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銀の術師と星巡儀(アストロラーベ)  作者: さまよえるペンギン
魔法屋、はじめました。
13/57

014 お代をいただいていませんよ【夏】

照りつける日射し。

「なんですか。あげませんよ」

石畳の広場は、通りは閑散としていた。

そんなに物欲しそうにしていたのだろうか。弟子に言われて、はっと我に返る。

「別にいらない」


「…、ほんとですかぁ?」

胡散臭そうにこちらを見る眼差しは、ヒマワリの種を抱えたリスみたいである。

思わず吹き出すと、さらに疑わしそうな眼差しに変わった。


「なんでもねぇよ」

「ほんとですかー? あとでほしいって言っても、あげませんからねっ?」

こんなに意地汚い弟子も、どうなのか。

真夏のシェナクラスの街は閑散としていて、猫一匹見かけない。


乾燥した灼熱の土地。真昼の最も暑くなる時間には、人々は日陰で昼寝をする習慣がある。代わりに夜は、遅くまで明かりがともり、賑やかだ。


珍しく真昼に露店を出していたジェラート屋があったのだ。

店主は居眠りをしながら、来るとも知れない客を待っていた。


冷たく、甘く。何の果物の果汁だろう。淡緑色の爽やかな味わいと、シャリシャリとした食べ心地。

「こんなに美味しいのに、お客さんがいないなんて勿体ないですね」


真昼の影は短く、足元に黒々と落ちている。


ある宗教関連の過激派が大規模なテロ。

政府は外出を控えるよう呼び掛けており、当然ながら旅人もほとんどいない。

何かの職業人らしい人影が、怯えるように時たま、物陰を走ってゆく。


明るい、明るい日射しは、今日はどこまでも陰鬱だ。


   ***


「あの~」

「うわっ!?」

気づけば、先ほどのジェラート屋ーー、人の良さそうな、痩せた年配の女性が、申し訳なさそうな笑みを浮かべて立っていた。


「先ほどのお代、まだいただいていないんですがね…」

「…あっ」

すがるように、蜂蜜色の髪の弟子が、見上げている。

師は、肩をすくめた。

「婆さん。願い事はないか? ひとつだけ、叶えてやれるーーかもしれない」

「はぁ……」


ジェラート屋の店主ーーマリーは眉をひそめた。

正気じゃないね、この変な連中。

第一、2日前に、市場に火薬を大量に積んだ馬車が飛び込んで、たくさんの人が死んだばかりだ。


その中には、彼女の友人もいた。

「そうさね」

店主マリーは、考え込む。

「おととい死んだ皆に、あたしのジェラートを届けてやりたいね」

少年が、青年の顔を伺う。

青年のほうはしばし目を瞑りーー。

「それは無理だーーけど。生きてる連中になら、食べてもらえる」

マリーは微笑んだ。

「なんだ、そんなこと。それくらいならあたしゃ、自分でやりますよ。さぁさぁ、だからね、お代をお払いなさい」

腰の左右に両手を当てて、マリーは迫った。


「…、ここの通貨、なんだっけ?」

青年は首をひねる。

「マリクル銅貨ですよ。そんなことも知らないで、まったく。どこのお坊っちゃんだい」

手品のように、青年がポケットから手を出すと、銅貨が握られていた。

ただし、表には見慣れない建物(平等院鳳凰堂)。裏には「10」と刻印されている。


マリーは再び、ため息をついた。

「それは違いますよ。ーーまったく」

「危ないっ!」

腕を引かれ、老婆は目を白黒させた。

「え?」


角のある獣バルセロールに引かれた二輪の獣車が、轍先を考えない速度で走り抜けていった。


「あれは…」

マリーが震える。

「ああ…、なんてことだろうね」

向こうにあるのは王宮か。


かつては無政府主義者アナーキストという呼称もあった。つまりは誰が統治者であれ、不満を持つ者がいなくなることは、ないのだろう。


数百メートル。向こうへ走っていった角獣は、見違えたようにおとなしくなってUターンしてきた。


「?、??」

マリーは首をひねる。

こんなに従順そうな角獣バルセロールは初めて見た。


「やっぱり、火薬か」

荷を改め、白い外套の旅人がつぶやく。

(味を見ているが、果たして舌で火薬の味が分かるものだろうか?)

黒色の粉が、荷車にいっぱい。

ああ、忌々しい。

「婆さん」

「何だい。気安く呼ぶんじゃないよ。あたしゃね、それが大ッきらいなんだ。早く余所へやっとくれ!」

「ーーふふ。これなら、もっと上手い使い途がある。」

「?」



数日後ーー、深夜。

大きな炸裂音とともに、夜空には真っ赤な花が咲いた。

太陽の黄金色と、ピンク色と、アーモンドの花みたいな真っ白なのと、それからーー、あぁ、ブドウ畑の緑。


火によるアートフェーゴ・アーティフィシャル。彼女は彼女の国の言葉で、それを、そう名付けた。


降る金色。

爆発音が響く度に、耳を塞ぎたくなるけれど。


「ーーあぁ、そうさね。そうだ、お代をまだもらっていませんよ」

再びジェラートをーーこんどは、オレンジをたっぷり使った酸味のある一品だーー食べる少年を横目にして、老婆は白外套の青年のほうに尋ねる。


亜麻色の髪の少年は、そちらを伺いーー。


気づけば、そこに誰もいなくなっていた。


「ちょっと、師伯ッ!?」

「ふふふ」

マリーは含み笑う。

空に咲く金色と赤の火。

街はまだ静かだけれど。


とりあえずもう少ししたら、ジェラートの材料を、もっと仕入れなくてはならないかもしれない。

夏のキーワードしりーず。「花火」「アイス」


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音声化シリーズ。
知り合い様に企画していただいたものだったり、自分で企画したものだったり。
よろしかったら、音声にて、ひととき、浮き世を忘れてみて下さいませ♪

◆銀の術師と機械の小鳥(音声)◆
◆どうしたら、君の心が手に入る?◆
↑こちらは、作っていただきました!((o(^∇^)o))
ありがとうございます!!

◆魔法の街と枯れる花(音声)◆
↑ある機械少女の悩み

◆ドラゴンと、絵と(音声)◆
↑本編の2と3の間辺り。番外編的な。

◆【英語】君は美味しいフィッシュ・スープ◆
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