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第1話 無能、逃げる。

――走れ。

そんな言葉が頭の中で反響していた。


天野ユウは、校舎裏の非常階段を転がるように駆け下りていた。

息は切れ、足は震え、視界は涙で滲んでいる。

後ろから聞こえるのは、金属を引きずるような不気味な音。


「ム、ムリムリムリムリ……! なんで俺がこんな目に……!」


叫びながら角を曲がった瞬間、ユウは盛大に転んだ。

膝を打ち、手のひらを擦りむき、顔面を地面にぶつける。


「いっっっっっっっっってぇぇぇぇぇ……!」


涙目で顔を上げると、目の前に巨大な影が落ちてきた。


ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


金属の脚。

赤い単眼。

四本の腕を持つ蜘蛛型モンスター《メカスパイダー》が、

校舎の壁を這い降りてきたのだ。


「なんで学校にモンスターが来るんだよぉぉぉ!!」


ユウは叫びながら後ずさる。

だが背中はすぐに壁にぶつかった。


逃げ場はない。


メカスパイダーの赤い目が、ユウを捉える。

金属の脚がカチカチと音を立て、獲物を仕留める準備をしている。


「……終わった……俺の人生……高校生活……いや人生全部……」


ユウは震えながら目を閉じた。


その瞬間だった。


――カラン。


ユウのポケットから、一本のペットボトルが転がり落ちた。

それは地面をコロコロと転がり、メカスパイダーの足元へ。


そして、奇跡が起きた。


ペットボトルが、ちょうどモンスターの関節部分に挟まり、

金属の脚がガクンと折れた。


「ギギ……ギギギギギ……!」


メカスパイダーはバランスを崩し、

そのまま校舎の壁に頭をぶつけて自滅した。


ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


爆発音とともに、モンスターは黒煙を上げて沈黙した。


ユウは呆然としたまま、口をパクパクさせた。


「……え? なに? 今の……俺、なんかした……?」


何もしていない。

ただ転んで、ペットボトルを落としただけだ。


だが、結果としてモンスターは倒れた。


「ユウくん!!」


聞き慣れた声が響く。

振り返ると、白石ミナが駆け寄ってきた。

金色の髪を揺らし、白い光をまとった手を伸ばす。


「大丈夫!? 怪我してるよ!」


ミナの手から柔らかな光が溢れ、ユウの擦り傷がみるみる治っていく。


「ミ、ミナ……俺、死ぬかと思った……」


「うん、危なかったね。でも……ユウくん、すごいよ!」


「え? 俺が? なんで?」


ミナは倒れたメカスパイダーを見て、目を丸くした。


「だって……ユウくんが倒したんでしょ?」


「いやいやいやいやいや! 俺は転んだだけだよ!?

 ペットボトル落としただけだよ!? なんで倒れるの!?」


「でも、ユウくんのペットボトルが関節に挟まって……」


「偶然だよ!!」


「……でも、ユウくんって、いつもこういう“偶然”多いよね?」


ミナは首をかしげる。

ユウは必死に否定した。


「いやいやいやいや! 俺は無能だよ!?

 スキル検査でEランクだったんだよ!?

 “たまに良いことが起きる”っていうゴミスキルだよ!?

 戦闘力ゼロだよ!? むしろマイナスだよ!?」


「でも……今日も助かったよね?」


ミナは優しく微笑む。


ユウは言葉に詰まった。


確かに助かった。

偶然で。


その時、校舎の向こうから怒鳴り声が響いた。


「おい天野!! またお前か!!」


黒川レンジが現れた。

炎をまとった剣を肩に担ぎ、ユウを睨みつける。


「なんでお前が生き残ってんだよ!!

 俺が来る前に倒れてるはずだろ!!」


「ひどくない!?」


ミナが怒るが、レンジは聞く耳を持たない。


「お前のせいで俺の出番がなくなったんだよ!!

 なんでペットボトルで倒れてんだよこのモンスター!!」


「知らないよ!!」


ユウは泣きそうになった。


レンジはため息をつき、倒れたメカスパイダーを見下ろす。


「……まあいい。どうせ偶然だろ。

 お前に倒せるわけがないしな」


「うん、そうだよ……」


ユウはしょんぼりとうなだれた。


だがミナだけは、ユウをじっと見つめていた。


「……ユウくん。

 本当に偶然、なのかな……?」


ユウは気づかない。

自分が“奇跡の中心”にいることを。


この日、世界を救う最初の一歩が踏み出されたことも。


誰にも気づかれないまま。

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