お婆さん。それは、石…ですよね?」

「どうしたんだい、ぼうや。飴、いらないのかい?」

少々不機嫌そうに、老婆は言う。

少年はしぶしぶ、ごつごつとした石ころを受け取った。

舐めるわけにもいかないので、ポケットにしまいこむ。


教会の鐘が鳴った。ーーもうすぐ、陽が暮れる。

斜陽は、教会の鐘楼を朱に染め、老婆の笑顔はどこか、この世のものにも見えない気がした。

「…あの、飴、ありがとうございます。もうすぐ陽が暮れますから、お婆さんも早く帰ったほうがいいですよ」

「そうだねぇ。帰る場所があればねぇ」

「…え」

彼女は、にこにこと笑っていた。


***


「…ただいまー…」

こそこそ、とローマンはあばら家に入る。

外見は質素な木製の小屋であるし、実際もそうであるのだが、(あるじ)は割と普通じゃない。

スープがまだあったはずーー

こそこそと、台所へ。

物音を立てぬように、スープを木の深い器にそそぐ。


「あ。そうだ、それと、パンも…」


スープをぺちゃぺちゃと舐め、パンをむさぼり食う老婆。

スープは床に飛び散り、なぜか途中で飽きたのか、老婆は、パンの残りをぽいと投げ捨てた。


「あ~、もう。」

ローマンは床を拭き、掃く。

その間、老婆は我関せずと、編み物を続ける。


陽はとうに暮れ、辺りには宵闇が満ちている。

月もなく、真っ暗な森。


街からは少々、距離があるので、炊事の明かりも見えない。

真っ暗、である。ローマンは蝋燭を灯した。獣油の臭いが立ち上る。


老婆は編み物を続けている。

火の明かりが、ゆらゆらと揺れる。それにつれて、二人分の影も踊る。


「お婆さん、家は…」

「侍従長、飯はまだかいね? お腹と背中がくっついてしまうよ…。まったく」

「さっき食べた…、しかも捨ててましたよね?」

「…まったく。これだから最近のメイドはなってない。これなら、犬にでも給仕させたほうがマシだよ!」

「そ、そうなんですか…」

相槌を打ちながら、家の主の帰りを待つ。

待つーーが。

「あぁ…、数日くらい帰ってこないのかも…」

飲まず食わず眠らずでも、何ともない人物である。どこで何をしているのやら。


いつの間にか、うとうととしていたらしい。

呻く声で、目が覚めた。

「お、お婆さん?」

彼女は、獣のように、魔獣のように、呻く。

「ど、どうしたんですか? どこか苦しいんですか?」

「あぁぁああ、あぁああああ」

「うるせぇな」

耳慣れた、声。

「あぁぁああ、師伯!」

呻き続ける老婆、片耳を塞ぐ白外套の錬金術師、そしてそれに駆け寄る弟子。


「…犬とか猫なら分かるけどさぁ」

「だ、だってだってだって! 放っておけないじゃないですかぁ!? 捨ておばあさんですよ!」

ふ、と術師は吐息する。

「以前の人格を修復しろとでも? 無理だね。新しく作るならともかく」

「おばあさーん、おばあさーん、お名前はー?」

「よし子さーん! 飯だよ! 飯はまだかい!?」


「…うっせえなぁ」

「人でなしー!」


呻き続ける老婆。非難する弟子。ついでに言えば、抱えている厄介な仕事。

「なんでババアを拾ってくんだよ! オレに関係ないよな!?」

「ないですけど。ないですけど…っ!」


「ほ、放っておけなくて…」

「お人よしにも程があるわっ!?」

瞬間、老婆は、糸の切れた人形のようにふつりと、喚くのをやめ、猫のように丸まって眠り始めた。

優しく毛布をかけるーーわけではなく、シルフィドはそこにあった老婆の持ち物ーー真白い大量の毛糸を彼女の上へ。

「あぁあああ、お婆さんが毛糸に埋もれて眠れる美女…。」



コイツは、錬金術師を何だと思っているんだ、とシルフィドは思う。

「彼女の元の住まいは、王宮の離れだ」

「…えっ?」

「ーーけど」

シルフィドは視線をそらす。

「戻れないだろうな。彼らが捨てたんだ」


「捨てた…って、お婆さんを?」

「ああ。体裁が悪いだろ。さっきみたいなうめき声が、王宮から夜な夜な聞こえてきたら?」

「そ、そりゃあ…。」

ローマンは頷いた。でも、釈然としない。

「だ、だって…でも」

何かを嘲るように、術師はわらう。

「そういうものだろ」

「…う」


ローブの端を掴まれた。

ーーああ。やめろ、ソレ。


「何とかしてあげて下さい」

「無理」

「だ、だって。お婆さんが可哀想です…!」

「……。」


"可哀想? 彼女は何も感じていないさ"ーーどれだけ、そんな言葉が喉を衝いて出そうになったことだろう。でもーー違う。彼女には、ちゃんと感情はある。


「…あのさ」

弟子に目線を合わせる。

「はい」

「オレは、すべての答えを知っているわけじゃない。ーー お前も、考えてくれないか?」

「…師伯」


卑金属を金に変える。不老不死の秘薬を作る。

「ーーそれなのに、笑えるよな。ひと一人、幸福にできない」


錬金術師は、静かにそう吐き捨てて、白い毛糸に埋もれて眠る老婆を顧みた。

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音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
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