蕾が咲いた春
この作品はサツキ様のボーカロイド曲「メズマライザー」にインスピレーションを受けて制作した作品です。
もし本家様の印象を崩されたくない場合は、閲覧をお控え頂けると幸いですm(*_ _)m
初投稿の作品なので、誤字脱字などがあればお知らせ願います
※登場人物や登場する会社名は実在しない架空の物です
春の風はまだ冷たかった。朝の光が高層ビルのガラスに反射し、街を銀色に染めている。出戸は、真新しいスーツの裾を気にしながら、亞北商事の本社ビルを見上げた。ガラス張りの外壁に、自分の小さな姿が映っている。
「今日から社会人かぁ……。」
小さく呟いてみたものの、声は風に溶けた。希望と緊張が入り混じる胸の奥で、鼓動が少し速くなる。彼女は大学を卒業したばかり。地方の国立大で経済学を専攻し、就活では最後まで“安定”を重視していた。亞北商事――名の知れた総合商社。給与もよく、福利厚生も手厚いと聞いていた。
(これでようやく親も安心するだろうな。)
だが、どこかで、何かが引っかかっていた。自分が“ここ”でやりたいことが何なのか、まだよく分かっていなかった。
入社式を終え、研修室の空気には緊張が満ちていた。前列のスクリーンには「亞北商事 新入社員研修」の文字。周囲には、キラキラとした笑顔を浮かべる同期たち。出戸はその中で、ただ静かにペンを走らせていた。
昼休み、隣の席の女子が話しかけてきた。「出戸さん、どこの部署配属になりたい?」「うーん、営業企画とか、動きのあるとこがいいな。」「行動派なんだね!」
笑いながら言われ、出戸は少し照れた。「いや、動きたいっていうより、じっとしてるのが苦手で。」その言葉には、ほんの少し、焦りが混ざっていた。
配属発表の日。モニターに表示された自分の名前の横に「営業企画部」と出た瞬間、胸が高鳴った。同時に、前方の席から小さな声が聞こえた。「うわ……営業企画、音瑠課長のとこじゃん。大変だな……。」
その言葉に、出戸は首を傾げた。音瑠課長――?
初出社の日。出戸は早めに会社に着き、配属先のフロアのドアを開けた。そこは、整然としたデスクが並び、コピー機の音だけが響く静かな空間だった。緊張しながら中に入ると、淡いベージュのカーディガンを着た女性がこちらを振り向いた。
「おはようございます。新しく入った出戸さん、ですよね?」
柔らかな声。彼女の髪は肩でふわりと揺れ、少し眠たげな目をしていた。それでも、その目の奥にどこか寂しげな光が見えた。
「はい!出戸です。今日からお世話になります!」
「私は美久。この部署の先輩ね。分からないことあったら、なんでも聞いて。」そう言って、笑う。その笑顔は温かいのに、どこか痛々しかった。
朝礼の時間、課長の音瑠が姿を現した。長い黒髪をタイトにまとめ、スーツのシルエットは無駄がない。その立ち姿だけで、フロアの空気が張りつめる。
「今日から出戸が加わる。以上。」
短く、それだけ。出戸は思わず姿勢を正した。美久が小さく笑って、彼女の肩を叩く。
「課長、口数少ないけど悪い人じゃないから。たぶん。」
「たぶん……って。」出戸が笑うと、美久はいたずらっぽく片目をつむった。
昼休み。会社の近くの小さな定食屋で、美久とランチを取ることになった。彼女は魚の定食を選び、静かに箸を動かしていた。
「美久さんって、ここ長いんですよね?」「もう……十一年かな。」
「十一年!」思わず声が大きくなり、周りの客が振り向いた。美久は照れ笑いを浮かべて、肩をすくめた。
「気づいたらね。でも、ずっとこの部署だよ。」
「ずっと……?飽きません?」
「飽きる暇、ないかな。次から次へと仕事が来るから。」
その言葉を言うときの声が、少しだけ掠れていた。出戸はそのとき、何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
読んで頂きありがとうございます(*´▽`)
是非お時間があれば、第二章もご覧ください!




