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灰色の朝に花は咲かない

この作品はサツキ様のボーカロイド曲「メズマライザー」にインスピレーションを受けて制作した作品です。

もし本家様の印象を崩されたくない場合は、閲覧をお控え頂けると幸いですm(*_ _)m

初投稿の作品なので、誤字脱字などがあればお知らせ願います


※登場人物や登場する会社名は実在しない架空の物です


朝の空は、どこまでも薄い灰色だった。亞北商事のビルを見上げると、ガラスの外壁が曇り空を映していた。人々は無言のままビルの中に吸い込まれていく。

出戸は、その流れの中に身を置きながらも、どこか別の場所に立っているような感覚だった。美久がいなくなってから、一週間が経った。

誰も、彼女のことを口にしなかった。まるで、最初から存在しなかったかのように。

美久の席は整理され、そこには新しいパソコンと、新人の名札が置かれていた。若い女性社員が緊張した面持ちで座り、マウスを握っている。

「出戸さん、これ、昨日の分です。」その新人が差し出した書類を受け取ると、ほんの少し、美久の手の温もりを思い出した。

(同じ言葉。同じ机。同じ風景。 でも、そこにいる人だけが違う。)

出戸は静かに呼吸を整え、書類を開いた。


昼休み。ビルの屋上に出ると、風が頬を撫でた。街は遠く霞み、車の音が低く響いていた。

ベンチの上に、出戸は缶コーヒーを置いた。ふと、思い出す。雨の夜、美久と二人で分け合った缶の重み。そのときの彼女の言葉が、今でも胸に残っている。

「笑ってないと、壊れそうだから。」

出戸は、缶をそっと開けた。冷たいコーヒーの苦味が、喉の奥を焼いた。

「……美久さん、私、まだここにいます。」小さく呟いた声は、風に溶けて消えた。


午後の会議。音瑠課長が資料をめくりながら、淡々と説明を続ける。

「では、次期プロジェクトの担当者は――」

一瞬、出戸の名前が呼ばれた。

周囲の視線が集まる。かつて美久が担当していた業務。そこに今度は、出戸の名が記されていた。

出戸は小さく頷いた。

音瑠が目を上げた。その瞳の奥に、わずかな影があった。

「無理はしないように。」それだけ言って、彼女は視線を戻した。

(あの人も、何かを失ったのかもしれない。)

その瞬間、出戸の胸の奥に、わずかな痛みと理解が灯った。


夜。出戸は、帰り際に自分のデスクを見回した。机の端に、小さなノートが置かれている。

それは、美久の私物整理のときに見つかったものだった。表紙は擦れて色あせ、角が少し折れている。

出戸は静かにページをめくった。几帳面な文字で、仕事のメモがびっしりと並んでいる。だが、最後のページだけは違っていた。

――この世界は、優しさに値しない時もある。 でも、それでも私は誰かを助けたい。 たとえ自分が擦り切れても。

インクが少し滲んでいた。涙の跡かもしれない。

出戸はしばらくページを見つめていた。やがて、ノートを閉じて胸に抱いた。

「……それでも、生きるんですよね。」

その言葉が、誰に向けられたものか自分でも分からなかった。けれど、静かに頷くと、心の中で何かがほどけていくようだった。


数日後。出戸は休日にひとりで郊外へ出かけた。小さな駅を降り、田んぼの間を抜ける道を歩く。見渡す限り、灰色の雲が空を覆っていた。

ふと、道端に白い花が咲いているのが見えた。どんな花かも分からない、名もない花。けれど、その小さな花弁は風に揺れながらも、確かにそこにあった。

出戸はしゃがみ込み、そっと指で触れた。

「美久さん、ほら。 こんな場所にも、花が咲くんですよ。」

風が吹き、花が小さく揺れた。その揺れが、まるで返事のように見えた。

出戸は立ち上がり、空を見上げた。雲の隙間から、薄い光が差していた。ほんのわずかだったが、その光は確かに暖かかった。


夕方、街に戻る電車の中で、出戸は窓の外を眺めていた。沈みゆく夕陽が、空を朱色に染めていく。ガラスに映る自分の顔は、少しやつれていたが、どこか穏やかだった。

(あの人が残したものは、悲しみじゃない。 “優しさを諦めない勇気”だった。)

その思いが胸の奥で形を持ち始めていた。

出戸はポケットから、美久のボールペンを取り出した。銀色の軸が夕陽に反射して、柔らかく光った。

電車の揺れに合わせて、小さく呟いた。

「私、続けますね。」

それは、誓いのようでもあり、祈りのようでもあった。


翌朝。灰色の空の下、出戸はビルの前に立っていた。人々の足音が響き、街がまた新しい一日を始めようとしていた。

その光景は、以前と何も変わらない。けれど、出戸の中では、確かに何かが変わっていた。

彼女は深呼吸をして、空を見上げた。そして、小さく微笑んだ。

――灰色の朝に、花は咲かない。 けれど、人はそれでも歩き続ける。

扉を押して、ビルの中へと足を踏み入れた。蛍光灯の光が白く照らす中で、出戸の背中がまっすぐに伸びていた。

その姿は、かつての美久に重なりながらも、確かな明かりを辿っていた。

読んで頂きありがとうございます(*´▽`)

約一年かけて制作しあ初投稿の作品で、非常に緊張しながら作成したので無事に出来ているかなどが非常に不安ですが、ご愛読して頂けたら嬉しいです…!

エピローグも投稿しているので、良ければご覧ください!

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