ドラゴンと、絵と③ 3/3
街が燃えていた。
立ち上る炎は湖に移り、倍も赤く見える。
それを見ている人影がひとつ。
「…あの、阿呆。焼き捨てるとか…」
ゾンビを、である。厳密には、ゾンビ化した人間を、である。
後日、きんきらきんのあの派手男を問い詰めたら、「一般人を不老不死にする薬を作ってみたんだが、いやぁ、不完全だったらしくてね。失敗、失敗」と、悪気なく笑っていた。
いくら物質を自由に操れるとはいえーー。
あの派手野郎のほうが、その作業容量が桁違いなのである。
ーー逆らうと後がつまらない。
「…ちっ」
人命救助? 5人くらいであきらめた。助かりたきゃ勝手に助かればいい。
元より、そこまで善人になりたいわけでもない。
その時、ふと、気づく。
異和感。
ドラゴンだ。
ドラゴンというのは、縄張り意識の強い生き物であり、この街に降りてくる可能性のあるドラゴンといえば、一頭しかいなかった。
「…あの、馬鹿!」
「じゅ、術師様!? 火の中に飛び込んだら死んでしまいます!?」
「いやいや、錬金術師(=異端の魔術師)ってのは、火であぶっても死なないものだと、審問官様がおっしゃっていたが…」
シルフィドの後ろで交わされる会話。
「ファゴット!? 何してる!」
巨大な石造りの倉庫の中、巨大なドラゴンが、牙のある口に絵画を2、3枚くわえ、手に4、5枚持ち…、そして途方に暮れたようにしていたのを、飛び込んできた術師を見るなり、ぱぁっと顔を輝かせた。
「ヒトの子! ああ、よかった。ねぇ、手伝ってよ。僕の絵が燃えちゃいそうなんだ」
「な・に・を・してるかって聞いてんだよこの阿呆! どうしたいんだよテメエは!? 絵を売ったり、かと思えば燃やしたくないって言ったり…!」
頭をかきむしらんばかりにして尋ねる術師に、ドラゴンは目をまたたく。
「わからない?」
「わかんねぇよ!?」
「僕はね」
ファゴットは、火を消そうと羽根で叩きながら、言う。
「色んな人に僕の絵をみてほしかったんだ。だって、絵を売ったら、色んな人に見てもらえるんでしょ?」
「…う」
「ちょっと息を止めてろ」
「?」
ドラゴンは、一度、すぅ、と息を吸い込むと、言われた通りに、呼吸を止めた。
その瞬間。
炎が一瞬で掻き消え、種々様々な商品の保管されてある倉庫の中には、静寂と闇が落ちた。
「…もういいぞ」
「何をしたの? ヒトの子」
「説明してもわかんないだろ。」
酸素を窒素に変換し、炎をーー酸化反応を止めた。そののち、窒素を再び酸素に換えたのである。ーー手品のように。
ぶすぶすと黒い煙を上げる絵を、ドラゴンは愛おしそうに羽根でなでた。
小窓からの薄明りの中、キャンバスの下のほうには、コマドリの父親の姿が見える。
「あ~あ…、焼けちゃった」
「……。」
****
陽は沈み、陽は昇り、月が沈み、月が昇る。何度も。
「ヒトの子!」
「その呼び方をやめろ、というのに」
棲み処である洞窟の真ん中で、人間用の、彼には小さな絵筆を、器用に握っていた巨大な生き物が、嬉しそうな声を上げた。
「見てよ。黒毛皮の商人がね、今度は、こんなものを持ってきてくれたんだ」
「…ピアノ?」
「彼女はクラヴィーアって呼んでいたよ。この小さい板を押すとね、綺麗な音色で鳴くんだ。どういう仕組みなんだろう。分解してみようかな?」
「…。ま、あんたの持ち物なんだし、好きにしたら」
「うん! ああ、それとね、今度彼女とーー」
「はぁっ!?!?」
びっくりな結末だった。彼の棲み処には、何にも使えない無駄な内装用品が、今も積みあがっている。
ドラゴンを伴侶に選んだ無謀な商人は、彼の絵を売っては、その無駄なインテリアを増やし続けた。
彼の洞窟からはときどき、音楽が流れてきたし、浮かれ騒ぐ近隣の農民の陽気な声も聞こえてきた。
ーー実に意外な結末だがーー、まあ、そんなこともあるのだろう。
絵の好きなドラゴンと、金銀より、絵画に価値を見出した物好きな人間とは。
末永く幸せに暮らしたそうである。




