015 ワイン色の夢たちに
ワイン色とは、一般的に、赤ワインの色を指しますが、ここでは、赤も白も含めて「ワイン色」と呼称しました。
揺れるは、ゆらゆらと、淡い淡い白色。人の視線を惹き付けてーー透明なグラスの中、液体の陰影が踊る。
「ワイン」
物質組成を自在に操り、およそこの世にあるものも、ないものも、森羅万象を作り出す、とされる錬金術師たちであるがーー、その中でもとりわけ難しい、とされるものがいくつかある。
生命体。珈琲、そして、葡萄酒である。
卑金属を、貴金属に変えるのは、容易い。
粗雑に陽子数を変換された、物質の単位である元素たちは、驚くほど素直に、その性質を変じる。
ーーが。
無数の微細な要素の組み合わせからなるこれらのものはーー。
あるソムリエに言わせれば、葡萄酒こそ神の血なのだという。
ーーそして、ワインの妙味を再現せんとする、野心あふれるある錬金術師の犠牲になった哀れなるワインセラー・オーナーが、ここにひとり。
「やめてください! 保管庫が空になってしまいます!」
禿頭のオーナーが懇願するが、波打つ金髪の男は、目に貪欲な光を、口許に不敵な笑みを浮かべるばかり。
「まだだ。まだーー、あるだろう?」
彼の後ろで、銀の髪の青年が、こっそりと息を吐く。
(阿呆だ、この男。)
the Earth、γη(ギ)、orbis terrae、あるいは地球。その上で暮らす様々なヒトビトに、およそ無数の名で呼ばれる、宇宙の片隅に浮かぶ、とある惑星。
大陸の西端、フランスと呼ばれる農業国。
その、限られた畑で、限られた年にだけ収穫された(Vitis vinifera ウィティス・ウィニフェラ =ヨーロッパブドウ)から作られる飲み物がある。
その製法を確立したとされる修道士の名を冠して、ドン・ペリニヨン、多くは略してドン・ペリと呼ばれる飲料である。
(※以下、引用 http://yo-roppatabiannai.seesaa.net/s/article/355848670.html より)
1668年、フランスのシャンパーニュ地方、オーヴィレール村にあるベネディクト派の修道院に、ピエール・ペリニョンという修道士がおりました。
澱と空気がワインの品質を低下させる前に、また、木樽をなるべく使わないようにするために彼はワインを早めに瓶詰めをするようになりました。
すると、約10分の1の確率で発泡性ワインが出来るようになったのです。
ペリニョン本人はこの二次発酵を防ぎ、良質の白ワインを造ろうと一生懸命だったのです・・・。
ところが皮肉なことに宮廷ではこの《泡たつ白ワイン》が珍らしがられ、流行するようになってしまいました。
時は流れ、1889年のことです。
シャンパーニュ地方以外の発泡性ワインが《シャンパン》を名乗ることを禁じる法律が発せられました。
そこで、ある会社がシャンパーニュ地方のオーヴィレール村の修道院跡を買い取り、そこに自社の工場を建てたのです。
その会社こそ、ドンペリを造っている『モエ・エ・シャンドン社』なのです。
『モエ・エ・シャンドン』社が造る最高級品が 『ドン・ペリニョン』、
俗にいう『ドン・ペリ』なのです。
(※ 以上、引用)
「つまり…、あれだね。彼は、1955年物のドン・ペリと、1953年物のドン・ペリの違いを再現したいと」
「止めて下さい!? あなたも魔術師なのでしょう!?」
悲痛なオーナーの言葉に、銀の髪の術師は、悲痛な表情で首を左右に振った。
「あれを止められるのは、日本という島国に住まう女子高生という生き物だけだ。ーーしかも一名に限る」
「今すぐ電話しますから!? 番号は!!」
「受験勉強で忙しいって言ってたし」
「それどころじゃないんですよ!? 全ドン・ペリの危機です! きっと次は、ロマネ・コンティが狙われる! これは魔術師たちによるテロだ!」
「(…、別に、恐怖で何を支配する気も、奴には、ないと思うけど)」
あるのは純粋な好奇心。
人間には何ができるのか。何を作れるのか。
自分には何ができるのか。
どこまで、やれるのか。
ーーただ、その方向性が、若干、アレである。迷惑なだけである。
「できた…!」
わなわなと震える手で、エドウィン・マクラウドーーこの世に比類なき(迷惑な)錬金術師は、グラスを掲げると、次に大仰な動作で振り向いた。
「さぁ、オーナー、味見してくれたまえ。君がこれは本物のドン・ペリだと頷くまで、私は作るのをやめない」
禿頭のオーナーは、律儀にもそれを受け取り、香りを利き、色をすがめ、舌先で液体に触れるとーー。
首を左右に振り、肩をすくめた。
「よくできた発泡酒ではある。しかしこれはシャンパン(シャンパーニュ地方の)でもないし、ましてやドン・ペリニヨンでもない」
「!!!」
(迷惑の度合いが)最強の魔術師の顔には、まず驚愕がーー、そして落胆が浮かんだ。そして、わずかに尊敬の色が混じる。
「ーー君は、勇敢だ。だが、」
「エドウィン」
静かに、静かに、鈴のような声。
錬成されたものはグラス、そしてーー。
「おお…」
オーナーの表情に、驚きが満ちる。
「君、今のはどうやったのだ? SFでいうテレポートなのかね? あぁ、これだ。これは間違いない」
銀の術師は表情を変えない。
「味も問題ないですか? 香りも?」
「ああ! ああ、違いない。53年物だね。初期のジェームス・ボンドの映画で007が好きなやつさ。」
「…え?」
エドウィンがうめく。
「オレにはできないと思った? アンタに足りてないのは、たぶん、想像力ーー以前に、思い遣りかも」
「し、しるふぃ…」
「認める。アンタは、この惑星ごと作り替えられる。ーーけど」
「…、シルフィド」
「はい?」
「私は、君が大嫌いだ」
「…、あ、そ。」
シルフィドは苦笑した。ーーよかった。銘酒がひとつ、銀河から消えずに済んだ。
「…、オーナー?」
「君、この1953年物なんだがね、あと一本! あと一本だけ作れんかね!? 女房の誕生日が近いんだ! 彼女と同じ年に生まれたワインーー、オーナーである私だって、簡単には買えやしない。なぁ、一本だけ」
「お褒めいただいて光栄ですが」
シルフィドは小さく微笑んだ。
「それでは意味がないでしょう? ーーきっと、ね」
Thanks for reading !
すでにお分かりかと思いますがw 今回のキーワードは『ドン・ペリ』でありました(*´∇`*)
単語が思い浮かんだきっかけは、たわいないお喋りだったのですが、面白い(!?)レスポンスをいただいて、筆者のテンションうなぎ登ってこんなことにっ!?