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巫女と依巫  作者: 若宮 不二
第2章
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9話 魔獣4 ~side花音


 あんな気持ちの悪い生き物を、私は初めて見た。


 奴が寝室に入った瞬間、全身の毛が垂直に立ったのを感じた。

 見た目も長く鋭い爪とか怖かったけど、奴が発する気配そのものが 全く異質で受け付けなかった。

 

 それと、ニオイ。

 なんともいえない嫌な臭いが、荒い呼吸と共に放出されて…… 吐きそうだった。

 何の手立ても思いつけずに、自分の意思とは無関係にガタガタ震える体を無理やり動かして ベッドの脇から、ベッドの下にもぐり込んだ。

 

 肉食獣から身を潜める小動物のように、息を殺して奴の動きをうかがう。

 すると、奴はベッドの横を素通りして 私が明日着ようと思って出しておいた巫女の装束の方へと足を向けた。

 そして、臭いを嗅ぐような仕草をした後 金属的な鋭い爪で 装束をバリっと引き裂いた。

 

 次は自分の体が切り裂かれる番だと、心臓が縮み上がり悲鳴が飛び出そうになった。

 拳を握り締め、噛み締めていた親指からは血が滲んでいた。

 奴が装束から顔を上げ、中に向かってで鼻をヒクヒクさせた時、自分の存在を気付かれたと覚悟した。


 しかし、奴はおもむろにクローゼットの扉をこじ開け始めた。

 たしか そこには何着か巫女の衣装があったはず……

 奴がクローゼットに入った その隙が最後のチャンスだと、私は床を思い切り蹴って、出口へと転がり出た。


 破壊された扉の外に出た瞬間、何かに抱きとめられた。

 それは、この場に居るはずの無いアルフレッドで……


 信じられなかった。


「アル?」

 名前を口にすると、泣きそうになった。

 でも、私に気付いたであろう奴が 背後に迫り来る気配を感じて

「アルっ! 中に化け物がいるっ!」

 叫んでいた。

 そして、アルの肩越しに居室を見ると薄暗がりの中に2体の化け物が目に入った。

「わぁっ! 外にもいるっ!」

 寝室の1体だけではないと予想していたけど、想像以上の惨状に声を漏らしてしまう。


 後ろには恐ろしい化け物、前にも2体もヤバそうなのがいる。

 なのに。


 「カノン…… 無事でよかった……」


 そうアルに囁かれて、抱きしめられると不安がすうーっと引いていく。

 アルの腕の中は安心だ、と

 ずっと此処にいたいと感じてしまう。


 しかし、当然 状況はそれどころではなく、私はアルの腕の中から宮の衛兵達の元に託され

壁際で震えながら、ひたすらアルの無事を祈っていた。



 化け物の断末魔のような叫び声が響いた後、私を取り囲んでいた衛兵達の壁が開いた。

 すると目の前にはアルが 泣きそうな顔をして立っていた。

 実際には いつもと変わらない表向きの表情なんだけど、私には何故だか 今にも泣き出しそうに見えた。


 なのに

「カノン? 大丈夫? 怪我はない?」

 私にだけに聞こえる位の小さな声で、私を気遣い優しく抱き寄せる。

 

「大丈夫。怪我はしていないの。 ちょっと、びっくりしただけ……」


 だから、そんなに心配しないで。

 安心させたいのに、膝が震えて上手く立てない。


「カノン…… すまない。 怖い思いをさせてしまったね……」

 アルが私を抱きしめる。

 じんわりと、緊張の糸がほぐれていく。


「よかった…… カノンが無事で。 本当によかった……」 

 アルは今までに無い位の力で 私を抱きしめている。

 その所為だろうか?

 布越しに、(かす)かにだけど 確かに感じるアルの震え。

 

 化け物をやっつける位に強くても、怖かったのかな?

 恐ろしい化け物だったもんね。

 当然だよね。

 助けてくれて、ありがとう。


 そんな思いと心地良さを噛み締めていたけど……

 ちょっと……

 力、込め過ぎじゃないかな?

 かなり、苦しいんだけど――――― アルは緩めてくれない……


「――――アル――――苦し……」

 酸欠で気を失いそうになって、アルが放してくれた。

 ちょっと花畑が見えたよ?


 でも

 その時見上げたアルの顔は、切羽詰まった顔から 普段の表情へと近づいているようだった。

 私が在る事で 少しでもアルを癒せたのなら、すごく嬉しい。

 そう思ったけど。

 

 抱き込められて、息の上がった私の口から出た言葉は


「折角助かったのに、アルに殺されるところだった」

 だった。

 



 それからアルのマントに(くる)まれて、お姫様抱っこをされて部屋を出た。

 非常に恥ずかしかったけれど、化け物の毒か何かを避けるためと、私の足が震えて歩けないのとで仕方なかった。

 仕方なかったんだけど、照れくさかったけど

 ちょっと

 いや、かなり嬉しかった。

 化け物が迫った時は、アルとはもう会えないと覚悟していたから……


 廊下に出ると、私が知らなかっただけで 化け物と戦って怪我をしてしまった衛兵達がかなりの数いることが分かった。

 それを見て 改めてゾッと寒気がこみ上げた。

 私も もうちょっとで大怪我どころか 死んでいたかも……と思うと あの恐怖がぶり返す。

 

「アル、アルが一緒にいて」

 情けないことに、アルに弱音を吐いてしまって困らせた。

 神殿は安全だということなんだろうけど、化け物も戦神も得体の知れないものという意味では 大差ない。

 初めて神殿に行って倒れてから、アルに付き添われて何度か『神の間』に入ったけど まだ怖い。

 底知れない恐怖を感じてしまうのだ。


 でも、『赤の庭』に化け物が現れたと知らせが入り……

 アルの顔つきが変わった。

 

 アルと離れるのは嫌だけど

 アルが怪我しないか 心配だけど

 何も知らない他の人が襲われるのは 防ぎたいと思った。


 そして何より アルフレッドが 騎士団の隊長の、またアースリンド国王子の『顔』になっていた。

 これは自分の我儘を通して良い状況ではないと感じた。

 アルフレッドは公人でもあるんだ。

 上に立つ者の責任。

 元の世界で私が放棄していたもの。

 そんな私に アルフレッドを止めれる訳が無かった。


 私は、アルフレッドから身を放した。





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