福音
『話には聞いていたけども、とても愛想が悪い奴らで困っているよ。まぁ~でも、この町のコミュニティに私達のサービスが広まれば私達はきっと大いなる名誉を手にいれることができる。その時はジャネット、今よりもっと大きな家に住む事ができる』
父はそのビデオメッセージを残していなくなった――
彼がどこにいったのか分からなくなって半年。私は彼が赴任したサウスダコタ州のある町を訪ねた。約80万人強の人口を持つ大きな州。そのほとんどを人種としては白人が占める。次点でスー族などのインディアン、以降はごくわずかの割合で私や父のような黒人の住民もいる。
父は大手IT社の傘下にある中小企業の技師にして営業活動にも励む一職員。ここへの派遣は同僚のアンヘル・コルテス氏と向かったという。
町の片隅にあるカフェで私はその彼と会った。
「お父さんのこと、本当にとても残念に思うよ。とても活き活きとしていたから。人当たりのいい男で彼は人種もまったく関係なかった。君にとっても誇らしい父だったことだろう。彼は現地部族の領域に入っていこうともした。彼らと何かのトラブルがあったと考えるのは……癪かもしれないが、この地域の警察と連邦の警察じゃ連携がうまくできない。私はそこに何かあると考えているよ」
「そうですか……父を最後にみたのはいつになるのです?」
「それこそ職場さ。回線工事の派遣で……確か部族の領域だったかな。あそこは私たちの知るアメリカのようで私たちの知るアメリカでない。まさか……行く事を考えている訳ではないだろう?」
「でも、そこに向かってから、いなくなったのですよね?」
「そうだ。ああ。でも、勧めない。私の杞憂が当たっているのだとしたら、君も何かに巻き込まれるかもしれないし」
「ご忠告どうも。いずれにしても考えておきます」
「今回は私が持つよ。それより今晩はどうだ? 実は穴場のバーを知っていてさ」
「ありがとうございます。あの……今は遊びたい気持ちでないので遠慮しますね」
私は彼の話すことに妙な違和感しか抱けなかった。ナンパまでしてくるし。
でも、確かにこの地に古から住むインディアンの部族と町を占拠する白人たちとでは折り合いが合わないのかもしれない。黒人の私たちだって安易に踏みこむことができない領域があるのかも……
枯葉の落葉を履いているブーツで踏んでゆく。
この並木道を眺めているだけでも気分は癒されそう。だけど、ブーツでやって来たのは無知で未熟だったかな。
そう心のなかで呟いて苦笑いをしてみせる。
その晩から予約しているモーテルで泊まることにした。
友人のケリスからDMが届いていた。電話で話したいとの事。私の事が心配で仕方ないようだ。
『手掛かりはなかったの?』
「そうね。どうも現地は複雑みたいで」
『無理しないで。職場のみんなも貴女が巻き沿いになるかもって心配しているよ』
「それは……そこまで無茶なことはしないわ」
『早く帰って来てね。待っているから』
「ありがとう」
私は翌日、部族の方々が住んでいるエリアへ向かった。そこで部族の婦人警官とお話をすることができた。
「そう。此処へネット回線の技師として働こうと」
「ええ。それでこの町のこのへんに向かって行方がなくなったと」
「この町からでていった可能性はない?」
「それは……連邦の警察と掛けあいましたが、父の仮住まいの家はそのままです。自前の車も貴重品もそのまま。何より父の同僚がそう話していました」
「偏見でモノを語るなとは言うけどもね、ココは私たちのような人種の子供達が何人も行方不明になっている。初動の捜査で急げば救われたコたちだっていたのかもしれない。でも、そこには壁がある。私の言っていることわかるかしら?」
「わかっています。ええ。わかっていますよ。でも、父は……」
ふくよかな婦人警官はあたりを見渡す。
そして耳の傍に口を呟いて小声で囁く。
「白人が悪い事をしないって何で言い切れるの?」
瞬く間に彼女の顔が離れる。それから別人のような顔をしてみせる。
「何よりその胸をみせるようなファッション、やめてくれないかしらね? この町でソレは過激すぎるわ。人種関係なく悪い男が襲ってきても文句は言えないよ。貴女が私たち以上に強い格闘家なら別だけど。デイブ・ホワイトさん、たしかにリストには入れておくわ。あとは神に祈るのみね。この町は1日でも早く出てくことを勧めるわ。じゃ」
それで何もかも対応が終わったように彼女は奥の部屋へ去ってしまった。
どうやら私がここまでやってきても何にもならないようだ。
4日間、ここにいることを決めていた。でも、地元に帰ってしまった方が良いかもしれない。
トボトボと枯葉を踏みながら宿泊しているモーテルを目指す。
すると大きな教会が見えた。
この地域は白人の福音派が住民の多くを占める。
今日は祈りを捧げに多くの老若男女の住人が訪ねているようだ。
そこでとても大きな生物の鳴き声が聴こえた。
「えっ?」
あたりを見渡す。
目に映るのは枯葉と並木道……いつもと変わらないこの町の町並み。
でも、誰一人として人間がいない。
この地にやってきた私を除いて。
すると恐竜のような生物の鳴き声がドンドン増す。
ズン……ズン……ズンッ!!!
近づいている。
私はどこかの家に入られないか急いでまわる。道中で何本か鉢植えを蹴り倒す。
幸い、誰かが住んでいるのであろう一軒家の中へと入った。その2階から私はこの目で確かにソイツの姿を確認した。
それは巨大な枯葉が集まって一匹の像をつくっているようだった。
いや、像なんかよりもでかい。まるでマンモス。
ソイツは静かな町を物色してまわっているかのよう。
私は恐くて机の下に身を潜める――
どれだけの時間が経っただろうか?
人々がワイワイ話す声が耳に入る。
まずい!
私は急いでその家をでることにした。
幸い誰の目にも入らなかったようだ。
私はそのまま泊っているモーテルを目指す。あの枯葉に包まれたモンスターがまだいるような気がするからか、私はなるだけの速足でその場を去ることにする。つくづくブーツで来るものじゃなかったな……
結局私は3泊4日の予定を2泊3日にして切り上げることに。
不本意とはいえ不法侵入までしてしまっていたし……
空港で飛行機を待っていると電話があった。
あの町の連邦警察からだ。
まずい。あのお家に勝手に入ったことがバレたか。
だけど電話の内容は違った。
『ジャネット・ホワイトさんの電話番号で間違いないですか? サウスダコタ州警察のクレッグ・ジョブスと申します』
「あぁ。どうも」
『お父さんの件について。驚くような話なんだけども、私の息子が彼に救われたと話していてね』
「父に?」
『あぁ……ただ話の内容があまりにも突飛すぎて。正直、あなたに会わせるべきなのかどうか悩むところなのだが』
「どのような内容だったのです?」
『枯葉に包まれたでかい怪物に襲われたらしい。そこで息子を庇ってデイブさんが身を粉にしたというもので……』
心あたりはある。
でも、彼に会おうとは思わなかった。
「その……詳しいことは言えませんが、この2日間でとても怖い目にあったので。今住んでいるニューヨークへ帰ることにしました。ご連絡ありがとうございます」
『そうか……すいません。いや、出来損ないの息子が勝手に話していることかもしれませんし……余計なことを言いましたね。引き続き警察としてはデイブさんの捜索に部族警察と協力を惜しまず続けます。必ず見つけましょう』
「ありがとうございます……では」
溜息が漏れる。
あれから何年か経った。
その日、教会で礼拝を済ませて忘れ物を職場へ取りに向かう。
私の住むニューヨークではここ最近になって信号無視緩和の法律が制定された。今ではそんな光景が当たり前のように見える。杖をつき、ゆっくり歩く老人には優しい法であると言ってもいいかもしれない。車を運転する人には難儀な話だが。フォードの車を運転するアジア系の男が渋い顔をしているのがチラッと見える。
かく言う私もその道をゆく1人なのだが……
「あら、ジャネット。今日は休日出勤?」
「いや、忘れ物をしちゃってとりに来て」
「ついでに働いちゃえば?」
「ケリス、冗談がきついわ」
ケリスはいつも強烈なデザインのシャツを着ている。例えば今日着ているのは死神が禍々しい鎌を持ってワニの首を狩るイラストがセンターにくる。赤と黒の色彩が嫌に目立つ。そういうアニメの趣味があるのかどうか知らないけど、私は内心「悪趣味だ」といつも心のなかで言わずにとどめている。仲良い友達だし。
時刻は午後15時。テレビに1人の青年が映しだされる。彼はサウスダコタに住む青年で不健康そうな目の隈がどこか印象に残る。
彼は色鉛筆で描いたのであろう巨大な枯葉のモンスターの絵が入ったスケッチブックをとりだして語る。
『散歩がてら写真を撮りにまわっていた。そしたら急に町から誰もいなくなって。それでこんな枯葉のエイリアンが現れてよ。俺を食おうとしてきたのだけど、黒人のオッサンが助けてくれて。あのオッサンがいなかったら……俺は今ここでこうして変なことを語っていないのかもしれない。変な話だろう?あっはっは!』
なんのニュース番組なのだろうか?
急にテレビが消える。
そして静まるこの空間。
ここはニューヨークだ。
サウスダコタのあの町ではない。
アイツの凄まじい雄叫びが聴こえる。
私は店の奥の物陰に隠れて祈る。アイツはどこにだっている。私は涙するしかなかった。
テレビに映る青年が得意げにニタニタしているのに腸が煮えくりかえっても。
ズン……ズン……ズンッ!!!
近づいている。
私は涙を流すしかないんだ――
夏のホラー2026駆けこみで参加しました(#^.^#)
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