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銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
魔法屋、はじめました。
21/57

ドラゴンと、絵と③ 3/3

街が燃えていた。

立ち上る炎は湖に移り、倍も赤く見える。


それを見ている人影がひとつ。

「…あの、阿呆(あほ)。焼き捨てるとか…」

ゾンビを、である。厳密には、ゾンビ化した人間を、である。

後日、きんきらきんのあの派手男を問い詰めたら、「一般人を不老不死にする薬を作ってみたんだが、いやぁ、不完全だったらしくてね。失敗、失敗」と、悪気なく笑っていた。


いくら物質を自由に操れるとはいえーー。

あの派手野郎のほうが、その作業容量が桁違いなのである。


ーー逆らうと後がつまらない。

「…ちっ」


人命救助? 5人くらいであきらめた。助かりたきゃ勝手に助かればいい。

元より、そこまで善人になりたいわけでもない。


その時、ふと、気づく。

異和感。


ドラゴンだ。

ドラゴンというのは、縄張り意識の強い生き物であり、この街に降りてくる可能性のあるドラゴンといえば、一頭しかいなかった。


「…あの、馬鹿!」


「じゅ、術師様!? 火の中に飛び込んだら死んでしまいます!?」

「いやいや、錬金術師(=異端の魔術師)ってのは、火であぶっても死なないものだと、審問官様がおっしゃっていたが…」

シルフィドの後ろで交わされる会話。


「ファゴット!? 何してる!」

巨大な石造りの倉庫の中、巨大なドラゴンが、牙のある口に絵画を2、3枚くわえ、手に4、5枚持ち…、そして途方に暮れたようにしていたのを、飛び込んできた術師を見るなり、ぱぁっと顔を輝かせた。


「ヒトの子! ああ、よかった。ねぇ、手伝ってよ。僕の絵が燃えちゃいそうなんだ」

「な・に・を・してるかって聞いてんだよこの阿呆! どうしたいんだよテメエは!? 絵を売ったり、かと思えば燃やしたくないって言ったり…!」

頭をかきむしらんばかりにして尋ねる術師に、ドラゴンは目をまたたく。

「わからない?」

「わかんねぇよ!?」

「僕はね」

ファゴットは、火を消そうと羽根で叩きながら、言う。

「色んな人に僕の絵をみてほしかったんだ。だって、絵を売ったら、色んな人に見てもらえるんでしょ?」

「…う」


「ちょっと息を止めてろ」

「?」

ドラゴンは、一度、すぅ、と息を吸い込むと、言われた通りに、呼吸を止めた。


その瞬間。

炎が一瞬で掻き消え、種々様々な商品の保管されてある倉庫の中には、静寂と闇が落ちた。


「…もういいぞ」

「何をしたの? ヒトの子」

「説明してもわかんないだろ。」


酸素を窒素に変換し、炎をーー酸化反応を止めた。そののち、窒素を再び酸素に換えたのである。ーー手品のように。


ぶすぶすと黒い煙を上げる絵を、ドラゴンは愛おしそうに羽根でなでた。

小窓からの薄明りの中、キャンバスの下のほうには、コマドリの父親の姿が見える。

「あ~あ…、焼けちゃった」

「……。」


****


陽は沈み、陽は昇り、月が沈み、月が昇る。何度も。


「ヒトの子!」

「その呼び方をやめろ、というのに」

棲み処である洞窟の真ん中で、人間用の、彼には小さな絵筆を、器用に握っていた巨大な生き物が、嬉しそうな声を上げた。


「見てよ。黒毛皮の商人がね、今度は、こんなものを持ってきてくれたんだ」

「…ピアノ?」

「彼女はクラヴィーアって呼んでいたよ。この小さい板を押すとね、綺麗な音色で鳴くんだ。どういう仕組みなんだろう。分解してみようかな?」

「…。ま、あんたの持ち物なんだし、好きにしたら」

「うん! ああ、それとね、今度彼女とーー」

「はぁっ!?!?」


びっくりな結末だった。彼の棲み処には、何にも使えない無駄な内装(インテリア)用品が、今も積みあがっている。

ドラゴンを伴侶に選んだ無謀な商人は、彼の絵を売っては、その無駄なインテリアを増やし続けた。


彼の洞窟からはときどき、音楽が流れてきたし、浮かれ騒ぐ近隣の農民の陽気な声も聞こえてきた。

ーー実に意外な結末だがーー、まあ、そんなこともあるのだろう。


絵の好きなドラゴンと、金銀より、絵画に価値を見出した物好きな人間とは。

末永く幸せに暮らしたそうである。

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音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
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