第7話 ユウト視点 ― 「触れた光の、その向こうに」
リリアの手の温度が、まだ指先に残っている。
今日の魔法練習は、ただの練習じゃなかった。
いや——正確には、練習は練習のはずだったのに、
彼女と魔力を重ねた瞬間、胸の奥が不思議なほど熱くなった。
(……あんなに魔力が澄むなんて、初めてだ)
異邦の魔力。
この世界では“外の力”と呼ばれるらしい俺の魔力は、扱い方も違えば、性質も特殊だ。
だからこそ、触れた相手を不安にさせることもある——はず、なのに。
リリアだけは違った。
(あいつと繋がると、落ち着く……?)
自分で自分の感覚を疑うほどだった。
陽が落ち始め、森の影が長く伸びる頃。
リリアは焚き火の前で膝を抱え、静かに炎を見つめていた。
「……リリア、疲れた?」
声をかけると、びくりと肩が跳ね、くるりと振り返る。
「あ、ユウト様……い、いえ……少し考えごとをしていただけで」
その表情には笑みが浮かんだが、どこかぎこちない。
(……なんだろう。さっきまでの柔らかい雰囲気と違う)
俺の近くにいると魔力が安定すると言ったとき、
リリアは頬を赤くして目を逸らした。
あの反応の続きが残っているのかもしれない。
……俺も同じだ。
さっきの言葉は、本音だった。
でも、それをもう一度口にすれば、
きっとリリアはもっと困らせてしまう。
だから俺は、少し距離を取って座った——つもりだった。
(……あれ?)
リリアが、俺の方へ少し近づいてくる。
(近くの方が安心するって……言ってたよな)
その仕草が嬉しくて、胸が少しだけ暖かくなる。
「ユウト様」
「どうした?」
「……その……私、もっと魔法が上手くなりたいんです。
役に立ちたいから……あなたの」
言いかけて、リリアの言葉が止まる。
小さく唇を噛み、視線を焚き火へ落とした。
「俺の、なんだ?」
「……っ……い、いえ……言葉の綾です! 忘れてください!」
(言葉の綾じゃないよな、今の)
胸の奥がくすぐったくなる。
けれど同時に、彼女の必死な表情が、どこか痛々しく感じた。
「リリア」
「ひゃ……! は、はい!」
名前を呼んだだけでそんな反応をするなんて……。
「無理に強くなる必要はない。焦らなくてもいい」
そう言うと、リリアは小さく首を振る。
「いいえ……私……ユウト様みたいに強くなりたいんです。
あなたは……すごく大きな光を持っているから……」
光——
リリアの目には、俺がそんな風に見えているのか。
(俺は……ただ転生してきただけで、特別でもなんでもないのに)
そう思うと、胸の奥がじん、と熱くなる。
「じゃあ……少しだけ、練習の続きをするか」
「えっ……こんな時間に?」
「俺がいる。大丈夫だ」
焚き火越しに見えたリリアの瞳が、ぱっと明るくなる。
「……はい!」
元気な返事はいつもより少し高くて、
胸に刺さるように愛おしい。
少し外へ出て、月明かりが差す森の小道へ移動した。
夜の空気は冷たいはずなのに、
リリアの魔力は温かくて柔らかい。
「リリア、手を出して」
「……はい」
恐る恐る差し出された手を、俺は包むように取った。
その瞬間、リリアの肩がぴくっと揺れる。
「怖い?」
「……ち、違います……
ただ、その……ユウト様の手、大きいので……」
声がふるふる震える。
(……大きさだけじゃないだろう)
だけど口に出したら、きっとリリアは泣きそうに照れる。
だから黙って、そっと手を重ねた。
「リリアの魔力……さっきより整ってる」
「え……ほんと、ですか……?」
「ああ。すごく綺麗だ」
途端に、リリアの魔力がふわっと花の香りのように広がる。
感情が魔力に現れるタイプなんだろう。
「じゃあ、流れを合わせよう。月の魔力は穏やかだから、
呼吸を合わせるだけでいつもより扱いやすい」
「は、はい……っ」
手を重ねる。
肩越しに、リリアの息が小さく震えるのが分かる。
俺はゆっくり呼吸し、魔力を流す——
すると、それに引かれるようにリリアの魔力が寄り添ってきた。
(……綺麗だ)
柔らかくて、澄んでいて、触れていると落ち着く。
こんな魔力、今まで感じたことがない。
思わず言葉が漏れた。
「リリア、お前の魔力……ほんとうに好きだ」
「っっ——!!」
リリアは顔を真っ赤にして俯いた。
それでも魔力の流れは乱れなかった。
むしろ、澄んでいく——
(……ああ、こいつ……俺の言葉をこんなに真っ直ぐに受け取るのか)
胸が痛くなるほど愛おしい。
「ユウト様……っ……もう少し、手を……握っていてもいいですか……?」
小さな声だったが、はっきり聞こえた。
その一言で、心臓が一度止まった気がする。
「もちろん」
答えると、リリアの指がそっと絡んできた。
それはただの練習のはずの手の繋ぎ方じゃなかった。
けれど、振りほどく理由なんてどこにもない。
俺は、絡んできた指をしっかりと受け止めた。
「……ユウト様」
「ん?」
「わたし……あなたに救われてばかりです」
「……救われてるのは俺の方だよ」
「え?」
「リリアの魔力は、俺の魔力を落ち着かせてくれる。
お前がいないと、俺は……たぶん上手く力を扱えない」
嘘じゃなかった。
リリアと触れる時だけ、俺の魔力は暴れない。
「だから……これからも一緒に練習しよう」
「……っ……はい……!」
リリアの声は、夜の空気より温かく震えていた。
そして手を繋いだまま、月空の下で魔力を合わせ続けた。
魔法陣が光を放ち、リリアの髪が風に揺れる。
隣に立つその姿が、胸に焼き付いて離れない。
(……リリア。お前は、俺にとって——)
まだ言葉にはできない。
でも、確かに胸の奥で何かが膨らんでいく。
夜が更けるほどに、その想いは強く、確かになった。




