10話 魔獣5 ~side花音
アルフレッドが『赤の庭』へ向かった後、私はエマに手を取られ 宮の一室に急遽設けられた診察室へ入った。
師団の治療班が瘴気の影響などを診てくれたが、極微量だった為 体に障りは無いと言われ、治療らしい事もせず アルの寝室へと廊下を移動した。
アルの書斎の前と寝室の扉の前を、師団から派遣されたであろう騎士が2人づつ警護している。
エマは騎士に軽く会釈しながら
「アルフレッド様の寝室は蒼玉宮の中で 壁もドアも一番厚く、先ほど師団の方が防御結界を何重にも強化されましたから ご安心下さい」
と、私の不安を和らげるように微笑んだ。
部屋に入ると私は崩れるようにソファに沈み込んだ。
そんな私にエマは
「すっかり体が冷えてしまわれましたね。湯浴みをして 温まれば お疲れも取れ、気分も きっと良くなりますよ」
と勧めてくれたけど、無防備な裸になれる気分では とてもじゃないけどなかった。
私は、ソファで丸くなり膝を抱えてマントに顔を埋めた。
アルが掛けてくれたマントからは、アルの匂いがして それに包まれていると何だか アルに守られている気がした。
マントの前をギュッと合わせて、小さくなる私に それならばとエマが暖めた飲み物を手渡してくれた。
温かいカップを持つと、自分の手が冷たく痺れるほどに マントを握り締めていた事に気が付く。
「あたたかい……」
小さくつぶやくと やっと少し息が出来た気がした。
カップを顔に寄せると とてもいい香りが立ち昇った。
一口含むと とろりと甘く濃厚な飲み物は 何かの果汁だろうか、酸味があったが 強張った私の体を解してくれたようだ。
カップを空にして、ほうっと息を吐き出した私に、エマはそっと寄り添うと
「アルフレッド様が戻られるまで、お傍に居ります」
と私を安心させるように 優しく抱きしめてくれた。
それから暫くは 遠くに聞こえる外の音を、ぼんやりと聞いていた。 さっきの飲み物に お酒でも入っていたのだろうか? エマと話していたのに だんだん体が温かくなって いつの間にか私はうつらうつらと眠りに落ちていたようだ。
エマに時間を確かめると、アルが『赤の庭』に向かって2刻程になる。
1刻が2時間だから、4時間。
私の感覚では 今、だいたい午前2時くらい。
アルが今だ戻らないことに 不安が募る。
更に、外からは風の音が聞こえたのだ。
寝室は元々 壁が厚く、防音もされているという寝室は 外界の音が伝りにくい。 アルに宮を案内されて入った時は 窓から明るい光が差し込み 綺麗な部屋だと思って見ていたけれど、今は窓自体が消えて壁になっていた。 そんな部屋にまで届く風の音は、天候の悪化を 暗に告げていた。
遅い。
第2師団の人達も順次転送されて 訓練場から戻ってきていると聞いた。 アルが駆けつけてくれた時より魔道騎士の数は揃っているはずなのに……
大人数でも手に負えない 強い魔獣だったんだろうか?
アルが心配……
もしも、大怪我をしたら どうしよう?
怪我じゃなくて、死んでしまったら? 私は どうしたらいいんだろう?
こんなに心配になるなら、『行かないで』って止めればよかった?
でも、アルは王子で騎士団の隊長……そして、危険を部下に押し付けて自分の保身を図る様な心の持ち主ではない。
アルが第2師団に配属された時、出身が平民であるとか貴族だとか関係なく 皆が『国を守り家族を守るのは自分達である』という 誇りと決意を持っていることに驚かされたと――――そして王子である自分は 今まで何をしてきたのだろうと恥ずかしくなり 奮起した結果、今の自分があるのだ。 師団の皆は大切な友であり仲間である――――と、語ってくれた事があった。
そんなアルが仲間だけ危険にさらす訳がない。
「はあぁ」
私は何度目かの溜息をつく。
私はどうしてしまったのだろう?
アルに会いたい。
アルに抱きしめられたい。 アルの腕の中は温かくて、安心できて 自分が此処にいていい場所に思える。
アルの事がこんなに心配なのは、アルが死んでしまうと元の世界に帰れないから?
――――違う。
殺されると思った時、思い浮かべたのは元の世界の誰でもなく、アルだった。
私は、アルの事が好きになったんだ。
どうしよう?
私、アルが好きなんだ。
でも、此処での私は 何も持っていない只の小娘だ。 アルは王子で、私は小娘。
前は余計な肩書きが邪魔で仕方なかったけれど、何もない事で こんなに不安になるなんて知らなかった。
『戦神の声を伝える巫女』
この恐ろしい肩書きにさえ縋ってしまいたくなる。
アルが私に優しいのは、自分が召喚した巫女だから?
アルに会いたい。
アルに会って、ちゃんと話したい。
アルの気持ちが知りたい。
私は、アルが戻ったら 今日こそ自分の気持ちを伝えようと心に決めた。
大変お待たせ致しました。
この機会に1話から見直しをさせて頂きました。
その結果、かなりの箇所が少しづつ変わっています。
(細かい設定変更や、補足説明の加筆などです)
大まかな話の筋や設定は変わりありませんが 話の印象が少し違うかもしれません。
未熟者です。
お許し下さい。