018 クルーザーで朝食を【夏】
① 美味しい雲の、つくりかた
熱された窒素分子の運動は活発になり、したがって体積は増え、密度は減少する。
すなわち、地上で熱された空気は上昇するーーが、宇宙は冷たい。上空も冷たい。
水分子は冷やされ、ゾル状になる。雲が生成する。
ーーそして、そんな雲に魅せられた男が、ここにひとり。
「はー…、」
雲を造る装置の前、涼風で涼んでいるのは、白い毛の、二足歩行する猫人である。
いつもの黒いゴスロリは、今日は袖無しだ。
「涼しいにゃー♪ 雲爺、もっともくもく作るのですにゃ」
別の機械ーー雪を作る装置にもたれかかって棒アイスをしゃくしゃくとかじっているのは、白い外套に青いスカーフの銀髪の錬金術師。
そして、こちらでは、また別の人物が医学大全を書き写している…、といった具合。
雲造りを趣味にする男、人呼んで雲爺の空に浮かぶ工房は、ーー若手の錬金術師・魔法使いたちのたまり場にーーそう、夏の学生にのってのデパートや図書館の自習席のような存在になっていた。
上空は涼しい。
「にゃー」
顔を巨大な扇風機に吹かれて涼む猫娘。ゴスロリの裾が、はたはたと、はためいている。
「シルフィド、かき氷たべますにゃ?」
「うん」
「弟子さんの分もいりますにゃ?」
「ニボシは、かけるなよ」
「コーラをかけますのにゃ!」
じょぼぼぼぼ。
特注の、五リットル入りコーラボトルから、黒い液体が溢れ出てくる。
辺り一面、コーラの海になった。それは入道雲を作る装置に入り込み、入道雲の上の部分だけが、コーク色に染まった。
「大変ですなのにゃ! 美味しそう!」
大地から見上げたら、どんな光景になっていることやら。
② セイリング・デイ
青空はどこまでも眩しかった。
"並ぶ者無き"と評される人物は、その眩しさに目を細め、手でひさしを作った。
***
「…ねぇ、前から思ってたんだけどさ、あんたって金持ちなの?」
「…は?」
黒髪黒目。なんの変哲もない日本人の少女。クラスでも目立つわけでもなく。明るいほうではあるが、特に人気者というわけでもなく。成績も中の上。眼鏡をかけているわけでもないし、とくに運動が得意なわけでもない。
辺りは、海原で。時折、波がクルーザーを揺らす。
甲板には、白いクロスのかかった丸いテーブルがひとつ置かれていた。
卓の中央には、赤い薔薇が、山のように活けられている。
そのテーブルに載っているのは、白くて丸い皿。皿の上には、よく火の通ったベーコンと、食パン。バター。目玉焼き。パセリ。
パセリの付け根部分を手にとってクルクルと回してから、内野ありさはそれをパクリと口に含む。
パセリの特有の苦いような、それでいて魅力的な香味が、舌の上で踊る。
それをしばし愉しみーー噛んで、飲み下す。
「金持ちか、とは、無粋な質問だね」
とある街にて、最高導師、とも呼ばれる人物ーーエドウィン・マクラウドは苦笑した。
「だってさー、こんなクルーザー? っていうの? なんか持ってるし。なんか、いっつもきらきらの趣味悪いの着てるし。さすがにお付きの人はいないみたいだけど」
ただ、代わりに、泥の色をした奇妙な人形が召使のように働いているのを、時折、見かける。
正直、可愛い服でも着せてあげればいいのにとは思う。ーーあとで提案してみよう。
「言ったろう? 私は、全ての貴いもの、価値あるものを生み出せる。私の意のままにならないものなど、この世にひとつたりとて無いのだよーー、いや、あってはならない」
「うわ、最悪だね、アンタ。それ性格悪いよ」
「そうかね? 君がそう言うなら、直すよう努力してみよう」
「うん。そうしなよ。そういうの友達無くすよ」
なぜか二人して、目玉焼きを、ナイフとフォークでつつく。掛けたのは、彼が塩コショウ。アリサは、ウスターソース。
「あとね。あたしのバイト先に来るのやめなよ。店長困ってたよ」
「なぜだい? 店の品物が全て売れたら、店主というのは喜ぶものではないのかね?」
「商品みんな買い占められたら他のお客さん迷惑でしょうが!! そういうの考えなよ、あんたね」
「…ふむ」
波打つ金髪の男は、ひらひらの金色のシャツと上着、黒のパンツで、それはそれは悪趣味だが、まぁ、それを言うのは、アリサはやめておいた。服の趣味って、人それぞれだし。
目玉焼きの黄身を、アリサはフォークの先で突く。
あぁ、帰ったら今度の模試のために勉強しなきゃ。テストなんか、なくなればいいのに。
「あとさー、あたし忙しいから。三時間おきに電話するのやめてくれる?」
「…うむ」
エドウィンは神妙に頷いた。
「努力しよう」
努力が必要らしい。
夏のキーワードしりーず。「入道雲」「海」