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巫女と依巫  作者: 若宮 不二
第2章
42/49

7話 魔獣2 

※単位の説明

 1メテル=1メートル

 1セテル=1センチメートル


 アルフレッドが訓練場の天幕に敷かれた術場から蒼玉宮せいぎょくきゅうの術場へ転移してきた時、蒼玉宮は恐慌状態にあった。

 侍従や侍女が駆け回り、顔には恐怖の色が濃かった。

 術場に出現したアルフレッドの顔を見つけるやいなや 一人が

「お部屋に魔獣が! カノン様がまだ中に!」

 悲痛な叫び声を上げた。


 侍従の言葉が終わらない内に、アルフレッドは全力で走り出していた。


 カノンが居る筈の居室の前は、衛兵達が抜き身の剣を構え、騒然としていた。

 どうやら入れ替わりで 中の魔獣に攻撃を仕掛けている様だった。


「何があった。 カノンは何処だ?」

 アルフレッドは叫んだ。

「突然、魔獣の咆哮が上がり 駆けつけましたところ部屋に3体侵入している模様です」

「カノンは?」

「おそらく寝室におられると思われます」

 衛兵は搾り出すような苦しい声で アルフレッドに告げた。


 アルフレッドは弾かれる様に扉に向かい、一瞬の逡巡もなしに中へ飛び込んだ。


「カノン!」


 飛び込むと同時にアルフレッドは剣を抜き放つ。

 彼の剣は 攻撃魔法の術式が込められ鍛え上げられた 魔剣と呼ばれる物で、中でも最強の部類に入るであろう逸品だ。

 魔剣は込められた術式が強力であればあるほど、使う者の魔力を必要とし また扱いも難しい。

 その魔剣を抜いたアルフレッドは、普段 蒼玉宮に暮らす時の温和な雰囲気とはまるで違う 魔道騎士団 第2師団大隊長の冷厳な顔をしていた。

 その実力を買われ 癖の強い第2師団の隊長に抜擢されて以来、苦労しながらも まとめ上げてきたアルフレッドが発する怒気は、彼の前に立ち塞がるものなど 塵に帰される運命を確信させるものだった。

 アルフレッドは 仄かに光を放つ魔剣を高く掲げると、扉の正面で威嚇する二体に向かって 軽く振り下ろした。


 (まばゆ)い光と共に 床と魔獣の足に深い傷が入る。

 カノンの寝室のドアを破ろうとしていた一体が動きを止める。


「さあ! お前らの相手は こっちだ!」

 アルフレッドが剣を構えなおして 叫んだ。


 グギャアァアア


 鼓膜が破れそうな 不快な鳴声を上げながら、傷つけられた二体の内一体がアルフレッドに飛び掛った。

 三体の中では最も小さい その魔獣をよけながら、アルフレッドは 掴みかかかる腕を斬りつけた。


 フシャーァァァァ


 気体とも液体ともつかぬ体液が噴出し、辺りの空間を紫に染める。

 アルフレッドは素早く飛びのき 体液の霧から距離を取った。

 剣を持ったままの腕で口元を覆い、三体との間合いを計る。

 魔獣の体液のかかった床や家具が黒く変色を始め、崩れだした。


「瘴気か……」

 厄介な。

 アルフレッドは頭を巡らす。

 瘴気は毒である。 瘴気にあてられると 物は朽ち、生き物は身を腐らせる。 室内などで戦うのは最も不向きな相手だ。 通常の対応である 封印系の魔法を発動さすには人手が足りない。

 瘴気を封じる魔法を掛けている間に、他の2体に襲われるからだ。

 しかも、カノンが奥に取り残されている。

 大技で焼き尽くすか?

 この際、宮殿など どうなっても良い。 カノンを無事救出する事だ第一義だ。

 多少の被害は止む終えない と、発動にかかったその時


「隊長!」

「ご無事ですかっ?」

 聞きなれた声の持ち主らが 部屋に飛び込んできた。

 軍服を身に纏った2人を確認すると、アルフレッドは短く指示をだした。


「3体いる。 手前の黒いヤツは瘴気を吐く。 その横の緑色のは不明。 足止めを頼む。 私は奥のを倒す」

「「はっ!」」

 アルフレッドの部下と思しき2人は 狭い室内に魔獣が3体もいるという異常事態に臆することなく、剣を抜いた。

 彼らの剣も もちろん魔剣である。

 魔道騎士団は、名前の通り 攻守共に魔法を使う騎士団で、団員も全て中級魔道士以上で構成されている。

 戦争の時は もちろんその才を遺憾なく発揮させるのだが、平時 魔獣が出た時などは その能力を請われて駆除に当たるのである。

 故に、宮付きの衛兵などとは違い、魔獣への対応は専門といってよいであろう。


 そんな彼らにとってしても、宮殿内に魔獣が しかも1度に3体も出現する事は前代未聞の珍事。

 準備無しで 使える味方は3人だけ。

 分の悪さが ひしひしと感じられる。


 カノンが居るであろう寝室のドアを切りつけている 長い爪を持った魔獣へアルフレッドが向かった時、緑色のぶよぶよした魔獣が アルフレッドの行く手を遮った。


「邪魔だ! どけっ!」


 アルフレッドは 魔剣で魔獣の腹を切り裂いた。



 ブニョン



 しかし、切先は肉を切り裂かず、弾かれてしまった。

 弾力のあるぶよぶよした体は刃物を滑らせ、食い込ませない。

「ならば!」

 アルフレッドは剣に炎撃系の魔法を発動させ、

 形を自由に変えながら伸び上がり 3メテルの高みから アルフレッドに覆い被さろうとしている魔獣目掛けて、今度は下から上へと切り上げた。


 グアアアアオ―――――ン


 叫びともつかない振動だけの声を上げながら、魔獣が後ずさる。

 切り裂かれることの無かった魔獣の体には、赤く燃えた溶岩のような 一文字の焼け攣れが出来ていた。

(切り裂く事は出来ぬが、焼く事は出来そうだな)

 アルフレッドは少し息がつけた気がした。 対処法が解れば なんとかなるものだ。

 しかし、その時カノンの扉が破られる音が響いた。


「カノンっ!」

 アルフレッドは 己の全身の毛が一瞬で逆立ったのを感じた。


「おまかせを。 こちらは、焼きます」

 第2師団面々は優秀である。 アルフレッドが動けるよう、即座に緑の魔獣を引き受け 術式の発動にかかる。

 アルフレッドは、それこそ飛ぶようにカノンの部屋へ駆ける。

 寝室の物音に、冷や汗が噴出す。

 カノンの柔肌に あの魔獣の長く鋭い爪が食い込み赤い血潮が噴出す様が脳裏にちらつく。

 息が詰まり、呼吸が速くなる。 頭から血の気が音を立てて引いていくのが 分かる様だった。

(カノンが殺されてしまったら?)

 その問いは 彼の心を暗闇で覆い、全身を恐怖で粟立てた。


 破壊された入り口まであと少し という所で、アルフレッドは中から飛び出してきた黒い塊にぶつかりそうになり素早く身を(ひるがえ)した。 

 条件反射で、振り向きざま切り捨てようと振り下ろした剣の軌道を、彼は すんでのところで反らし 塊の正体を信じられない面持ちで見つめた。


「カノン……」

「アル? アルっ! 中に化け物がいるっ!」

 カノンは居る筈のないアルフレッドに一瞬戸惑ったが、すぐに恐怖の源である魔獣へと注意が行き……

「わぁっ! 外にもいるっ!」

 思わず小さく叫び声を上げるカノンを、アルフレッドは思わず抱きしめた。

「カノン…… 無事でよかった……」

 こんな状況にもかかわらず、カノンの温もりを確かめずにはいられない自分に失笑しながら、アルフレッドは決死の覚悟で主人を追ってきた衛兵達にカノンを渡した。

 衛兵は自らを盾としてカノンを取り囲み、ゆっくりと壁際に身を寄せた。


 グルルルルルルル


 寝室からの物騒な唸り声に、アルフレッドは魔剣を構え直した。

 キ――――――カシャ

 カシャ……キ――――――

 鋭い爪が床を掻く不快な音がする。

 寝室のドアから姿を現したソレは 漆黒の剛毛で覆われた体に、蜘蛛の様な4本の足が生えていた。

 長い腕を床に引きずり その先端に付いた(かま)状の鋭利な爪が 大理石の床を削って 耳障りな音を立てていた。

 大きく裂けた口からは腐臭が漂い、紫色の舌が尖った牙の間からダラリと垂れ下がっている。

 その狼とも、蜘蛛とも猿とも言い難い姿は、アルフレッドの知識の中の一つと合致した。


 魔獣ゾレググ…… 大昔、戦のたびに魔召喚されていたという魔獣――――

 凶暴かつ攻撃的。

 四肢を切り落としても、喰らい付いてくる しぶとい魔物。

 瘴気は出さぬし、対処法は……


「貫いて、一気に潰す」

 そう呟くと、アルフレッドは袖口に仕込んである聖針(せいしん)と呼ばれる対魔物用の長針を ゾレググに向かい数本投げつけた。

 ゾレググは聖針がよほど気になるのか、体に刺さった針を抜こうともがいた。

 アルフレッドは一瞬で間合いを詰めゾレググに剣を深く埋め込むと飛びのき

「炎槍、散っ!」

 鋭く呪を唱える。

 魔獣の体に埋め込まれた剣からは無数の炎の(やり)が 2メテル四方に突き出し、霧散した。

 ゾレググだった物体は、ブスブスと黒煙を上げて床に崩れ落ちた。


「戻れ」

 アルフレッドが命じると、屍の中から剣が浮かび上がり キラっと光ったかと思うとアルフレッドの鞘に納まった。

 アルフレッドが他の2体へと視線を向けると、部屋の窓が大きく破られ、2体共が外へ逃げ出していた。




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