7話 初めての会話 ~sideシード
5話のシーウェルド視点です。
召喚から2日後、俺が少女の部屋に入ると、彼女はシーツの山に埋もれていた。
少女と目が合う。
濃い茶色の瞳を潤ませて、びっくりしたように俺を見ている。
黒目がちでこぼれそうな大きい目を、長い睫毛がくっきりと縁取り、影を落としている。
不揃いに刈られた黒髪と、痩せてこけた頬。
唇だけがふっくらとして 赤いサクランボが付いているようで、可愛いのに かえってそれが ひどく不釣合いな印象を醸し出している。
ここで双方固まっていても、埒があかない。
長官から預かった通訳の指輪を嵌めなければ、たぶん言葉は通じない。
「ちょっとゴメン」
理解できないだろうが、一応声をかけて シーツから出ている手首を掴む。
少女はビクンと体を震わせて、手を振りほどこうとする。
でも、その抵抗は あまりにも弱々しく、少女の体が衰弱していることが見て取れた。
「怖がらないで、指輪を嵌めるだけだから……」
なおも踠き、逃れようとする その手を開き指輪を嵌めた。
「これで言葉が通じるはず。俺の言っていることが解る?」
少女に尋ねてみる。
少女は答えない。
(あれ?解らないのか? それともしゃべれないとか?)
「……はい」
少女が少し掠れた声で返事をした。
その声が耳に入った瞬間、ゾロリと背骨を這い上がる何かを感じた気がした。
今まで感じたことのない奇妙な感覚をごまかすように
「……よかった。言葉違うから…… その指輪が通訳してくれる」
と、つっかえながらも言って、滅多にしない愛想笑いを貼り付ける。
(………………。)
少女は無言だ。
そして、俺を凝視している。
痩せて小さい顔に目だけが異様に目立つ顔で、外を伺う猫の様に目を光らせて、じっと俺を観察しているようだ……
(何か言わなくてはっ! ええっと……何を言うか、考えてきたのに!)
いつも冷静沈着なはずの俺の心臓の音が煩い。
背中が、変な汗で湿ってきた。
今まで誰に、どれだけ見られようが、焦ることなどなかったのに……
(そもそも なぜ、俺が焦らないといけないんだ?)
突然、
「ぐ~ぐぐぅ~~」
少女の腹が鳴った。
俺は呪縛が解けたように感じた。
そんな自分に呆れるのと、少女の顔が一瞬で朱く茹で上がるのを見て、思わず噴出した。
気が楽になって
「元気になった証拠だな。俺の名は、シーウェルド・レスコス。ようこそ、アースリンドへ」
練習していた通りに言って、握手した。
少女の手は小さくて、細くて、荒れていた。
力を入れると折れてしまいそうで、すぐに手を離した。
シーツに絡まって床にうずくまってしまった少女を立たせると、どうやら足が立たないらしい。
あれだけの怪我をおっていたんだ、魔法で治療されたとはいえ、まだ完治してないんだろう。
椅子まで抱えるようにして連れて行く。
最初も思ったが、すごく軽い。壊れそうだ。
頬が何故か熱くなっている気がして
「少し待っていて。何か持ってこよう」
言い捨てるように、慌てて部屋から出た。
ライアと共に少女に食事を運び、自己紹介とこの世界の話を少しした。
少女は永山 雪羽と名乗った。
まだ小さいのに、受け答えはしっかりしていて、言葉少ないながら礼儀正しかった。
そして、物を食べる仕草が、とてつもなく可愛らしい……
ちいさいサクランボの口に、パクパクと食べ物が消えていくさまは、まるで仔リスのように可愛くて ずっと眺めていたかった。
話を聞いている時も、時々眉間に皺を寄せるのが可愛くて、もっと居たかったのに……
ユキハが疲れたろうからと、ライアに追い出されてしまった。