019 サマーナイト・ドリーム
"綺麗だね"、"可愛いね"ーー女の子として生まれたからには、一生に一度でいい、そんな台詞を言われてみたい。
「うがー」
そう思って、保護者に訊いてみたのだが。
「うん。"逞しい"とか"頼もしい"って感じだよな」
「姉御!って感じですよね」
銀髪のほうは無表情にとつとつと、飴色の髪の少年のほうは、笑顔でそんなコメントをくれた。
「がー」
彼女が残念そうに吐息する脇。
「ねー、しるふぃどー。カワイイ? 可愛い??」
人間生まれのガキは、外見の心配がなくて羨ましい。
そんな彼女ーーファンタジー世界でいうところの、食人鬼そっくりなーーシャロンの背中を、ぽん、と叩く手。
「この衣装なら、姉御も入るんじゃないスか?」
言われて、目を向ける。
1枚の布が加工してあり、ひらりとした袖に手を通して、前で留める衣服らしい。
「東方の島国からの移民のひとたちが、お祭りの日に着る衣装なんだそうです」
「うが?」
描かれた濃い朱色の花は、何枚もの花びらを重ねて美しい。
純白は涼やかに。ほんのりとした淡い朱が、裾を、袖を漂っている。
"保護者"の冷めた視線が冷たい。
いたたまれない。
この場から逃げ出してーー消えてしまいたい。
人間のガキのほうは、無邪気にーー、ユカタというらしいその衣装をまとい、興味深そうに彼女の、人食い鬼じみた外見を眺めている。
「……」
ぎゅっと、拳を握る。
隠れたい。そっとしておいて。
「シャロン」
「が」
銀色の声は耳に、優しく。
「祭りは、鬼のためのものだ。ーーいくら普段のお前が『可愛く』見えなくたって、今日くらいは、好きな格好をすればいい。ーー誰も咎めないよ。誰も笑わない」
そして、ふっと付け加える。
「きっと似合う」
「……。」
似合う? 本当に? ーー本当に??
「ね。師伯も当然お祭り、行くんですよね?」
「オレは行かない」
「えーっ! なんでぇ! しるふぃど。リンゴ飴買って! 綿飴と、金魚と水風船とチョコバナナと焼きそばとたこ焼きと鯛焼きも!」
「食いすぎだ」
第一、それならば金を渡せば済むだろうに。
「オレはーー」
「師伯。パチンコで擦っちゃってお金がないんですよね! 大丈夫です! 僕がおごりますから!」
「ローマン!? オレを何だと思ってんだよ!!」
祭りーーハレの祝いは、国によって地域によって、様々である。
春の訪れを祝うもの。夏至を祝うもの。農産物の収穫を祝うもの。太陽の復活を願う冬の祭りもある。
東方の移民たちが毎年夏になると行うこの奇妙な祭りが、何を祈願し何を祝うものなのかーーこの街では、もはや誰も、知らない。
ただ、奇妙な衣服をまとって飲み食いし、踊り、太鼓を叩き、謎の箱や人形を担ぎ、騒ぐ。花火を打ち上げたりもする。
そんな、謎の行事である。
「うう…。しはくー」
予告どおり。来なかった。
つまりは、このお子様たちの面倒を押し付けられたということだ。
隙あらば駆け出し迷子になる小さなコドモと、隙あらばヒトを頭からボリボリ食おうと狙っている、大きな
コドモの二人。
「どうせなら素敵な女性と二人で…」
手をつないで歩いたりなんかしたい。
だって、先程から通りすがるユカタ姿の女の子たちは、誰も彼も綺麗で可愛くて。
目を奪われては、石畳みにつまづきそうになり、人にぶつかり。
ユカタの少女に手を引かれ、後ろには、悠々と歩くオーガの姐さん。
楽しいんだか楽しくないんだか。
「ろーまんー。やきそば買って~」
「はいはい」
オーガな姐さんは、恥ずかしいのかもじもじと、ユカタの袖を握っている。
***
願うものなら、いくらでも。
祈るものは、数多。
「見えないやつには、見えないさ」
見るともなし、見えるのは、祭りの明かり。
提灯が、赤々と列を作っている。
神輿を担ぐ掛け声が、かすかに聴こえる。
ヒト、ヒト、ヒト。
願うものなら、いくらでも。
祈るものは、数多。
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夏のキーワードしりーず。「浴衣」「お祭り」