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言葉の檻

この作品はサツキ様のボーカロイド曲「メズマライザー」にインスピレーションを受けて制作した作品です。

もし本家様の印象を崩されたくない場合は、閲覧をお控え頂けると幸いですm(*_ _)m

初投稿の作品なので、誤字脱字などがあればお知らせ願います


※登場人物や登場する会社名は実在しない架空の物です


朝八時。オフィスの蛍光灯が点く音がした。出戸は出勤してきたばかりの美久に声をかける。

「おはようございます、美久さん。」「おはよう。今日も早いね。」「課長に“朝イチでデータまとめておいて”って言われたんで。」

美久は苦笑して、コーヒーを差し出した。「じゃあ、これ。私が昨日買っておいたやつ。冷めちゃってるけど。」「ありがとうございます!でも、美久さんこそ休んでくださいよ。」

「平気。昨日はちゃんと寝たから。」そう言いながら、美久は袖で軽く口元を隠した。唇の色は薄く、笑っているのにどこか血の気がなかった。


その日の午前中、会議室では次期プロジェクトの方針会議が開かれた。音瑠課長が資料を掲げ、鋭い声で言う。

「数字が足りない。特に第二区域の販促計画、詰めが甘い。」

出戸は慌てて資料をめくった。担当は美久と出戸。提出期限は翌週――だったはずだ。

「課長、こちらはまだ社内調整中で、明日には──」「“まだ”という言葉が一番嫌い。すぐ対応して。」

その声に、会議室の空気が凍る。他の社員たちは目を伏せ、誰も口を挟まない。

出戸は息を詰めて頷くしかなかった。

隣に座る美久の指が、小さく震えていた。彼女は黙って、ノートに修正案を書き込んでいる。

(なんで、誰も何も言わないんだろう。)

出戸の胸に、怒りにも似た違和感が芽生えた。


昼休み。出戸は美久を誘って外に出た。久々に外の空気を吸いたかった。

ビルの裏手にある小さな公園。ベンチに腰掛け、コンビニで買ったおにぎりを広げる。

「美久さん、課長にああ言われて、平気なんですか?」「うーん、慣れたかな。」「慣れたって……あれパワハラじゃないですか。」

美久は曖昧に笑って、指先でおにぎりの包装をいじった。

「音瑠課長、もともとはすごく優秀な人だったんだよ。昔は、ちゃんと人の話も聞いてくれた。でも、上に立つようになってから、変わっちゃった。」

「変わった?」「“結果しか見なくなった”っていうのかな。彼女の上にもさらに上司がいて、その上にもまた上がいる。そのプレッシャーの中で、人間らしさを削られていったんだと思う。」

美久の言葉は、どこか遠い記憶をなぞるようだった。

「……美久さんは、そんな中で十年以上も。」「私はね、ただの“残りカス”みたいなもんだよ。仕事は任されるけど、評価はされない。でも、それでも“必要とされる”って思うと、離れられなくなるの。」

出戸は言葉を失った。それは、依存にも似た愛情だった。この会社に縛られながら、それでもそこに自分の価値を見いだしている。

「……やめたいと思ったこと、ないんですか?」

少しの沈黙のあと、美久はぽつりと呟いた。

「何度も。でも、やめたら私、何者でもなくなる気がして。」

その言葉が、出戸の胸に重く落ちた。


午後、音瑠課長がデスクに現れた。「例の資料、明日の朝までに修正しておいて。全部。」「えっ、明日ですか?!」出戸が思わず声を上げる。「ええ。クライアントの予定が前倒しになったの。」

美久はすぐに「承知しました」と答えた。出戸は思わず顔を向ける。「でも、これ全部って……今夜中に終わる量じゃ──」

「出戸さん。」音瑠の声が低く響いた。「“できない理由”を探すのは学生までにして。」

その場の空気が一瞬で冷たくなった。出戸の喉が乾く。反論したい気持ちがあったが、美久の静かな横顔を見て、結局、何も言えなかった。


夜。オフィスには三人しか残っていなかった。

時計は22時を回り、空調の音だけが響く。出戸の指はキーボードを叩き続け、肩が重い。隣では、美久が無言で資料をチェックしている。その姿勢は、まるで“機械”のようだった。

出戸は限界を感じて椅子にもたれかかった。「ちょっとだけ、コーヒー淹れてきますね。」

給湯室に向かう途中、背後から音瑠の声がした。「出戸さん。」「はい?」「美久さんに、あまり感情移入しないほうがいい。」

一瞬、息が止まった。

「……どういう意味ですか?」「彼女は優秀だけど、脆い。あの人のやり方を真似すると、あなたも潰れるわ。」

音瑠は淡々とした口調のまま、自分のデスクへ戻っていった。

(……潰れる?)

その言葉が、妙に心に残った。


翌朝。出戸は寝不足の頭で出社した。美久はすでに席に着いていた。パソコンの画面を見つめる目が虚ろだ。

「美久さん、昨日帰れました?」「三時くらいかな。出戸さん、ちゃんと寝た?」「一応、三時間は……。」「そっか。若いね。」

二人は苦笑し合った。だが、笑いはすぐに消えた。

音瑠課長が出社し、机に書類を叩きつけた。

「このデータ、間違ってる。数字がズレてるわ。」出戸の心臓が跳ねた。「す、すみません!確認が──」「確認不足。それが一番の罪よ。」

音瑠は冷たく言い放つと、書類を美久の方へ向けた。「あなたがチェックしたんでしょ、美久さん。」「……はい。」「プロジェクトの信用に関わるわ。以後、気をつけて。」

美久は小さく頭を下げた。出戸は思わず口を開いた。「課長、それ私の入力ミスです。美久さんは──」

「出戸さん。」低い声。「庇う必要はないわ。仕事は結果。誰がやったかは関係ない。」

その言葉に、出戸は何も言えなかった。怒りと悔しさで胸が熱くなる。

美久はただ、静かに「大丈夫」と呟いた。


その日の夜、美久は残業を続けていた。出戸はもう帰るように促したが、彼女は首を振るばかり。

「やり残しがあると眠れないの。」

そう言って、再びモニターに向かう。

出戸は帰り際、ふと彼女の机の上を見た。そこには手書きのメモが散乱していた。そのひとつに、こう書かれていた。

『やめたら終わり 続けたら生きられる』

その言葉が、まるで呪文のように出戸の心に焼き付いた。


数日後。部内で急な異動が発表された。営業二課の課長が辞職し、その穴埋めとして音瑠課長が兼任になるという。

出戸は思わず呟いた。「課長、そんなに仕事増えたら大変じゃ……」

音瑠は表情ひとつ変えずに答えた。「人がいないのよ。仕方ないわ。」

その言葉に、出戸は背筋が寒くなった。(“仕方ない”って言葉、この会社では便利すぎる。)

その週から、残業がさらに増えた。美久は相変わらず人の分まで仕事を引き受け、出戸もそれを支えるように働き続けた。

気づけば、終電を逃す日が週の半分になっていた。


七月の夜。帰り道、出戸と美久は会社の前の自販機で缶コーヒーを買った。風は湿って、生ぬるい。

「今日も一日、おつかれさまでした。」出戸が笑って言うと、美久は微かに笑った。

「出戸さん、あなたってほんと強いね。」「いや、美久さんのほうがずっと。」「私? 違うよ。私は、弱いから笑ってるの。」

「……弱い?」「うん。笑ってないと、壊れそうだから。」

出戸は返す言葉を失った。

沈黙が二人の間に降りた。遠くで電車の音が響く。街の灯りがぼやけて滲んで見えた。

美久は小さく息をついて、呟いた。「ねえ、出戸さん。あなたは、“自分を守る勇気”って持ってる?」

出戸は一瞬、答えに詰まった。「守る……勇気?」「うん。自分を責めない勇気。この会社では、それが一番難しいの。」

それは、美久の心の奥底からこぼれた叫びのように聞こえた。

出戸は、何か言おうとした。けれど、美久の目があまりにも静かで、言葉が出てこなかった。


読んで頂きありがとうございます(*´▽`)

是非お時間があれば、第四章もご覧ください!

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