016 光の木【夏】
同期、という現象をご存知でしょうか?
個々の生物が、個々の物質が、「なぜか」ある状態を、同時に行うようになる、という現象です。
ジャングルが生い茂る南の島のどこかでは、ひとつの大木に、何万、何千という蛍が集まり、同時に光り、そして同時に光を収める、それはそれは幻想的な光景があるのだと云います。これもまた、神秘。神のなしえた神秘劇と呼べるのではないでしょうか。
…おっと、申し遅れました。わたくし、さる神を奉じます神父の、ジャン・クロードと申します。
生まれも地球、育ちも地球。
生存に必要なものは、酸素と水と炭水化物。少量の各種鉱物、20種のアミノ酸。
アルカリには弱いので、洗剤は使わないようにお願いいたします。
「…あぁ、美しい」
「ジャン」
わたくしを無粋な東洋風の発音で呼ぶのは、どこの無礼者でしょうか。
ーーあー、シャツが汗でべたべただ。
「いつまで魅入ってるつもりだ」
「神の奇跡を体現する蛍たちを、朝まで眺めていたい」
「……はっ。結局は適者生存ーー。あれは熾烈な生存競争ってやつさ。光らなければ死ぬ。だから光る。」
「少し、語弊がありますよ。語らう愛には、蛍も人間も神も違いはない。ーーすべて美しい」
「愛ねぇ」
「愛です」
あぁ、しかし、原野の中にあって、パリのシャンゼリゼ通りのように美しいこの光。
「言っとくがな。オレはあんたのカミなんてどうでもいいんだ。フキョウだかなんだか知らないが、行くなら早くしろ」
「まって。写真を撮ってTwitterとフェイスブックにアップしてから…ッ!」
ここは、太陽系外である。
とはいえ。
恒星間船のエコノミークラスで、ビジネスマン風の男と隣席になった。話しかけてみれば、名も聞いたことのない星系の、名も聞いたことのない惑星の、なんだかわけのわからない名前の、とにかくよくわからない生物に対し、神の教えだか存在だかを説きに行くとのことである。
物好きな。
興味を覚えて同行を申し出るとーー
「…いえ。手洗いには一人で行く習慣でして…」
困惑された。
「そっちじゃねえ!? 旅の行先のほうだッ」
***
村は静かでした。真夜中ですから、当然でしょう。
人類学者たちの報告書によると、二足歩行するトカゲのような、爬虫類的な知的生命が、暮らしているとのことです。
朝になるのを待つ間、わたくしはさきほどの「光の木」を眺めに戻りました。
「眠らないのか?」
隣から尋ねられて、わたくしは答えます。
「眠れないのですよ。もう三か月も寝ていません」
「……。」
隣では、考えているようでした。
「あなたは、女性なのですか?」
ふと問うた質問に、頭巾の端が揺れる。
そうなのです。ずっと、白いフードを目深にかぶっているので。
ただ、合間に見える銀の髪が、とても美しいというのは判ります。
返ってきた答えは、一言だけ。
「不愉快だ」
「…すみません。無粋な質問でした」
わたくしは謝りましたが、「彼」は、ふらりとどこかへ消えてしまいました。
蛍たちは飽きもせず、それを見るわたくしも飽きもせず、大木の枝に、葉に乗った南国の蛍たちは、同時に光っては、同時に消える、のを、いつまでも繰り返しておりました。
ーーさて、朝。
陰鬱な灰色の雲が、頭上を覆っていました。
村に付くと、粗末な木の槍を持ったトカゲ男が、わたくしを胡乱げに見ます。
わたくしはにこやかに微笑み、事前の資料を元に、身振り、手振りで、布教に来た旨を、何とか伝えようとしました。
村人がわらわらと集まってきて、わたくしの話に耳を傾けます。
ーーそして一時間後。
わたくしは木の棒に吊るされ、丸焼きにされようとしていました。
熱ッ! 熱い!
火の舌が、ちろちろとわたくしの衣服を焦がします。すなわち黒スーツをです。
わたくしのグラサンをかけた酋長が、満足げに頷いています。
リザードマンやリザードウーマンが、喜々として薪を加え、火を吹きます。
酸素を送られた炎は、より一層鮮やかに、強く燃え立つのでした。
「エリ、エリ、レマ、サバタクニ…(神よ、何故我を見捨てたもうたのか)」
思わずつぶやけば、目に涙が浮かんでくるのでした。ーーあまりの高温に、すぐに乾きましたけれども。
ゴォォオオオオ。
あ、あの。あれですよね。この辺りで、天使さまとかが、助けに来てくれるとか、ありませんか?
あの、もう、そろそろミディアムになりそうなんですよ…!!
正直、あっついんです。もうこの仕事やってられませんよ!
わたくしは悔やみました。
「…蛍?」
ふと、わたくしの目の端に、淡い黄緑色の光が見えたような気がいたしました。
ふわりと、飛んで、住人たちの頭上を越えて。
トカゲ人たちがざわめきます。
手を伸ばし、蛍を捕らえようとします。
ーーああ、逃げなさい蛍よ。短いその命。大切に生きるのです。
こうして、布教に出たわたくしは、原地民に丸焼きにされ、殉教者としてこの名を連ねたのでした。
(オチはありません。m(_ _)m)
夏のキーワードしりーず。「蛍」
ただ…、うーん。これで良かったのか…( ̄~ ̄;)